月は影を嗤う━半妖の夜━
夜の街は静かだった。
音が消えたみたいに。
街灯の光だけが、細い路地をかろうじて照らしている。
その道を、一人の人間が歩いていた。
理由はない。ただ帰るだけの夜。
——その“普通”は、簡単に壊れる。
空気が、歪んだ。
「……っ」
街灯が、不自然に瞬く。
その先に現れたのは、もはや人の形ではない影。
黒い塊が、地面を這うようにして近づいてくる。
一直線に男へ向かっていた。
逃げようとした足が、動かない。
「……た、助けて」
声は、誰にも届かない。
影が飛びかかる——その瞬間。
「邪魔、どいて」
短い声。
次の瞬間、影が弾き飛ばされた。
人間ではない。
気配が、明らかに違う。
雲の切れ間から月が顔を出す。
その光に照らされたのは——角。
そして、異形。
鬼の少女だった。
面をつけており、表情は見えない。
だが、その声に感情はなかった。
「人間。殺されたくなければ、今すぐここを去れ」
冷たい声。
助かったはずの男は、息を呑む。
「……っ、化け物……!」
礼の言葉は出なかった。
恐怖だけを残して、そのまま逃げ出す。
足音が遠ざかる。
静寂。
「……助けてやったのに」
小さく、舌打ち。
怒りでも悲しみでもない。
——ただ、何もない。
「これだから人間は嫌いなんだ」
その瞬間、空気が揺らいだ。
面が、地面に落ちる。
「……っ」
呼吸が乱れる。
足元に、黒い霧が滲む。
——まずい。
そう思った瞬間。
「抑えろ」
後ろから声がした。
その一言で、呼吸が戻る。
振り返ると、そこにいたのは三人。
犬の気配を持つ男。
猫耳を揺らす女。
翼を背負う男。
「……ごめん、また……」
「暴走を抑えるのが俺の役目ですから」
犬の青年——ヤマトが、軽く笑う。
「怪我は無いですか?なゆた様」
その呼び方に、少女はわずかに眉をひそめた。
「なゆた様、ね」
「ご不満ですか?」
「ボクはお前らの王だけど、“様”って呼ばれたくない。平等で接して。これは命令」
その言葉に、三人の空気が変わる。
——命令。
だが次の瞬間。
「……はぁぁ、せっかくカッコつけてたのにさぁ」
ヤマトが肩をすくめる。
「ホント、なゆたって恥ずかしがり屋だよな」
「ひ、め〜♡」
猫耳の女——ニコが飛びつく。
「やめろ」
翼の青年——サクヤが引き剥がす。
「なゆたが嫌がってるだろ」
「いいじゃない別に〜。ね、姫♡」
ニコは妖艶に笑う。
なゆたは、小さく息を吐いた。
その瞳が、一瞬だけ揺れる。
だが、それもすぐに消えた。
「……行くよ」
その声に、三人は静かに応じる。
「祢々切丸を探す」
その名が落ちた瞬間——
ヤマトの目が、わずかに細くなった。
「……また、危ない橋だな」
誰にも聞こえない声。
「仰せのままに」
三人は従う。
夜は、まだ終わらない。
読んでいただきありがとうございます。これから毎日投稿していくので4人の成長を一緒に見ていってくれると嬉しいです




