第一話「影の迷い、光の衝突」
この物語は、魔力を持たない「僕」と、誰もが恐れる最強の先輩との関係を描いた、ちょっと不器用な青春ファンタジーです。
弱く、臆病な僕が、ほんの一瞬の勇気で世界に触れ、光のように強い先輩との距離を少しだけ縮めていく――。
それは戦いや魔法だけでなく、心の成長の物語でもあります。
この一話では、僕の弱さと先輩の孤高さ、そして初めて交わるふたりの心の衝突を描きました。
ここから、僕の小さな勇気がどこまで広がっていくのか、どうか見守ってください。
僕は、今日も誰にも気づかれずに訓練場の隅で息を潜めていた。
魔力適性ゼロ。つまり、魔法がまったく使えない。
その事実は、毎日胸を締めつける重りだった。
「おい、そこの臆病者」
声の主は、誰もが認める伝説の先輩――レイナ・ヴァルド。
学園でも最強の魔力を誇り、戦闘実技では無敵と呼ばれる彼女だ。
強気で傲慢。人を見下すような態度。僕にとっては恐怖の対象でしかなかった。
「……はい」
僕は小さく答え、視線を床に落とす。
レイナはゆっくりと僕の周りを歩き、指先で僕の杖をつついた。
「お前、本当に魔力ゼロか? ふふ、情けないな」
その笑みは、狙った獲物を嘲笑う狩人のようだった。
僕は何も言い返せず、ただ俯く。
こんな僕に、誰も期待してはいない。そう思い込むことで、心の痛みをごまかしていた。
しかし、その日の午後、平穏は一瞬で崩れ去った。
訓練場の奥から、突如として異形の魔物が現れたのだ。
漆黒の鱗に覆われ、赤い瞳が不気味に光る――人の形をした魔獣ではなかった。
「うわっ!」
叫び声を上げる間もなく、魔獣は訓練生たちに襲いかかった。
騒然とする中、レイナはすぐに戦闘態勢に入る。
魔力の光が彼女の手から放たれ、魔獣を一瞬で蹴散らす。
「はぁ……、さすが先輩……」
僕は恐怖で足がすくみ、ただ立ち尽くすしかなかった。
だが、魔獣はまだ完全に倒れてはいなかった。
反撃の機会をうかがうその姿に、レイナも一瞬の油断を見せた。
その瞬間――
「危ない!」
僕は思わず駆け出していた。
本能だけが僕を動かした。
倒れかけたレイナに手を伸ばし、無理やり引っ張る。
その衝撃で魔獣の爪は僕の肩をかすめ、痛みが走った。
しかし、レイナはすぐに魔力を集中させ、魔獣を完全に封じた。
「……馬鹿」
息を整え、険しい顔で僕を見下ろすレイナ。
その目には、いつもの傲慢さではなく、わずかな驚きと困惑が混ざっていた。
「な、なんで助けたんですか……」
僕は震える声で問いかけた。
魔力ゼロの自分が、どうして先輩を守れたのか――自分でも分からなかった。
レイナはしばらく黙っていたが、やがて低く笑った。
「……お前、少しは使えるかもしれんな」
その言葉に、胸の奥が熱くなる。
弱い僕でも、先輩の側に立てる瞬間がある――そんな希望が、初めて芽生えた瞬間だった。
その日以来、僕と先輩の関係は少しだけ変わった。
強気で孤高のレイナが、時折僕を意識してくれるようになったのだ。
僕はまだ弱くて、何もできない。
でも、たった一度の勇気で、先輩の世界に触れることができた――。
影のように小さく、迷いながらも、僕は歩き出した。
そして光のように強い先輩の背中を、少しだけ追いかけていくのだった。
第一話では、僕がまだ何もできない弱者であること、そして先輩の強さがどれほど圧倒的かを描きました。
ですが、たった一度の行動で、二人の関係には微妙な変化が生まれました。
物語はまだ始まったばかりです。
僕は弱くても、迷っても、少しずつ前に進む。
そして先輩も、孤高のままではない――。
次の章では、この「弱さ」と「強さ」の距離が、さらに近づき、時には衝突しながら物語を動かしていきます。
どうか、彼らの歩みを一緒に見届けてください。




