『裏切りの魔術師【⑤】』
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「何を読んでるんですか?」
質素な造りの部屋にいる男に要優実を連れ出した少年が声をかける。
「ナイトRか。要優実について調査させた資料をな」
口元に薄い笑みを浮かべて語る口調からは、とんと感情のようなものを読み取ることはできない。
人のよさそうな印象を与えるナイトRと呼ばれた華奢な体躯の少年とは正反対と言えるだろう。
「もうお人形さんになってる頃なのに今さらですか?」
「だからこそだよ。なかなか興味深い」
ぱさり、と机に捨て置かれた要優実に関する報告書をナイトRは手に取り、その内容に目を通す。思わず笑ってしまった。
「これはこれは……」
「なかなか愉快だろう?」
「あなたには興味深いものかもしれませんね」
「死ぬ直前は人形を娘だと思って話しかけていたそうだ。そして、その娘も人形になった。本物の人形の母娘か。いや、人間と人形にいかほどの差もないか」
「人形は人間が自分の姿を模して作ったものが始まりですから、もし神がいたなら、我々は人形にすぎないのかもしれないですね」
ナイトRの言葉に男は笑みを零す。
それは、キミが何を言っているんだ? という表情。それを理解してか、そこにナイトRは触れない。
「母が死の間際まで抱いていた人形になれたというのは、それは優しいことだと思わないか?」
男は、そこ(死)に到達するまでの過程は誰かにプログラムされた道(運命)を歩くだけだと思っている。
だからこそ、その誰かに用意された道に興味はなく、死を覆すことにしか興味はない。
だが、その死すらも誰かの作ったプログラム通りなのかもしれない。しかしそれならば、それを救うのが自分の仕事だと男は考えている。
「母の後で死に、母が想った人形のようになって死ねる。それは何にも勝る幸福だと、そう思っているんですね。それなら、あなたの理想の死に様は?」
ナイトRの質問に答えを返さず、ただ顔に笑みを浮かべるだけであった。
さらに追求しようとは思わない。聞いても答えてくれないという理由もあるが、それ以上に『定められた男の死に様』に興味がない。
「あと三〇分もすれば彼女の悲鳴も止むでしょう。そうすれば要優実もお人形さんです。効率よく、あなたの研究に手を貸してくれますよ」
その言葉を残してナイトRは男の部屋から出て行く。
男は微かに聞こえてくる要優実の人間としての最期の声を聞き、満足げに笑う。その先の多くの救いを想い、声高に笑うのであった。




