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“死”



「チッ……」


残念そうに舌打ちをした青年がいた。


彼の回りには黒い肌の数体の死体が転がっている。


それらは不揃いの戦闘服を纏い、不揃いの銃火器を手にしたまま倒れ伏していた。


一方の青年も似たような格好だ。


ウッドランドパターンの迷彩服に所持しているのは旧ソ連が開発し、その安価さと頑丈さから世界中に普及したAK-47とナイフ、そして腰のホルスターに収められているシルバーフレームの大口径自動拳銃−デザートイーグルだ。


ここは人類発祥の地とされているアフリカの某所。


民族対立、宗教問題、国境問題、と争いが絶えない事で有名だ。


黒い肌の黒人達に対して、青年の肌は黄色く、日焼けしたのか浅黒い。


彼の顔を見れば出身がアジアの何処かだと想像するのは難しい事ではないだろう。


そんな彼が自分とは無縁の争いに介入しているのか。


正解は、件の青年が傭兵であるからだ。


イデオロギー、思想、宗教、その他諸々、そんな物になんら関心を抱かず、雇われるのが傭兵。


彼は世界中にいるだろう傭兵達の一員なのだ。


“戦争の狗”“駒”“戦争狂”とはよく言ったものだ。


先程の舌打ちは彼が愛飲しているタバコが切れたので、代わりに死体が持っていたタバコを吸った為である。


心底、満足いかない、そして不味さに顔をしかめながら紫煙を吐き出す。


だが、無いよりは余程マシだ、と無理矢理だが自分に納得させ、抜いたカラシニコフの弾倉に入っている残弾を確認すると再びそれを装填し、レバーを引き、新たに弾丸を薬室に送り込むと排莢された弾丸を拾い上げて腰に巻いてある弾帯に入れる。



遠雷のように遠くから響く銃声の嵐。


ゲリラが潜伏しているとの村があるとの情報が入り、彼が所属している部隊に命令が下った為に来たのだ。


結果はビンゴ。


唯一の失点は敵の数が予想より多かった事だろう。


だが、所詮は民兵。


ロクな訓練を積んでいないゲリラ達が青年のような百戦錬磨の傭兵達に敵う道理がない。


村は既に半分以上の家屋が燃えている。


ゴウゴウと音を立てて燃える炎に紛れるのは、銃声と悲鳴。


民間人とゲリラの見分けは難しい。


ほぼ無差別攻撃−いや虐殺の方が正しいだろう。


「…チッ…」


再びの舌打ち。


何処の紛争、戦場も大差ない。


ありふれている。


これが現代の事情。


ソ連という大国が崩壊すると、それまで抑圧されていたナショナリズムが爆発し、世界中で地域紛争が現在になっても起こり続けている。


いや、正確に言ってしまえば、有史以来、人間が争いを止めなかった時代など無かっただろう。


これは、その延長線上の事なのだ。


“歴史は血で綴られる”とはよく言ったもの。



また、とある学者がこんな学説を説いたそうだ。


“人間は元々、好戦的な生き物である”。


実に的を得ている。


よくよく考えれば、他の動物達は自らの生命が脅かされた時、または縄張りが侵された場合のみしか同族を殺さない。


ならば人間はおかしな動物なのだろう。


世間一般の人々に問い掛けたら、まず間違いなく“違う”と返すと思う。


だが、そうならば何故、人間は競争するのだ?


勉学に励み、誰よりも優秀になり、より優れた教育機関に入りたがろうとするのだ?


“No.1よりOnly one”


有名な歌詞の一節だが、違うだろう。


他者より強く、賢くなるため。


理由は山程あれど、結局は争っている。


広い視野で見れば代わりはないのだ。



<この通信を聞いている全員へ!ゲリラ共の攻撃熾烈!至急、救援を!!>


青年は無線に繋がった片耳に付けたイヤホンを押さえながら、首筋に巻き付けている声帯振動式マイクを通して返答する。


通信を受けて駆け出した青年が着いたのは、一軒の民家。


民家ではあるが簡単な土嚢が積まれ、その陰から銃口から吹き出すマズルフラッシュが見えた。


「来てくれたか!」


「数は!?」


「三人を確認した。アサルトライフルと軽機を撃ってきやがる!!」


窪みに隠れるが、そのやり取りを消し去るように数多の銃声が響く。


青年は弾帯から一個の手榴弾を取り出して、

レバーを握りながら安全ピンを引き抜く。


そして投擲。


距離が20mしかないため爆発までは間が有ったが、狙い通りにそれが炸裂し、切り刻まれたゲリラの血飛沫が舞う。


「制圧だ」


「流石…。“猟犬”の通り名は伊達じゃないな」


不機嫌そうに鼻を鳴らすと“猟犬”と呼ばれた青年はいまだ銃声が響く場所へと駆けて行った。








抱えた自動小銃を構え直すと青年は粘土製の茶色の壁で出来ている民家の入口をそっと覗く。


屋内に居たのは青年と同じ銃を持った四人の男。


手榴弾を放り込めばカタが付くだろうが、さっきのが最後のだったために、その制圧法は諦めた。


代わりに取り出したのはダガーナイフ。


彼は、まずこれで一人を仕留めるつもりなのだ。


本来ならスローイングナイフが適当だろうが、生憎とそれは所持していない。


飛び出し様、ナイフを投げると寸分違わず、後ろを−青年に背中を向けていた男の首にそれが突き刺さる。


まずは一人。


青年の存在に気付いた生き残りが慌てて銃を構えるが、無駄なあがきだった。


青年が躊躇なく銃爪を引くと、フルオートで放たれた銃弾が三人に襲い掛かり、その命を刈り取った。


屋内に入ると濃い血の臭いが鼻を突く。


それに顔を軽くしかめながら屋内を見渡すと、三人のゲリラに混じって黒色の肌の女性−屍が転がっていた。


青年が傍らに片足を着いて身を屈めると首筋に手を遣る。


生命の鼓動を示す脈は無かった。


改めて身体を見渡すと酷く損傷している。


青年は何があったか察しがついた。


瞳孔が開いた眼で虚空を見詰めている女性の瞼を下ろしてやると、心なしか表情は穏やかなものになった。


突然の物音。


反射的に小銃を構え、発生源に銃口を向ける。


そこにいたのは、この国には珍しい白い肌をした痩せている少年。


彼は身の丈に合わない服と青年と同じAK-47を所持している。


その気になれば少年は青年を殺す事が出来ただろうが、その顔には恐怖が浮かび、青年を怯えた様子で見ていた。


「…ゲリラか?」


照準を少年に合わせながら問い掛けると彼はゆっくりと頷いた。


相変わらず少年は怯えている。


「…あの人は、貴様が?」


「ちっ違ッ!」


否定するように首を横に振る少年。


だがそれを信じる奴は余程のお人よしか馬鹿だけだ。


正規軍でもないゲリラの処置は銃殺と相場が決まっている。


戦争中でもない上、捕虜の待遇に関する条約を結んでいないのだから、咎められる事はないだろう。


チキリ、と青年が銃爪に指を乗せた音が微かに響く。


それに少年は顔を強張らせ、身体を震えさせた。


後は銃爪を引けば、銃口が火を吹き、少年の身体に7.62mmの穴が空く。


子供が一人死んだだけで世界には何ら影響はない。


ただそれだけの事なのだが…青年は銃爪を引くのを止め、代わりに無線を開いた。


「…周波数内の各員へ。生き残りがいた、至急、応援を寄越されたし。繰り返す−」


銃を下ろし、通信をしたのがいけなかったのだろう。


もしくは慈悲を掛けたのがいけなかったのか。


奇声を上げながら少年が腰から拳銃を引き抜き、それを青年に向けた。


それに気付いた青年と銃口を向ける少年の視線が空中で交差した瞬間、発砲音が彼方から聞こえる他のそれに混ざるように轟く。


硝煙が昇る銃口を見ながら、青年はゆるゆると自分の胸部を見遣った。


するとドクドクと蛇口を捻ったように自らの胸から血が流れ、戦闘服を濡らしていた。


ガシャン、と片手に持っていた自動小銃が地面に音を鳴らして落ちる。


すると力が抜け、両膝が銃の後を追うように地面に着く。


視線を胸部から対峙している少年に向けると、彼は怯えながら銃を青年に向けていた。


それに気付くと青年の身体から力が更に抜け、今度は全身が地面に落ち、俯せの状態になる。


青年は無線に繋いだイヤホンから聞こえる声を聞きながら、ゆっくりと、だが確かに瞼を下ろしていった。



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