温もり R15注意
ちと妙な描写が有りますので注意を。
まぁ…ショウも成人ですので。
誤字指摘があり訂正しました。
「アナタの体はきっと煙で出来てるのよ」
ベッドの端に座って愛飲のタバコを吹かしていると、背後から女の声が響いた。
軽く振り返ると褐色の肌をした女は生まれた時のままの姿でシーツに包まっている。
情事の後を察するのはたやすい事だろう。
「そんなに吸ってるか?」
「自覚がないのね…」
溜め息を吐き出した女が腕をシーツから伸ばして俺が摘んでいたタバコを引ったくる様に取った。
口元がなんとなく淋しくなり、サイドテーブルに置かれたガラス製の灰皿の傍らに放り出した紙ケースから新たなタバコを取り出して口に咥えた。
ふと女が胸元をシーツで隠しながら顔を近付けてくる。
口に咥えられているタバコの火種から自分のそれに火を点けた。
「なにも聞かないのね…」
「何を…?」
「私の名前とか…」
肺に吸い込んだ紫煙を吐き出す。
「知る必要もないし、別に聞きたいとも思わないからな」
そう、と返した女は俺と同じ様に紫煙を吐き出した。
「…じゃあ…逆に聞くけど、アナタの名前は?仕事は?」
「それこそ知る必要があるのか?」
「…………」
潤んだ瞳から逃れる様に素っ気なく返して視線を外した。
お互いに割り切っての行為だ。
俺は金を払って女を抱いた。
俺は客、そしてこの女は娼婦。
それ以上の関係は必要ない。
「ねぇ?」
「なんだ?」
「そのタトゥ−、何処で彫ったの?」
いつの間にか傍らに来ていた女が指差していたのは俺の左腕に彫られている猟犬がモチーフになったトライバルタトゥー。
「昔…な」
「そう…」
何処で、誰に、彫って貰ったかは曖昧にした。
良くも悪くも、認めたくないが俺と相棒の名前は広く、この世界で有名になっている。
人物が特定されるのは避けなければならない。
「触っても…良い?」
「…どうぞ」
細い指先がそっと腕に触れた。
女の指先から伝わる温もりが情事の最中を思い出させた。
「やっぱり…固いわ」
「腕がか?」
女が首を横に振って否定した。
「腕だけじゃない。胸も…お腹も…心も…」
心も…ね。
不意に苦笑が零れた。
「私では溶かしてあげれないの?」
「さぁな」
「そう…」
短くなったタバコを灰皿に押し付けると隣から女の腕が伸びてきて、同様にそれを押し潰した。
「朝までいるの…?」
「…夜明け前には出て行くさ」
ベッドに横になると腕を枕にして瞼を閉じた。
急に胸元に温もりを感じ瞼を開けると顔同士が近い事に気付く。
「…夜は寒いの…お願い…傍にいて…」
そう言うと女は瞳を閉じて顔を近付け俺の唇に自らのそれを重ねた。
女の舌が咥内に侵入してくる。
それに自分のそれを絡めると苦味を感じた。
さっきまでお互いにタバコを吸っていたのだから当然だろう。
唾液が混ざり合い、どちらの物か判別が付かなくなる。
女が唇を離すと唾液の糸が細く延び、それが虚空で切れる。
潤んだ瞳に、ほのかに紅潮した頬。
無くなったと思っていた欲望が鎌首をもたげてくる。
その欲望に逆らう事なく、体を軽く起こして捻ると女を組み敷いた。
そのまま細い褐色の首筋に唇を寄せて吸い付いた。
「あっ…」
目が覚めて気付いたのは俺の胸元にあった長い茶髪。
微かに耳を打ったのは穏やかな寝息。
軽く女の髪を撫でると身を起こし、ベッドから抜け出して身なりを整え始める。
それが終わると財布を取り出して、料金よりも明らかに多い札をサイドテーブルの上に置いた。
一夜を過ごした宿を出るとポケット越しに振動が伝わってきた。
携帯電話だ。
それを取り出して相手を確認すると、通話ボタンをプッシュして耳に当てる。
<ショウ、何処にいる?>
「今そっちに行く所だ。どうした?」
電話越しに相棒に返すとタバコを一本取り出すとそれ咥えてジッポの火を点けた。
<代理人から連絡があったんだ。向こうと話が付いたってよ>
「…で、俺達は結局どっちに味方するんだ?」
<政府からの話は蹴った。民族解放戦線の奴らに味方する>
「…そうか」
<なんだ…反対しねぇのか?>
紫煙を吐き出しながら自嘲の微笑を零した。
「俺達にとって、どの勢力に味方するかは問題じゃない。要は金払いの良い奴らに味方して、俺達の価値を売る仕事だからな」
<まぁ…的を射てるな>
「出発は?」
<今日の夜だ。協力して貰って現地入りするNGOの飛行機で送られる事になった>
「判った。後で落ち合おう」
通話を切ると携帯をポケットに押し入れた。
−この怪我どうしたの?
ふと何故か、情事の最中に問い掛けられた言葉を思い出した。
なんと答えたのだろう?
どんな表情をしたのだろう?
よく思い出せない…。
確かなのは女の細い身体を些か乱暴に抱きしめ温もりを逃がさないように自分の欲望に従っていた事だ。
彼女には悪い事をしたかも知れない…。
こんな人間に抱かれたのだから…。
ただ銃爪を引き、名前も知らぬ人間を撃ち殺して報酬を得るだけの人間に。
だが…あの温もりは何故か忘れられそうに無かった。
夢だったのかも知れない…。
いや、きっとそうだったのだろう。
頭を切り替えると夜明けの白み始めた街の路を歩き始めた。