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“The Peace Book”



ちょいシリアス。


登場する絵本は実在します。








紛争が小康状態になり、配属先が変更になった。


場所は最前線から後方の難民キャンプ。

ここの警備をやれ、との事だ。


傭兵にじゃなく正規兵かボランティア−NGOの奴らにやらせれば良いものを…。



降り注ぐ陽光を浴びながら俺はキャンプ内の一角に停めてあるジープの座席で寝ていた。


その荷台には、12,7mm機銃が据えられ小さいながらも影を作り俺を覆っている。



…この紛争も終わりが見えてきたな…。


オルソン−相棒は今頃、何処で戦ってるのか…。

あの野郎、たまには手紙の一つでも寄越せ。


異郷の地で戦っているだろう、音信不通の相棒に心中で悪態付きながら、狭い座席で身体をよじる。


不意に被っているヘルメットが軽く叩かれた。


…なんだよ、折角、寝てんのに…。


嫌々ながら瞼を開けると、ジープの車外で見知った、年の頃は7歳くらいの女の子が木の枝を持って、また俺のヘルメットを叩こうとしていた。


「兵隊のおじさん」


「…何度も言うが、お兄さんと呼べ、お兄さんと。まだ若いんだぞ、俺は」


やんわり注意するが、女の子は意に返さず、ニコニコと笑っているだけ。


…この子にすっかり懐かれてしまった。


配属されて、しばらく経ったある日に、俺は泣いていた、この子を見つけた。


泣いている理由を聞けば、母親を探している、と言った。


とりあえず、カロリー補給用に持っていた飴玉を与え、泣き止むのを確認した後、この子を肩車して母親を探したが、このキャンプには居なかった。


途方に暮れたが、顔見知りのおばさんがいたらしく、彼女が面倒を見てくれる事になった。


あの後も俺が暇な時に遊びに来ている。

今日も遊びに来たんだろうか?


「…で、今日は何の用だ?」


尋ねると女の子は、何かを俺に差し出してきた。


これは…絵本?


「バックの中から見つけたの。読んで?」


「…俺が?」


聞き返すと変わらず、ニコニコと笑っている。


絵本を手に取り、題名を読む。


“The Peace Book”


絵本の題名が英語で記述されていた。


著者の部分は擦り切れていて読めなかった。


「その絵本、お母さんが好きなの」


「へぇ…」


何度も読み返したのだろう。

軽くページをめくれば、紙は手汗で黄ばみ、表紙は所々が擦り切れていた。


「…お母さんみたいに上手くは読めないかも知れねぇな…それでも良いか?」


「うん!」


元気よく返事をした女の子は、俺の膝に飛び乗ってきた。


まだ座席に座っているため、狭い車内が余計に狭く感じる。


「早く読んで!」


急かしてくる女の子に苦笑しながら、絵本を声に出して読み始めた。





絵本の内容は題名通り、平和について考えさせるものだった。


絵本のため、分かり易く書かれているが、内容は深い。



絵本が読み終わりそうになった時だった。



「…ねぇ、おじさん」


「んっ?」


もう注意するのは諦めた。

この子から見れば俺も“おじさん”なのだろう。

…認めたくないが。


「平和って何?」


不意に尋ねられた。


「…平和ってのは…戦争とかが無くて、穏やかなことを言うんだ」


「じゃあ、戦争って何?」


「…人と人とが争っていること」


「じゃあ、けんかも戦争?」


「いや、喧嘩は違う。戦って少しは怪我をするけど、死にはしない。戦争ってのは兵隊同士が戦うことを言うんだ」


「ふぅん。…でもなんで戦争なんかするの?」


…答えられなかった。


子供は苦手だ。


嫌いでは無い。

子供達の他愛のない笑顔を見れば、癒される。


だが、苦手だ。

子供達は大人の弱い所を無邪気に突いてくる。


「…それは」


「エミリー!」


「あっ、おばさんだ!」


女の子が俺の膝から飛び降りて、面倒を見ているおばさんに手を振っている。


「そろそろご飯にするから戻って来なさい!」


「は−い!」


近付いて来たおばさんに返事をした女の子に俺は絵本を返した。


「ほら」


「あっ、ありがとう、おじさん。じゃあね!」


手を振りながら去って行く女の子に俺も軽く手を振る。


いつの間にか女の子の面倒を見ているおばさんが近付いて来ていた。

「すみませんねぇ…面倒をお掛けして」


「いえ、お気になさらないで下さい」


「ところで、さっきまで何を?」


「あの子…エミリーちゃんでしたか?あの子に絵本を読んであげてたんです」


「絵本?…“The Peace Book”ですか?」


頷いて肯定すると彼女は女の子が走って行った方向を物悲しそうに見詰めた。


「あの子の家族は私の近所に住んでたんです。ですが、紛争が始まって避難したんですよ」


「そうでしたか…」


「あの絵本は、エミリーのお母さんが大好きだった本でしてねぇ…」


「失礼、今、“だった”と?」


悪い予感が脳裏を掠めた。


「えぇ…父親は徴兵されて戦死。母親は避難の最中、エミリーと逸れた時に爆撃で…」


「その事をあの子は…?」


彼女は首を横に振った。


あの子−エミリーにとって知らなくても良いことかもしれない。

だが、あの子が大きくなれば、両親のことを聞きたがるだろう。


どれが正しい選択なのかは…俺には判らない。


彼女が礼を言って去って行くのを見届けながら、俺は再び座席に横になった。



“平和”か…。


その意味が、どれだけ儚く浅薄なことか…。


平和の為に戦う事は大きな矛盾を孕んでいる。


人間は、ただ戦う事だけしか出来ない種族なのだろうか…。


だが、多くの疑問の中でこれだけは確かだ。



戦争で真っ先に不幸を食らうのは、外ならぬ子供達。




この紛争が終結したのは、この時から一ヶ月後のことだった。



戦争って行為はこの惑星で途絶えた事は無い、歴史がそれを証明してる。


この紛争もその一ページにすぎないことだったのかもしれない。






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