7.恋を拒否する男
初回デート。
待ち合わせ場所に現れた相手は、金髪碧眼の完璧美女だった。
陽光を浴びて金糸のように輝く髪は背中まで流れ、切れ長の青い瞳は宝石のサファイアを思わせる。
すらりとした肢体には、ほどよく身体のラインを強調するドレス。
それでいて――胸。
まるで服が悲鳴を上げるほど張り詰めた、豊満すぎる双丘。
ケンジは理性を総動員しなければ、真正面から視線を外せなかった。
「ケンジさん♡」
声と同時に、ガシッと腕を組まれる。
柔らかい感触がぐにぐにと押し付けられる。
(で、でかいっっ!!過去最大級だぞこれ!?スイカ二玉か!?ぎゃあああーーっ!!)
脳内で絶叫し、体が硬直する。
「お買い物付き合ってくださいな♡」
美女は甘ったるい声で言い、軽やかに彼を引っ張った。
気づけば――ハリー◯ィンストン。
「ふふ、これなんかどう?」
店員に差し出されたのは、眩暈がするほどギラギラした巨大なダイヤモンドリング。
それを当然のように自分の指に嵌め、ケンジへと手を差し出してくる。
「どう?似合うでしょ? 私たち、結婚前提なんだから♪」
「は…はぁ」
ケンジは笑顔を貼り付けたまま、背筋に冷たいものが走る。
(……まだ“初回”デートですよね!?結婚どころか付き合ってすらないですよね!?)
額にじっとり汗が浮く中、不意に胸の奥が疼いた。
――夕焼けの草原で、ソーニャに花冠を乗せられた記憶。
「おぢさんなんですけど」
「そうか? 私の国では恋人同士は花冠を付ける。老いも若きも」
あの時の、からかうようで眩しい笑顔。
視線を戻すと、目の前の美女がダイヤをきらめかせている。
一方の記憶にあるのは、花と夕焼けの素朴な冠。
比べるまでもないはずなのに――。
(……どっちに転んでも、俺の未来は地獄じゃねぇかぁぁぁーーーっ!!)
告白事件から約一カ月。
年収を隠してお見合いをするシンデレラ作戦をまだ発動できず、ケンジは迷走していた。
※
――そして、凍りついた。
部屋の中は、まるで戦場の後だった。
床一面に散らばるスケッチブック。
使いかけの絵の具や鉛筆、食べかけのパンや干からびた果物。
それらの山の上に――ソーニャは倒れるように眠っていた。
金髪を乱し、丸めた上着を枕代わりに。
毛布の代わりはキャンバス布。
指先には鉛筆の跡がくっきり残り、唇は少し開いて、寝息を立てている。
「…………」
ケンジの顔から、すうっと表情が消える。
そして、腹の底から声を張り上げた。
「いやっ無えなぁあああああああああああああーーーーーーっっっ!!!」
両手で頭を抱え、ぐるぐる回りながら絶叫。
「絶対に恋愛とか無いっっ!! 汚いっ! 清々しいまでに!! おぞましいまでに!! 汚ええええええええーーーーっっ!!!」
壁を殴り、床に崩れ落ち、目の下にクマを作った顔で天を仰ぐ。
「風呂に入れええええええええええーーーーーーっっっ!!!」
その声に驚いたのか、ソーニャがもぞりと寝返りを打つ。
しかし目は覚まさず、幸せそうに「ふふ……」と寝言を漏らした。
「…………」
ケンジは口をわななかせ、もう一度絶叫した。
「いやっ……無えなっっ!!!」
森の静寂をぶち壊すその声に、小鳥たちが一斉に飛び立っていった。
※
「……ソーニャ、起きろ」
肩を揺さぶると、布に顔を埋めたままの彼女がのそりと目を開けた。
「……ケンジ?」
「はい、ケンジです」
冷静に返事をしながらも、眉間に皺が寄る。
「なんでここに?」
「……何日も第二騎士団に来なかったので、生存確認に参りました」
「ふーん……なんだ。私に会いたかったんじゃないのか。つまらん」
「…………」
(この女……俺に好きって言ったこと忘れてんのか!?いや、忘れてなくてもこの態度は無ぇだろ!!)
周囲を見回したケンジの目に入るのは、崩れた壁、スケッチブックの山、絵の具まみれの床。
「……ソーニャ。まずは風呂に入りなさい。この惨状のままでは、人としての尊厳に関わります」