第二十話 「最強先輩、能を改革す ― 女と侮るなかれ ―」
王都の混乱がようやく落ち着きを見せ始めた頃、リュウの“最強の先輩”アサギは、ある決意を胸に抱いていた。
それは、古くから続く「能の儀式」と呼ばれる戦技舞――男性のみが正式に継ぐことを許された伝統の改革。
“女ゆえに”という理由で退けられてきた者たちの声を、彼女はもう見過ごせなかった。
これは、戦場で幾度も立ち上がってきた一人の女戦士が、世界の古き慣習に刃を向ける物語である。
王都ルヴェリアの西端にある、古き神殿〈風祀の堂〉。
そこは、かつて戦の前に“能の儀”を行い、武人たちが勝利と加護を祈った場所だった。
石畳の床には無数の剣跡が残り、天井には千年の風が染み込んでいる。
アサギはその中央に立ち、静かに目を閉じた。
衣は黒と銀の舞装――男たちが代々身につけてきた“能戦衣”を、あえてその身に纏っている。
その姿は、凛として、美しく、そして――挑戦的だった。
「アサギ殿、本気でなさるつもりですか?」
声をかけたのは、王都の武官長・セイラン。
その目には半ば呆れ、半ば恐れの色が浮かんでいた。
「“能の儀”は男の務め。女が立つなど、神々の怒りを買うやもしれませんぞ。」
アサギは静かに扇を開き、薄く笑った。
「神が怒るなら、怒ればいい。――けれど、怒りよりも先に、私たちの声を聞くべきよ。」
セイランの眉が動く。
「ほう……声、とは?」
アサギの視線がまっすぐに彼を射抜く。
「この国の“強さ”は、誰のものでもない。
男も女も、亞人も――命を賭けて守りたいと思う者すべてのものよ。
それを、古い掟で縛るのはもう終わりにしましょう。」
風が吹いた。
長い黒髪が舞い、銀の装束が翻る。
その瞬間、彼女の足元から淡い光が立ち上がった。
――アサギ流、能の型。
舞うように、斬る。
静と動が交わる一瞬、足音が風に消える。
ただ一閃、まるで雷が落ちたように剣が走り、空気が震えた。
見ていた武官たちは息を呑んだ。
「……なんだ、この舞は……!」
「これが“女の能”か……!」
アサギは最後の型を結び、剣を納めると、ゆっくりと息を吐いた。
額に一滴の汗が流れる。だがその目は、誰よりも澄んでいた。
「これが私の“能”です。男のためのものではない。
――すべての者が生き抜くための“戦の祈り”です。」
セイランは黙り込み、やがてゆっくりと頭を垂れた。
「……見事。神々も、この力を否定できまい。
アサギ殿、あなたこそ“能”の本質を知る者だ。」
アサギは微笑んだ。
「ただの戦いの舞を、祈りの舞に変えたかっただけよ。
この国の人々が、誰もが胸を張って立てるように。」
その背後から、拍手が響いた。
リュウだった。
「やっぱり先輩、最高だな。
誰よりも強くて、誰よりも綺麗で――誰よりも、優しい。」
アサギは少しだけ照れたように視線を逸らした。
「褒めても何も出ないわよ、後輩。……でも、ありがとう。」
ひびきやエリカも、静かに見守っていた。
この瞬間、古い掟が音を立てて崩れた。
王都の歴史が、またひとつ新しい章を迎えたのだ。
その日の夜、神殿の広場には多くの民が集まった。
アサギが舞う“新しき能”――その姿を見ようと、人々が灯を掲げた。
亞人の子どもたちも、人間の兵も、老いた僧侶も、皆が同じ場所で息を呑む。
アサギの舞は、戦を讃えるものではなく、生命を讃えるものだった。
刀の軌跡が光となり、音が祈りに変わる。
それは、誰かの命を奪うためのものではなく、誰かを守るための願いだった。
「女と侮るな。」
その言葉が、王都の空に響いた。
それは、すべての“生きる者”への宣言。
アサギという一人の戦士が、時代の壁を越え、未来を照らした瞬間だった。
月光の中、舞い終えた彼女の姿は、まるで女神のように輝いていた。
そしてリュウは、その光を見上げながら静かに呟く。
「――先輩。俺、あんたに一生追いつけそうにないな。」
アサギはふっと笑った。
「追いかけてみなさいよ。女と侮るな、って言ったでしょ?」
二人の笑い声が、夜風に溶けていった。
王都に、新しい風が吹き始めた。
この章は、アサギという女性戦士の真価と覚悟を描きました。
“強さ”とは力だけでなく、立場や伝統を越えて真実を貫く心にも宿るもの。
彼女の改革は、王都の文化だけでなく、人々の価値観そのものを変える第一歩となるでしょう。
次章では、アサギの能改革が呼ぶ波紋と、それを見守るリュウたちの新たな挑戦が描かれます。




