第十話「暁の槍 ― 先輩と浅葱の稽古 ―」
第九話の決別と誓いの余韻を経て、浅葱は鴉羽と進む道を選んだ。
だが、戦いの世界は続く。
ここで彼は、師であり初恋の相手である先輩・夕狩から、槍術を学ぶことで、戦士としての一歩を踏み出す。
一 朝霧に舞う影
森の中、朝霧が木々を包んでいた。
鴉羽と共に進む浅葱は、薄くかかった霧の向こうに、先輩・夕狩の姿を見つけた。
「……先輩」
彼は静かに槍を肩に担ぎ、浅葱を見下ろす。
紅の羽衣はもうなく、代わりに戦いの装束に身を固めていた。
その瞳には怒りはなく、冷徹と決意だけが残っている。
「お前、鴉羽と共に森を出たか」
その声には、微かな温もりも混じっていた。
浅葱は頷く。
「はい。先輩に教わった舞の流れを、戦いに活かしたいのです」
「ふむ……なら、今日から槍の稽古だ」
浅葱の胸が高鳴る。
かつて舞を学んだ彼にとって、槍は未知の領域。
しかし先輩と共に歩む限り、恐れることはないと信じていた。
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二 槍の基本と心
先輩は浅葱に槍を渡した。
その重さ、長さ、手触り――すべてが舞の扇とは異なる。
「槍はな、舞と同じだ。足の運び、間の取り方、呼吸……全てが戦の舞だ」
浅葱は槍を握り、深呼吸する。
先輩の言葉が、まるで舞の稽古のように胸に響く。
「最初に覚えるのは『前刺』だ」
先輩はゆっくりと槍を構え、浅葱に見せる。
その動きは、ただの突きではなく、流れるような舞の動作だった。
「見て、そして感じろ」
浅葱は槍を構え、呼吸を合わせる。
風の感覚、地面の反発、槍先に伝わる緊張……
すべてが、彼の身体に入り込む。
「うん……わかります……! 槍も、舞なんですね」
先輩は微かに笑った。
「お前ならできる……ただし、槍は一瞬の油断で命を奪う道具だ。心を無にしろ」
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三 攻防の稽古
浅葱は槍を構え、先輩の攻撃に応じる。
先輩の槍は速く、紅い閃光のように迫る。
浅葱は風を読んで、槍先でかわす。
「いい……だが、足がまだ舞に頼りすぎている」
先輩の声は厳しい。
槍を突きながら、浅葱は一歩下がり、再び構えを取り直す。
槍の穂先が夜霧に光る。
二人の影が森に長く伸び、まるで舞台の上の演技のように揺れる。
「今度は“連刺”だ」
先輩が槍を素早く振るう。
浅葱は咄嗟に槍を受け止め、反撃の構えを作る。
「ふ……なるほど、攻撃も防御も、舞の流れを応用できる」
その瞬間、浅葱の中で舞と槍が一体化した感覚が芽生えた。
まるで風そのものを操るように、槍先が敵を追い、森の中に残像が生まれる。
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四 先輩の教え
稽古の後、先輩は槍を地面に置き、浅葱を見つめた。
「お前は強くなった。だが、槍の強さは技だけではない」
先輩の目が鋭く光る。
「心だ。守るべきもの、愛する者への想い、それを槍に込めるんだ」
「心を……槍に?」
「そうだ。舞と同じだろう。敵だけでなく、己の心とも向き合う。
槍は突くだけじゃない。守り、導き、そして道を開く」
浅葱は深く頷いた。
「はい……先輩、僕、必ず守ります。鴉羽も、先輩の想いも……」
先輩の目に、かすかな微笑みが戻る。
「それでいい……だが、忘れるな。道は必ず険しい。
お前と俺――同じ道を歩むことは、もうないかもしれない。
しかし、戦う心は共に持つ。そこに道は開ける」
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五 槍と風、そして誓い
朝霧の森に、二人の呼吸が響いた。
槍先が木々を揺らし、風が葉を舞わせる。
浅葱は確信した――
自分の道は、鴉羽と共に進む。
そして、先輩と交わした「戦う心」の誓いは、決して消えない。
「先輩……ありがとうございました」
「よくやった、浅葱。あとは、自分の風を信じろ」
二人は並び、槍を肩に担ぐ。
風が静かに森を吹き抜け、暁の光が差し込む。
槍と舞、紅と灰――その全てが、浅葱の胸に刻まれた。
槍の稽古は、単なる技術の習得ではなく、浅葱の心の成長の象徴です。
師弟の関係は断絶しつつも、心の絆は残り、戦いにおける“信頼の源”となる。
次回、第十一話「光の誓い ― 森を抜ける風 ―」では、
浅葱と鴉羽が新たな戦場に挑む場面が描かれます。




