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悪夢の代償



今のうちに言っておきます…暗いです。


まぁ作者からすればですが。


弱々しいショウが駄目な方はUターンをお勧めします。



では最後に、この名言(迷言)を。



生きる事に迷ったら、まずは笑ってみなさい。


そして生きる事に迷い疲れ、自分の存在を疑う人への救いは死でも気休めでもない。



その人自身を、そして、その存在を心から受け入れる事である。










−助けて……。



『テメェなんか生まれなければ良かったんだ』



−誰か…助けてよ…!



『テメェはなんで“まだ”生かされてるか判るか?判らねぇなら教えてやんよ。遺族年金で俺の酒代を稼ぐためさ!』



−僕が一体、何をしたの!? なんでこんな目にあわなければならないの!?



『桂木…お前、また殴られたのか?…先生に任せなさい。大丈夫、先生がガツンと言ってやるからな!』



−良かった…まだ僕には味方が居るんだ…。



『テメェ、先公にチクリやがったな!?お陰で余計な金を払わなきゃならなかったじゃねぇかよ!!』



−そうか…今、判った。僕には味方が居ないんだ、何処にも…誰も…。


『なぁ、アイツ知ってるか?隣のクラスの桂木って奴』


『あぁ。窓際の席に座ってる奴か。アイツが?』


『噂なんだけどさ…アイツの両親って傭兵だったらしいぜ?』


『マジで!?うわぁ…じゃあ、アイツってブチ切れるとヤバイんじゃねぇか?』


『まさか。見ただろ、顔中に怪我してんの?あれ、叔父さんに殴られた痕らしいぜ?』


『傭兵の子供に家庭内暴力かよ!?くわばらくわばら…ヘタに付き合わない方が良いな』



−…誰も近付いてこようとしない。“俺”は…なんで生きてるんだろう…。


誰か教えてくれ。



『ねぇねぇ。あの人、知ってる?』


『指差さない方が良いって!』



−なんで…?



『あのお宅の男の子…可哀相ねぇ…』


『同情なんかしなくても…。ほら聞いたでしょ?』


『確か…両親が傭兵だった、って噂?』


『そうそう。交通事故で亡くなったそうよ』


『たくさんの人を殺したんだもの、自業自得よね』


『『アハハハ』』



−俺や…父さんと母さんが何をしたってんだよ!?



『修学旅行の代金!?んなモンに金なんか払えるかよ!忘れたか、テメェは俺の酒代を稼ぐためだけの存在なんだよ!!』



−嘘だ…嘘だ…ウソだ…ウソだァァァア!!?










「−ッ!?」


跳び起きた。


寝間着にした黒い無地のシャツは汗でべったりと肌に張り付き、顔には冷汗が流れているのが判った。


「……チッ…」


舌打ちを一発。


久々にみた夢は…悪夢だ。


なんだって、あんな夢を見たんだか全く理解できない。


何時だったか、神の野郎が“夢は脳が見せる悪戯”と言っていたが…そんな悪戯をしやがった脳ミソを今すぐにでも交換してやりたい。


…無理なのは重々、承知しているが。


「…チッ…」


二発目の舌打ちは先程よりも強かった。


吸水性のあるシャツを脱ぐと、それをタオル代わりに汗だくとなった顔と身体を拭くと心なしか気分が軽くなった。


ベッドの下に置いたブーツを履くが靴紐は結ばずにつっかけるだけにとどめる。


手にしているシャツを苛立ちを込めてベッドに叩き付けるように放り投げる。


サイドテーブルに置いたタバコとジッポを手に取って火を点けて紫煙を吐き出した。


しばらく立ち昇る紫煙を眺めていると少しずつ気分が和らいでいく。


…本当に少しずつだが。


全く…イラつく…!


忌ま忌ましげに頭を掻きむしる。


「ショウ、飯だぜ!」


「…あぁ…」


既に起きて、朝食の準備をしていたらしい相棒に返事をすると新しいシャツをクローゼットから引っ張り出して羽織った。









「…なぁ相棒?」


「…あん?」


「具合でも悪ぃのか?」


「そう見えるか?」


「何年、相棒やってると思ってんだよ?」


「…………」


…目敏い…いや、流石か。


「具合は悪くないさ」


「…なら…とびっきりの悪夢でも見たか?」


「…半分正解だ」


一足先に食事を終えたオルソンが嘲るように鼻を鳴らした。


「半分?返答までのタイムラグ…満点どころか120点だ」


「…チッ…」


「夜中に壊れたジュークみてぇに隣でウンウン唸られたらなぁ…イヤでも判っちまう」


「…そんなに煩かったか?」


「…安眠妨害、とまではいかなかったな」


「………」


聞こえてたのかよ…。


「…まぁ…何を見たかは聞かねぇよ」


「気にならないのか?」


「俺は、そこまで悪趣味じゃねぇ」


肩を竦めた相棒は居間のソファから立ち上がるとタバコを咥えながら玄関に向かった。


「…出掛けるのか?」


「ん?あぁ…。ちょいと“一発”な」


「御武運を」


「あいよ。後片付けは頼むぜ」


「…あぁ…」


頷くと相棒は、そのまま出掛けていった。









結局、食欲は出なかった。


…出なかったが、無理矢理、水で流し込む作業を続けて完食。


後片付けを済ませるとソファに横になった。


顔に手を翳しながら片手でタバコを口に運ぶ。


火を点けようとしたが…それが億劫になる。


火を点ける事を飽きらめ、タバコを咥えたまま眼を閉じてみる。



…眠気が襲ってこない。



…こんなのは戦場で“処女喪失”した時、以来だ。


あの時の夜は…食欲がわかず、酷い吐き気と恐怖に襲われ、銃口を何度もこめかみや口に押し入れて銃爪を引きかけたモノだ。


今になって思えば…あれが平穏な生活からの決別と、戦場という場所からの洗礼だったように思えてならない。


まぁ…二日目あたりには慣れてしまったが。


現状の俺は…正に、ケツの青い駆け出しだった頃の俺だ。



…夢を…いや、昔を思い出して否応なく思い知らされた。


年端のいかぬガキだった頃、一人称が“僕”だったこと。


そして…まぁ、ロクな幼少期と青年期を過ごさなかった事を、だ。


理由もなく殴られる恐怖。


理由もなく陰口を叩かれる嫌悪。


…他は…嗚呼、挙げるのもイヤだ。



…これで良く人格破綻やら性格が捩曲がらなかったと自分を褒めてやりたい。


…自画自賛ほど自惚れた事はないと承知はしているが。



…今日、依頼がなくて良かったと感謝した。


おそらく、俺の面は酷い事になっているだろう。


そんな面で依頼人に会ったら、間違いなく依頼をキャンセルされる。


加えて、気分は最悪…。


依頼どころか戦場ではなくて良かった、と心底、そう思う。



…今日はデメリットしかない一日になりそうだ。



やっと咥えているタバコに火を点ける気分になり、ジッポをズボンのポケットから取り出し、それの上蓋を金属音を響かせて長年の経験から火を点ける対象があるだろう場所へ持ってくる。



−持ってくるが、突然のドアノックにタイミングを逃した。


筋肉が弛緩してしまい、だらし無くジッポを掴んだ手を腹に置く。


「……どうぞ」


怠げに入店を許可するが、身を起こす気にはならなかった。


「…お邪魔します」


聞き覚えのあるソプラノ。


それが玄関を開閉する音に紛れて耳を打った。


眼を閉じたままでも、それが誰なのか確信できた。


「……エルザか…」


「はい…」


「折角、来てもらって悪いんだが…今日は休業日だ。玄関の札を“本日休業”に変えてくれ」


うっかり、もしかするとオルソンが出掛け際、札を“本日営業”にしていたのかも知れない。


「…大丈夫ですよ。ちゃんと札は“本日休業”になってました」


「………」


じゃあなんで来た?、と思ったが口にするのも面倒になっている。


ツカツカと靴音が近付いて来たと思うと、それが俺が横になっているソファの前で止まり、次いで軽い振動がソファを襲う。


…エルザが腰掛けたのだろう。


「…何かあったのですか?」


突然の質問に鼻を鳴らす。


「何かあった?別に何もなかった。万事、大丈夫。No problem」


「嘘、ですね。最後の言葉の意味は判りませんでしたけど…」


「なんで、そう言い切れるんだ?」


相変わらず、顔に手を翳して眼は閉じたまま問い掛ける。


「しっかり裏は取れてますので」


「…“裏”だって?」


聞き捨てならない単語が聞こえた。


「そうですね…私の知り合いが今朝、突然、城に来て“ショウの様子がおかしい”と言って下さいまして」


「…その“知り合い”ってのは俺も共通しての、か?」


「えぇ。たぶん…貴方の方が良く知っておられるかと」


…あぁ…あの金髪で人を食ったような笑顔をしやがるアイツね。


…チクショウ…。


「…なら、その知り合いの眼がイカれてんだな。俺はこの通り、なにも問題ない。だから…さっさと帰れ」


「何故ですか?」


「何故?言い出すとキリがないが…こんな奴に構ってるより、公務にでも専念した方が得だからだよ」


「なら大丈夫ですね。私の公務は今日だけ休みですから」


「…………」


あぁ言えば、こう言う。


彼女の性格って会った頃は、こんな感じだったろうか?


ふと急に頭を持ち上げられた。


次いで、後頭部に感じたのは暖かく、柔らかい感触。


「…なにしてんだ?」


「なにって…膝枕ですが?」


「…それは判ってる」


「なら聞かないで下さい」


「俺が聞きたいのは、そんな事をする理由だよ」


膝に頭を乗せられているが…何故か抵抗する力が起きない。


「…理由なんか有りませんよ」


「……はっ?」


「弱ってる人に膝を貸す事に…何か理由が必要ですか?」


必要だと思うのは俺だけだろうか?


「弱ってる、ねぇ…猫かぶりしてたらどうする?」


「その時は…そのときです」


「…君の貞操観念を疑っても良いか?」


「ご自由に」


投げやりに返されてしまう。


「俺が分別のある男で良かったな。もし他の男だったら君を襲っていたかも知れん」


「…そうですね。でも…」


「?」


「でも…ショウはそんなことしないでしょ?」


苦笑が零れた。


「やっと笑ってくれた」


「あん?」


「笑っていた方が良いですよ?」


「…善処する」


「是非、そうして下さい」


何故かな…だいぶ、気分が良くなった気がする。


「…どうかしましたか?」


「なに…眠くなっただけさ」


「眠っても良いですよ?」


「なら少し甘えさせてもらう」


「はい。…子守唄でも歌いますか?」


「俺はガキか?」


「今のショウは子供にしか見えません」


断言されちまったな。


だが…まぁ良い。


咥えていたタバコが奪われる。


今更になって鼻孔を優しく突いたのは、甘い花の匂いがする香水。


あぁ…良い具合にまどろんで来たな。



「…眠って?」


「…おやすみ」


「はい、おやすみなさい」









−助けて……。



『テメェなんか生まれなければ良かったんだ』



−誰か…助けてよ…!



『テメェはなんで“まだ”生かされてるか判るか?判らねぇなら教えてやんよ。遺族年金で俺の酒代を稼ぐためさ!』



−僕が一体、何をしたの!? なんでこんな目にあわなければならないの!?






あぁ…また、この夢か。



何時まで俺に纏わり付くんだ?


何時まで俺を苦しめる?


何時になったら俺は解放される?



結局のところ…俺はなんで生まれ落ちたんだ?


なんの為に生きて、なんの為に死んだんだ?


何か目的があったのか?



……判らない、な。


俺は生まれなければ良かった存在なのだろうか?




『大丈夫です』


なにが?


『貴方は生まれて良かった。そして生きていて良いんです』


…どうして、そう言い切れるんだ?


『私にとって必要な人だからです』


単純な理由だな?


『生まれたこと。そして生きていることに、それ以上の理由が必要ですか?』


…………。


『大丈夫です』


だから…なにが?


『世界が貴方の敵になったとしても…私は貴方の…ショウの味方です』


…………。


『約束します』


…………。


『絶対に』



…まぁ…期待はしないで…期待しておく。


『そう…眠って?』


もう眠ってる。


『もっと深く』


…あぁ。おやすみ。


『…おやすみなさい』







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