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思わぬ邂逅



グロ表現注意。




「そういや…何時だったかの戦場でトンデモねぇ奴に遭ったなぁ…」


「オルソン…なんだ、いきなり?」


今日の新兵達の訓練が終了し、『なんでも屋ローランド』の店主とその従業員が二人で晩酌を交わしていると、従業員の一人であるオルソンが不意に何かを思い出したのか呟いた。


「いやさ。俺が傭兵駆け出しの頃の話なんだけど、西アジアで国境紛争があったんだ。そこで俺が戦ってた時の話」


「西アジア?……6年くらい前か?」


「おう。そこで遭ったんだよなぁ…トンデモねぇ敵と…」








6年前 某国 国境紛争



砂漠の街を占領した戦車等の装甲車を含んだ一個歩兵中隊が次の戦場へ向かい進軍している。


その中に、傭兵であるオルソン・ピアース兵長は紛れていた。


まだ傭兵という職業に就いて一年弱の彼だが、かつての祖国ではアメリカ海兵隊に所属し、不正規戦に従事していた為に、この職業は天職といえる。


果たして本人がそう思っているかは判らないが。


彼はこの勢力に戦闘員としてだけでなく、そのノウハウを活かし軍事アドバイザーとしても参加している。


実はこの勢力の大多数の兵士達は純粋な訓練を積んだ正規兵ではなく民兵なのだ。


練度が十分ではない上に、彼らは満足に銃を撃つ事も出来ないのだ。


現在の戦況はオルソンが所属する勢力が有利だが、それは敵対勢力よりも数が多いだけのこと。


報酬に目が眩んだ、とまでは言わないが今度からは事前調査をしっかりしよう、とオルソンは心に決めた。



二列縦隊で進軍する中隊。

オルソンは最後尾の小隊に所属している。


傭兵には珍しいM4カービンを抱え直した彼は、口寂しさを覚えて懐から愛飲のタバコを一本抜いて火を点けようとした。


その瞬間、一発の銃声が轟く。


くわえたタバコを吐き捨て、身を屈めると彼の眼に映ったのは中隊の先頭を歩いていた兵士が血と脳漿を飛び散らし地面に倒れようとする姿だった。


(狙撃兵か!?)


「散開、建物の影に隠れろッ!!」


中隊長が命令を吠えるように下した瞬間、彼の頭が吹き飛ばされる。


オルソンは身の危険を感じ慌てて建物の屋内に飛び込んだ。


同じように道路の反対側でも兵士達が物影に飛び込んでいる。


一人の兵士が細い路地裏に飛び込んだ瞬間、何かが炸裂し、巻き込むように数人の兵士の身体から血が吹き出る。


何かが炸裂した瞬間、オルソンが屋内に半ば反射的に伏せると窓ガラスが割れ、壁に散弾のような鉄球が襲い掛かった。


(…M18A1−クレイモアかッ!!)


クレイモアは指向性対人地雷の一種で主にアメリカ軍やその各国同盟軍が採用している。


リモコン起動式やワイヤー起爆によって爆発したクレイモアは数百の鉄球の散弾を撒き散らす。


オルソンは一発でそれを看破した。

何故なら自身もかつての祖国で訓練、任務で使用した経験があるからだ。


今のは敵狙撃兵が仕掛けたブービートラップ。


となれば、あれ以外にも他にトラップとなる爆発物などが仕掛けられている可能性が高い。


(なんてこった!偵察の報告じゃ既にこの街は放棄された筈だろ!!)


あの狙撃兵は待ち構えていたのだ。

敗走する友軍部隊の退却の時間稼ぎの為に。


それが判った時、オルソンは気付いた。


(奴はハンターで俺達は、その獲物。…畜生、ここは奴の狩場だ!!)



「兵長!敵は何処から撃ってるんですか!?」


同じ屋内に飛び込んだ小隊の無線兵が慌てた様子でオルソンに問い掛けた。


オルソンは撃たれた者達がどのように倒れたのか思い出す。


思い至ったのか彼は懐から取り出した手鏡を翳し、外の様子を見る。


手鏡を動かしていると彼方−1000mほど離れている教会の鐘が置かれている塔から一瞬チカッと反射する光が見えた。


「居たぞ、あの教会の塔だ!戦車に砲撃しろと伝えろ!!」


その言葉を聞いた無線兵が受話器を手に取り、戦車に砲撃座標を伝える。


するとT-72の砲塔が動き、主砲が仰角に上がる。


次の瞬間、主砲が咆哮し、砲弾が塔に着弾する。


崩落の音を轟かせながら半ばから上の姿が無くなった塔が顔を覗かせた。


そして、10分ほど待ったが銃声が聞こえて来ない。


(…仕留めたのか?)


「…やりました…かね?」


「判らない…」


外の様子を見ようと無線兵が顔を上げる。


キョロキョロと視線をあちこちに向けるが、どこからもスコープレンズの反射光は確認出来なかった。


「…仕留めたみたいですね」


安心したのか無線兵が溜め息を吐き出したが、その音は一発の銃声が掻き消した。


銃弾は無線兵の頭を直撃し、彼は頭をガクンと後ろに引っ張られるようにそのまま床に仰向けになって倒れた。



(生きてやがった!?…クソッ、着弾する前にさっさと射点を変えたか)


しぶとく容易ならざる敵狙撃兵に悪態つきながらもオルソンは無線兵の頭部に侵入した弾丸の射入口と射出口を照らし合わせ、射点を大まかにだが予測した。


その方角は屋内から見て左斜め前方仰角の1000mほど先にある建物の屋上。


先程まで敵狙撃兵がいたであろう教会の塔は右斜め前方仰角だった。


つまり敵狙撃兵は僅か10分の間に走ってあそこまで向かい狙撃した事になる。


教会の塔とあの屋上では直線距離で約1000m。

それほど遠い距離ではないが、奴は誰にも見つかる事なくあそこへ向かった事になる。


味方の兵士達が気付きもせずに向かうとは…。


軽く舌打ちをしたオルソンは更に何故、無線兵がスコープレンズの反射光に気付かなかったのか判った。


奴は太陽を背にしているからだ。

そうすればスコープレンズには太陽光の反射光は映らない。


ここまでの過程からオルソンはひとつの結論を叩き出した。


奴はプロの狙撃兵だ、と。


狙撃経験の浅い者は戦場で射点の変更を忘れがちになり、逆に砲撃を浴びて戦死してしまう。


しかも太陽の位置や動きを計算する余裕など早々あるわけがない。


熟練の狙撃兵ほど地上戦−特に市街地、密林戦で恐ろしい者はいない。


オルソンがこれまでの経験で培った事だ。



続けざまに、二発の銃声が響き渡り、屋内の壁越しに何かが倒れる音が聞こえた。


(またやられた!!)


このままでは埒があかないと判断したオルソンは戦死した無線兵を俯せにして彼が背負っている無線の受話器を手に取った。


「ピアース兵長より戦車へ。敵狙撃兵は、そちらから見て7時方向、直ちに制圧砲撃を開始せよ!」


<駄目だ!ここからだとこれ以上、上を狙えない。移動した後、直ちに砲撃開始する!OVER>


「ピアース兵長、了解。OUT>


キュラキュラと履帯を響かせながら戦車は前進し砲撃位置を変え始めた。


ふと、オルソンは戦車の進行先にあるコンクリートブロックの破片に眼が釘付けになった。


その瞬間、嫌な予感が脳裏を掠めた。


(あれは…まさかッ!!)


「戦車、進行中止しろ中止ッ!!」


オルソンが無線の受話器に吠えた瞬間、T-72は爆発し、砲塔部分が吹き飛んだ。


「Damn it!!」


畜生!!と吐き捨てたオルソンは空いてある左手で床を殴り付ける。


あのコンクリートブロックの陰にはプラスチック爆弾−リモコン起動式のC4が仕掛けられていたのだ。


他にもブービートラップがある可能性を考えていただけに迂闊な移動を命じたオルソンは自分を呪った。


狙撃兵に対する有効的な排除手段は現在でも、射点と思しき付近への爆撃か砲撃しか確立されていない。


つまり先程、戦車を失った時点で狙撃兵に対抗する手段を失ったのだ。

今からでは航空支援も間に合わないだろう。


このままでは確実に一人ずつ敵狙撃兵に狩られる事になる。


オルソンが歯ぎしりすると手に持ったままの受話器から声が聞こえてきた。


<こちらボルト中尉。中隊長の戦死に伴い、俺が指揮官代行を務める。中隊はこれより一時退却する。装甲車に乗れるだけ乗り込め。残りは走るぞ。良いか絶対に走るのを止めるなよ。……良し、今だ!!>


号令と同時に装甲車後部の搬入口が開き接地した。

それを見て数人の兵士が我先に殺到する。


その瞬間、再び立て続けに銃声が轟き、乗り込もうとした兵士達は全員、戦死した。


生き残る為、他の兵士達も装甲車に殺到する。


何人かが射点であろう方向へ向け、自動小銃を乱射するが、あっという間に頭を撃ち抜かれ地面に倒れ伏した。



それでも味方の兵士が撃たれる合間を縫って何人かが装甲車の車内に飛び込んだ。


満員になった装甲車は発進し、脇道から街の外へ向けて走り始めた。


あの装甲車に乗った兵士達は無事だな、と安心したオルソンだったがそれは皮肉にも裏切られた。


装甲車のエンジン音が爆発音に掻き消されたのだ。


(どこまで、奴は用意周到なんだ!?)


爆発音の大きさからC4か対戦車地雷だろう、とオルソンは判断した。


このまま、屋内にいても何らかの手段を講じて攻撃を加えてくる可能性が高いと判断したオルソンは、敵狙撃兵が逃げ始めた友軍兵士に狙いを集中しているのを確認し、一気に隠れていた場所から飛び出し、一目散に走り出した。



頭を撃ち抜かれた兵士達が次々と倒れる音を聞きながらオルソンは走った。


このままなら助かる、と思った瞬間、彼の背筋にゾクッとした悪寒が走った。


(狙われている!?)


確証はないが何故かオルソンはそう思った。


(死んでたまるか!!)


駆ける脚の動きを速くし、道路の一角にある曲がり角を目指した時、一陣の熱風が吹き、同時に一発の銃声が轟いた。


それが耳を打った瞬間、彼の右頬を熱く感じる何かが掠めた。


たまり兼ねて曲がり角に飛び込み、周囲を確認したが爆発物の類が仕掛けられている様子はない。


右頬に手を遣れば、ヌルリとした脂の感触。


眼前に手を持ってくれば血がベッタリと付着していた。


どうやら弾丸が掠めたらしい。


(…さっきの熱風で弾道が逸れたのか?)


狙撃の成功の是非は緻密な計算に基づいている。


射手である敵狙撃兵の放った弾丸は砂漠特有の熱風で僅かに逸れ、オルソンの頭を撃ち抜く代わりに右頬を掠めたのだ。


戦場で運をアテにするのはご法度だが、今日ばかりは、その運にオルソンは礼を言った。


そして、オルソンはなんとか生き残った友軍兵士達と退却時の集合地点である街の外へ向けて走り出した。







建物の屋上で一人の狙撃兵が伏射の姿勢から立ち上がり、セミオート狙撃銃−SVDのボルトハンドルを引いて薬室に装填されていた弾丸を取り出した。


「…不発だったか?」


そう呟き、彼は首を傾げる。


退却時間を稼ぐ為の攻撃開始1時間前に銃は念入りにクリーニングしていたのだ。


ならば弾丸自体に問題があったのだろう。


それでも納得がいかず彼は再び、その弾丸を薬室に装填し空に向けて銃爪を引いた。


すると聞き慣れた、乾いた銃声が轟く。


ますます判らない。


一発の不発弾のお陰で厄介な奴を仕留め損なった。


初撃の一発に誰よりも早く反応し、狙撃から逃れるように屋内に逃げ込んだ敵兵。


この紛争で彼が今まで戦った事がないほど良い腕をしているであろう兵士だった。


おそらくは傭兵。

奴を仕留め損なったのは厄介だ。


一人の手練が戦況をひっくり返す事がたまにある。


一人の狙撃兵がたった今、一個小隊を壊滅に追いやり、あまつさえ一個中隊を退却させたように。


(あの熱風さえ吹かなければ…)


軽く舌打ちをした彼だが、直ぐに気持ちを入れ替えた。


当初の目的は達成されたのだ。


これで彼が所属する友軍部隊の退却時間は稼ぐ事は出来たのだ。

大金星である。


そう自分に言い聞かせ、彼は屋上から降りる為、昇って来た階段へ向かい歩き始めた。


SVDを肩に担ぐ彼の腰には彼が所属する軍には配備されていない筈の大口径拳銃−デザートイーグルがホルスターに収められていた。










「−とまぁ、こんな話。いやぁ、二度とあんな奴とは遭いたくねぇや。っても異世界じゃ遭える訳ねぇか、ハハハ……どした相棒?」


「あぁ…いや、なんでもない」


「?」


「ほら、グラスが空いてるぞ」


「おっ、悪ぃ」


オルソンのグラスに新たな酒を注ぎながら、ショウは思った。



(相棒を“誤射”しそうになったなんて言えるかよ…)







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