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弱き僕と最強の先輩   作者: マーたん


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第八話「紅の残響 ― 先輩、再び ―」

前話から数ヶ月。浅葱の前に、再び先輩・夕狩が現れます。

 かつての“恩師”であり、“初恋の人”であり、“過去の罪”でもあった存在。

 彼との再会は、浅葱の中で封じていた感情と記憶を呼び覚まします。

 「紅の残響」は、彼の心に残る最後の旋律です。

一 再会、紅のとばり


 夏の終わりを告げる風が、浅葱あさぎの髪を撫でた。

 京都・嵯峨野の奥にある廃神社――「沈黙の森」のさらに奥に、それはあった。

 かつて能を舞った舞台の木が、腐りかけの香を放ちながら、月明かりを鈍く反射している。


 彼はそこで、また一人稽古をしていた。

 面をかけ、静かに足を運び、扇を広げる。

 夜の虫たちの声が、拍子木のように間を取る。

 その姿はまるで、いにしえの幽霊が舞っているかのようだった。


「……浅葱。やっぱり、ここにいたのね」


 懐かしい声が響いた。

 その声に、浅葱の動きが止まる。

 ゆっくりと面を外すと、そこに立っていたのは――


「先輩……!」


 くれないの羽織を纏い、夜の闇にも映える琥珀の瞳。

 能楽部の先輩・**夕狩ゆうがり**だった。

 かつて学園で共に舞い、浅葱にとって「最初の舞台の相手」であり、「最初の恋」にも似た存在。


 彼は軽く笑う。


「また一人で練習? 君は本当に、変わらないな」


「……先輩こそ、いきなり現れて。卒業して、もう向こうの世界に行ったんじゃ……」


「ええ、行ったよ。けど――どうしても戻りたくなった。君に、伝えたいことがあってね」


 その瞬間。

 森の奥で、木々がざわめいた。

 獣のような低い唸り声が響き、紅の風が吹く。

 そして、影のように滑り出てきた一人の男――黒衣に身を包んだ、異様な存在。


「見つけたぞ、夕狩。逃がさん……!」


「……また来たか」

 先輩の瞳が、鋭く光った。

 浅葱の前に立ち、男を睨みつける。


「浅葱、下がって。こいつは俺の――“過去”だ」


二 紅の求婚者


 男の名はハクロ。

 かつて人でありながら、あやかしと契約を交わし、天狗の力を得た者。

 だがその代償に、人の心を失った。


「夕狩……お前は俺を裏切ったな。誓いを破り、人の女を選んだ」


「選んだのは“人”じゃない、“舞”だ。俺はあの時、お前と生きるよりも、舞を選んだんだ」


「嘘だ! お前は、あの少年――浅葱を守るために俺を斬った! それを誤魔化して何になる!」


 ハクロの声が、夜を震わせた。

 その瞳には狂気が宿っている。

 浅葱は一歩下がりながらも、二人の間に流れるただならぬ空気を感じ取った。


「……俺のために、斬った?」


 夕狩は目を伏せる。

 その手のひらに、かすかに紅い血がにじむ。


「忘れていい。あの時のことは」


「忘れられませんよ……先輩」


 浅葱の声が震える。

 胸の奥が熱く、締め付けられる。

 彼はあの日――先輩が校庭の裏で、誰かと戦っていたのを見ていたのだ。

 そして、あの瞬間に確かに“紅い光”が走った。

 その正体が、いま明かされようとしていた。


「俺は……人と妖の契約を斬った。あの男の“半分”を」


「そのせいで俺は……妖になった!」

 ハクロの身体が裂け、黒い羽が飛び散る。

 鴉天狗――それは、嫉妬と執着の象徴。

 かつて愛した者を奪われた恨みが、妖へと変わった姿。


「夕狩、俺と再び契約を結べ! お前を俺の伴侶にする。紅の森の奥で、永遠に――!」


「断る」


 その一言は、冷たくも確固としていた。


三 紅の戦舞せんぶ


 森が裂けた。

 天狗の羽風が吹き荒れ、枝が折れる。

 浅葱は扇を構え、夕狩と背中を合わせる。


「浅葱、やるぞ。昔の稽古を思い出せ」


「ええ――“連舞の型”、ですね」


 二人の足が揃う。

 拍子が鳴る。

 舞台ではない大地の上、月光を浴びながら二人の舞が始まる。

 扇が交差し、風が唸る。

 鴉天狗が翼を広げ、風刃を放つ。


「“風の段”――!」


 夕狩の扇が紅に染まり、風を裂く。

 浅葱の動きがその流れを継ぎ、舞の如き連撃を放つ。

 それはまるで、能と剣が融合した異形の戦いだった。


「まさか……人間ごときが、舞で俺を押すとは!」


「俺たちは舞で生き、舞で抗うんです!」


 浅葱が叫び、足を踏み鳴らす。

 その瞬間、地面が光り、結界が展開された。

 それは、先輩と共に学んだ“封舞の型”――

 妖の力を鎮め、封じるための儀式舞。


「行け、浅葱!」


 夕狩の紅の扇が閃く。

 浅葱が合わせ、両の手で祈るように動く。

 封印の光が森を包み、ハクロの叫びが夜に消えた。


 ――そして、静寂が戻った。


四 紅の残響


 夜明けが近づいていた。

 森の中に、二人だけが立ち尽くしていた。

 浅葱の手が震えていた。

 夕狩は微笑む。


「君は強くなったな。もう俺がいなくても、大丈夫だ」


「何を……言ってるんですか。先輩……また行くつもりですか?」


「ああ。もう、俺はこの世に長くいられない。妖を斬った代償だよ。……でも、君に再び会えて、嬉しかった」


「やめてください……! まだ、言いたいことが――」


 浅葱の声を遮るように、紅い光が彼の身体を包む。

 その輪郭が薄れ、羽のように崩れていく。


「浅葱。――君の舞は、美しかったよ」


「せんぱ……!」


 紅の残響が、風に溶けていった。

 朝日が昇る。

 森の奥で、ひとりの少年が膝をつき、涙を落とす。

 それが、紅の契約の終わりだった。

今回のテーマは「執着」と「赦し」。

 先輩・夕狩が浅葱に残したのは、哀しみだけではなく、“継承”でした。

 彼の舞、そして信念を浅葱が次代へと繋げていく。

 ――それが、“光を継ぐ者たち”の真意でもあります。


 次回、第九話「終焉のしゅうえんのちぎり ― 紅と灰の狭間で ―」

 紅の封印が解ける時、浅葱はついに“真の天狗”と対峙する――

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