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弱き僕と最強の先輩   作者: マーたん


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第五話 「琥珀の瞳の少年」

第四話「沈黙の森の呼び声」で見えた“影”は、

この第五話で“光”と交わり、一つの魂の記憶として形を取り始めます。

「能を舞う」というのは、戦いではなく祈り。

強さではなく、赦しと理解の象徴。


レイナ先輩という圧倒的な存在の中にも、

壊れそうな過去と痛みがある――

そのことをアサギ(主人公)が初めて知る章です。


 ――風が止んだ。


 森のざわめきが遠ざかり、葉の擦れる音さえ消えていく。

 まるで時そのものが息を潜めたようだった。

 僕とレイナ先輩は、沈黙の森を抜けた先の、白い石畳の上に立っていた。


 そこには、崩れかけた古代の神殿。

 誰の祈りも届かなくなった廃墟のようでありながら、どこか懐かしい。

 中央に、鏡のように澄んだ池があった。

 水面には空の色が映らず、ただ黄金に輝く一点――少年の瞳だけがあった。


 琥珀のような瞳を持つその少年は、静かにこちらを見つめていた。

 風も、言葉も、音もなく。

 けれど確かに、僕の心の奥で“何か”が呼ばれた。


「……先輩、あれは誰ですか?」

「……わからない。でも、見覚えがあるような……」


 レイナ先輩の声がかすかに震えた。

 普段の彼女は誰よりも冷静で、強く、近づくことさえためらうほどの存在なのに。

 その姿がいま、初めて人間らしい揺らぎを見せていた。


 少年は一歩、また一歩と池の上を歩き出す。

 足元の水面は割れず、波立たず、ただ淡い光を散らすばかり。

 その姿はどこか夢の中のようで、現実とは思えなかった。


 そして――舞が始まった。


 右手がゆるやかに上がり、左足が静かに踏み出される。

 指先の一つ一つが、風を呼び、空気を変える。

 その所作は能のようでもあり、神の儀式のようでもあった。


「……“能”だ」

 僕の口から、無意識に言葉がこぼれた。

 見たこともないのに、何故か知っていた。

 この舞は、魂を呼ぶ。


 その瞬間、レイナ先輩の瞳が金色に染まった。

 彼女の長い黒髪が風に舞い、ゆっくりと少年の方へ歩き出す。

 やがて、彼女も同じように舞い始めた。


「この舞は、魂を結ぶ。

 生と死、過去と現在、そして――罪と赦しを」


 静かな声が神殿に響く。

 レイナ先輩の舞は美しく、そして悲しかった。

 彼女の一挙手一投足に、かつての痛みと祈りが宿っていた。


 光が降り注ぎ、少年と先輩の舞が重なり合う。

 金と琥珀が交わると、世界が震えた。

 見えない風が吹き荒れ、木々がざわめき、石の柱が鳴いた。


「レイナ!」

 僕が叫んだとき、彼女は振り向かず、ただ囁いた。


「見ていて、アサギ。

 これは戦いじゃない――これは、記憶を取り戻すための舞よ」


 光が弾けた。

 僕は一瞬、視界を失い、ただ足元の大地の震えを感じた。

 気づけば、僕の頬に涙が伝っていた。


 光が収まると、少年は微笑んでいた。

 そして、静かに言葉を残す。


「君も、舞えるよ。

 君の“弱さ”は、まだ形になっていないだけだ。

 それは――始まりの印なんだ」


 次の瞬間、彼は光の粒になって消えた。

 残されたのは、レイナ先輩の影と、琥珀の残光だけ。


 先輩は膝をつき、手を合わせた。

 彼女の肩が、かすかに震えている。

 僕はそっと近づき、声をかけた。


「……先輩、今のは……」

「たぶん、私の過去の“記憶”よ。

 あの少年――私の中に眠っていた、もう一人の私」


 その声は、かすかに泣いているようで、どこか安らかだった。


 夜が深まる。

 琥珀の光はやがて消え、森に再び沈黙が訪れる。

 けれど僕は知っていた。

 あの舞の中に宿った光は、もう消えない。

 僕たちの心に、確かに残っているのだと。

第五話は、物語の**“静の極み”**です。

派手な戦闘や叫びはなく、すべてが静寂の中で進みます。

けれどその沈黙の中にこそ、心の鼓動、魂の囁きが宿る。


琥珀の瞳の少年は、レイナの過去の象徴であり、

同時にアサギ自身の“未来の影”でもあります。

「君も舞える」という言葉は、

次なる試練と成長への予兆――

つまり、“弱さが力に変わる瞬間”の伏線です。

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