親鳥と雛鳥
ショウの師匠さん登場。
「…あぁ…うん…そうか…」
狭いリビングの中で一人の男が電話の受話器を肩と首に挟みながらタバコを燻らせている。
彼の頭髪には本来の黒髪以外に白いものが混じり始めているのを見ると大分、歳を食っている事が判る。
そして彼の右頬には大きくえぐられた傷痕が目立ち、一般人では無い事は容易に判断できるだろう。
電話の向こうにいる昔馴染の代理人に相槌を打ちながら吸い込んだ紫煙を吐き出す。
「…なるほど…なら一人頭、2000ドルでどうだ?…そりゃ軍事アドバイザーとしては高いだろうが、こっちも商売だからな」
交渉が上手くいっていない様子だ。
彼の仕事は傭兵。
名前をガイア・ローランド。
傭兵という仕事に就いて、もう20年になるベテラン中のベテランだ。
代理人を通して頼まれたのはアフリカで勃発した内戦における民兵達の訓練と軍事アドバイザー。
年齢が年齢の為、この仕事で傭兵を引退しようと考えている彼は最後の仕事で、もう一稼ぎしたいのだ。
「…あぁ、お前とも長い付き合いだがな…これで俺も晴れて引退だ。…カリブ海の島にでも別荘を建てて静かに暮らすさ」
何処か寂し気に代理人に未来の予想図を話すと彼は短くなったタバコをテーブルに置かれたスチール製の灰皿に押し潰し、新たなタバコに火を点けた。
「…アイツか?…あの二人の息子だけはある。…なんで二人が死んじまったのか未だに判らんよ」
かつての親友、そして戦友の話題になりガイアは胸の内を昔馴染に零した。
「…アイツも今年で19になる。…もう俺の息子みたいに感じちまってなぁ…良い加減、結婚しろだぁ?…出来たらとっくにやってらぁ!」
昔馴染が禁句にでも触れたのか、彼が急に吠える。
だが、その顔は楽しそうだ。
冗談を交えながら会話する姿は年不相応の幼さが垣間見えた。
「…うん…今回はアイツも連れて行くつもりだ。…そろそろ実戦を経験させても良い頃だしな。…何、俺もあの時分には銃を握ってたんだから大丈夫だろう」
虚空を見詰め、若き頃の自分の姿を思い出しているのだろう。
もう身体は無理が利かない状態になっている。
二十代の頃なら直ぐに回復した体力も、四十を過ぎてしまうと回復には時間が掛かってしまう。
「…師匠として…義父として出来る最後の事だからな。…雛鳥が巣立ちするまで面倒を見るのが親鳥の責務だ。……あぁ、無理はしねぇよ。心配かけて済まねぇな何時も。…何、これが最後だからな。……ああ判った、じゃあ頼むぞ」
受話器を戻した彼は短かくなったタバコを再び灰皿に押し潰した。
「さて…行くかな」
そう呟くと彼は腰掛けていたソファから立ち上がり、自分の弟子であり、息子である青年の許へ向かった。
青年の名前は、桂木翔−ショウ・ローランド。
これが彼の現在の名前だ。