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8.恋敵、ゲナンジー


訓練場に甲冑の音が響いた。

銀の光を跳ね返しながら、ひとりの男が門をくぐってくる。


長身にすらりとした肢体。

陽の光に褐色の髪がきらめき、深い琥珀の瞳が涼やかに笑む。

肩から胸にかけては第一騎士団特有の紋章入りの鎧に覆われ、鋭く磨かれた剣を腰に下げていた。


その整った横顔に、若い騎士たちが一瞬動きを止める。

「……ゲナンジー殿だ」

囁きが広がった。


彼は第一騎士団で中堅を担う三十歳。

つい一年前に正式に第一へ抜擢され、表舞台での任務も増えていた。

冷静沈着、戦場でも宴席でも違和感なく立ち回る才人。

その優雅な足取りは、まるで舞踏会に現れた貴公子のようだった。


「第二騎士団の皆様、ご健勝のようで何よりです」


颯爽と前に進み出て、兜を外して一礼する。

声は低く、よく通る。

訓練場に立つゲナンジーは、どこから見ても優雅で隙のない第一騎士団の騎士だった。

褐色の髪と瞳。鎧はよく磨かれ、動きに無駄がない。



イーゴリは腕を組んだまま、その姿を値踏みするように眺める。

(……やっぱり猫かぶりだな)

普段の軽薄な笑顔を知っているだけに、余計にそう思える。


だが同時に、彼は内心で舌を巻いていた。


感情を漏らさず、場の空気を読む。

戦場で剣を振るう腕はオレグに劣るが、潜入や調査といった駆け引きが絡む任務では無類の強さを発揮する。

アレクサンドルがそういう資質を好むのを、イーゴリは知っていた。


(……なるほどな。幹部候補、後継者候補の一人ってわけか)


第一騎士団には、将来を期待された者たちが何人もいる。

その中でもゲナンジーは「駒」としても「参謀」としても扱える器用さを持っている。

今は中堅に過ぎなくとも、育て方次第で指揮官の椅子に座る可能性はあるだろう。


(……数年後に化けるかもな。油断できねぇ)


イーゴリはふっと口元を歪めた。


「久しぶりだな、ゲナンジー」

「ええ。団長にお目にかかるのは、一年ぶりでしょうか」


互いの手が重なり合った瞬間――。

笑顔の裏に隠された思惑を、互いに読み合う。

イーゴリの目には「一目置いている」という敬意が、ゲナンジーの目には「この俺を見抜けるか」という挑発があった。


若い騎士たちは気づかない。

だが二人の間に漂う空気は、静かな剣戟の応酬そのものだった。


訓練場に張り詰めた空気の中。

イーゴリとゲナンジーの握手は、まるで剣を交えるかのように一瞬の火花を散らした。


その様子を脇から見ていたケンジは、違和感を覚えた。

整った顔立ち、品のある立ち居振る舞い、よく通る声。

第一騎士団副団長代理――将来を嘱望される男の姿。


(……ん? どこかで……)


記憶の底を探った次の瞬間。

ふと、あのカフェの光景が脳裏に蘇る。


テラス席でソーニャの顎を持ち上げ、軽々しく笑っていた長身の男。

女たちの視線を集め、余裕たっぷりに挑発してきた――。


(ま、まさか……あの時の、チャラ男!?)


ケンジの喉が詰まった。

あまりの落差に、声を上げそうになる。


今目の前にいるのは、誰もが一目置く精鋭騎士。

真面目で冷静沈着、優雅な所作に包まれた立派な人物。


だがケンジは知っている。

非番の時、彼は猫をかぶった貴公子などではなく、女好きで軽薄なチャラ男そのものだった。


ゲナンジーは、ケンジの視線に気づいたように、ちらりと振り向く。

「……第二騎士団の書記官殿ですね。ご活躍は存じております」

穏やかに微笑んで一礼する。


その声音には欠片も軽さがなく、真摯そのもの。

しかし――ケンジには見えた。

ほんの一瞬、褐色の瞳の奥に「気づくなよ」とでも言いたげな光が走ったのを。


(……やっぱり同一人物だ……! なんだこいつ……猫かぶりの二重人格か!?)


ケンジは冷や汗をかきながらも、表面上は慇懃に礼を返すしかなかった。



ゲナンジーがにこやかに一礼して下がると、訓練場には微かなざわめきが残った。

第一騎士団の名は、それだけで緊張を走らせる。

副団長代理ともなれば、将来の幹部候補として誰もが意識せざるを得ない存在だ。


その時だった。

オレグが何気なく声を潜め、イーゴリに尋ねる。

「……やはり、西の諸国に行っていたんでしょうか」


ゲナンジーは振り返らない。

だが、その肩がわずかに揺れたのをケンジは見逃さなかった。

「任務の詳細は……申し上げられません」

柔らかく笑う声。

否定はせず、ただ曖昧に濁す。


その返答に、周囲の騎士たちがざわついた。

「西か……」

「また小競り合いが始まるのかもしれんな」

「物資が荒れるぞ」


胸騒ぎが広がっていく。

ケンジは息を呑んだ。


西――。

その名を耳にするだけで、ある人物の姿が脳裏に浮かぶ。


(ソーニャの……祖国……)


もし本当にあの地で火種が起きているのだとしたら。

彼女の過去と、これからにどんな影を落とすのか。


甲冑の音が遠ざかる中、ケンジはただ拳を握りしめた。



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