『魔術師たちの夜【①】』
「ただいま」
ガラリ、と母屋の引き戸を開ける。
「お帰りなさいませ、お嬢ッ!!」
舞の眼前にズラリと並ぶ厳つい黒スーツの男たち。顔にキズがあったり、小指が欠けていたりする者たちの出迎え。
毎度のことなので慣れてはいるが、やっぱり異常なのよね、とため息の一つも吐きたくなる。
しかし、自分の方が本職の彼らよりずっと血生臭いという事実を思い出し、舞な内心で自嘲する。
靴を脱いで玄関に上がると手近にいた男に鞄を渡す。男は、それを両手で丁寧に受け取り、そのまま舞の後を着いて歩く。
「咲と黒人は?」
「もうご帰宅されています。咲さんは夕飯の用意をしてくださっております。それと……」
何故か言いよどむ男の姿に珍しいものを見つけた目を向ける。
ダダダダーーッ!! と。何か嫌な予感を覚えた舞は廊下を全力疾走し、居間の障子を壊さんばかりの力で開け放つ。
「黒人おおおっ!!」
探すまでもなく黒人は目の前に座っていた。湯のみに口をつけた状態で振り返り、そのまま固まっている。
ごっくん、とお茶を飲み込む音が舞の耳に届いた。瞬間、飛ぶ怒声。
「人ン家に女ァ連れ込むなんてどんだけ図太い神経してんのよ、あんたああっ!!」
ガックンガックン、と胸ぐらを捻り上げられ、前後に激しくシェイクされる。湯のみをテーブルを置く暇もなかった。
「ちょ、待て! 違う! ってか熱ッ!? お茶が零れ――たああああっ!!」
黒人の絶叫。湯のみが手から滑り落ちてズボンに全部ぶちまけたのである。春先の夜ということで咲が気を利かせて熱めに煎れてくれたお茶を。
「ズボンが張り付いて腿があああっ!!」
ベルトを外した所で舞の拳が唸りを上げて空を走る。
「乙女の前でズボン脱ごうとするな変態ッ!!」
ギャーーッ!! という絶叫を張り上げて黒人は自分の家へ避難。葛城家と春木家の間の道で黒人がストリッパーと化している頃。
静かになった居間で舞の視線は我関せずお茶を飲み続けていた金髪の少女に向けられる。
表情は笑っているのだが、その目は笑っていない。
「……久しぶりね」
「ああ。それにしても……」
少女は舞の頭の先から爪の先まで一通り眺めて、
「大きくなったな?」
「疑問系で言うな!! ちゃんと成長してるわよ!!」
年間ニミリずつくらい、という悲しい真実は小声で伝えられた。
ハッ、と。
そんなコメディをしにきたのではないことを思い出し、舞は少女の対面に腰を下ろす。
「それで? 何であんたがいるのよ?」
「前マスターの春木栄一、彼の最期の願いを叶えるために」
「最期の願い? それが黒人との契約だとでも言うつもり?」
怒りを押し殺した声で、舞は正面に座る少女を睨む。
黒人がアガシオンと契約したことは、すぐに気付いていた。魔力の質とも言えるものが朝の時点と今の時点とで雲泥の差だったから。
だからこそ頭にきて黒人に掴みかかってしまった。それは舞も感情的になりすぎたと少しだけ反省している。
少女はお茶を啜り、湯のみをテーブルに音も立てずに置く。そして、しっかりと舞に目線を合わせて短く言う。
「そうだ」
「栄一パパ最期の願いが自分のアガシオンと黒人の契約ねえ。何か理由があるんじゃないの?」
沈黙を守ろうとしていた少女だが、舞の性格から今後も毎日続くだろうと容易に想像できてしまい、ため息と共に口にする。
「……必要最低限、戦わせないためだ。それ以上を私の口からは語れない。それ以上が知りたいのならマスターから直接聞くといい」
これ以上は何を聞いても無駄だろうと思った舞は、ため息を吐いて立ち上がる。
「あんたと契約したことで確実に黒人の危険は増える。絶対に死なせるな」
「当たり前だ」
しばらく続いた視線の応酬。それは舞が廊下へと歩き出したことで終わりを迎えた。
かに見えた。
「それにしても悲しいな……。こーんな小さな頃は会うたびに「お姉ちゃん」と満面の笑顔で抱きついてくれていたのに」
「豆よね!? その指で表現してるの節分の時に使うサイズの豆よね!?」
あっはっはっ、といい笑顔で逃げる少女と、待てゴルアアッ!! と鬼の形相で追いかける舞。
ご飯の用意をしていた咲が居間に入ろうとして、すぐに障子を閉め、見なかったことにしたくらいに、そこは異様な空間だった。




