けんじ、人生相談をする。
けんじ38歳
未だに独身を更新中のエリート書記官について、騎士団の執務室は沸いていた。
珍しい人生相談が昼休みの話題となる。
「お前……まさか、未だに童――」
イーゴリ(41)の何気ない一言に、ケンジの眉間の血管が浮いた。
「んなわけないでしょう!?この前まで同棲してたの知ってたくせに!?」
振られてから数ヶ月。
家に帰ると、彼女の荷物は消え、机の上には一枚の手紙だけが置かれていた。
『ごめんなさい。あなたは仕事ばかりだから、私は幸せになれない』
――そして今も、ケンジ38歳、独身爆走中。
仕方なく、お見合い相談所に登録してみたものの――
オレグ(34)は首をかしげて浮かない顔のケンジに言った。
「ケンジさん優しいし、ハイスペックなんですから、すぐに決まりそうですよね。どうして、上手くいかないんですか?」
「オレグ、お前は分からないだろうけどな……!」
ケンジは拳を震わせ、叫んだ。
「みんな、俺の“人となり”なんか一切見ない!
団長の右腕って肩書きと、安定収入だけを舐めるように確認して、
“将来は専業主婦で悠々自適に~♡”って……目をギラギラ輝かせて狩りに来る美女ばっかりだ!!
俺じゃなくて金! 安定!! その次に俺なんだよぉぉぉ!!!」
お見合い10連敗。成果ゼロ。
団長補佐、騎士団の参謀――仕事では欠かせない男なのに、婚活市場ではひたすら心を削られるだけだった。
「でもお前、結局は“分かりやすい美人”好きだよな。金髪だの、目が大きいだの……ビジュアルにこだわりすぎてんじゃねぇか?」
けんじのこめかみがぴくりと動く。
(この人にビジュアルどうこう言われたくねぇ!!)
脳裏に浮かぶのは、上品で清楚、そして圧倒的美貌のイーゴリの妻。
比べられるだけでイライラが倍増した。
そこへオレグが、まるで事実を確認するように淡々と口を開く。
「3.5人目の彼女も、綺麗でしたよね」
「……は?」
けんじの目が点になる間に、イーゴリが悪びれもせず頷いた。
「あー……あの3.5人目な。セフレのやつだろ」
「0.5カウントやめてください!!!!」
ついにけんじの絶叫が執務室に響く。
「なんか!!こじれただけなんで!!付き合ってないし!!酒の勢いでっっ!あれはノーカンですからっ!!」
恋の傷をえぐられ叫ぶが、オレグが「まさかの不誠実でしたよね」とケンジのセフレ事件を振り返った。それはもうこじれたのだ。
イーゴリは高笑いし、不意に低い声で放った。
「お前……気持ち悪いなぁ」
「普通に悪口言われました!?なんなんですか、その笑顔!!」
真正面から悪口を浴びせられたケンジは、瞬時に青筋を浮かべて叫ぶ。
机を叩いて立ち上がるケンジに、イーゴリは楽しそうに肩を組む。
「まぁまぁ安心しろ。俺がいい女、紹介してやるよ。あ、そうだ。酒屋の女将さん、バツイチらしいぞ」
「出来れば四十歳年上は勘弁してもらっていいですかね!?」
ケンジの怒号が部屋に響き渡る。
笑い転げるイーゴリを横目に、オレグが無表情のまま口を開いた。
「でも、ケンジさんには……団長みたいに振り回してくれる女性が合いそうですよね。言いたいことを言い合える感じで」
一瞬の沈黙。
ケンジは「お?」と希望の光を見た。だが次の瞬間――。
イーゴリが得意げに人差し指を突き出す。
「おー!つまり俺みたいな絶倫か!」
「なんでそうなるんですかぁぁぁーーーっっ!!」
ケンジは本気で頭を抱え、椅子を蹴り飛ばしそうな勢いで絶叫した。
オレグは淡々と頷く。
「確かに、団長のように絶倫タイプは相性いいと思います」
「オレグまで真顔で何言ってんの!?俺は真面目に人生相談してるんだぞ!?お前ら師弟コンビは一回黙れぇぇ!!」
部屋はしばらく笑いと怒号で揺れ続けた。
…1年後、ケンジは結婚した。
宮廷お抱えの女性画家という、とても変わった芸術家と。
イーゴリの肖像画を描いてもらうために、彼女のアトリエへ行ったケンジ。
第一印象は「めちゃくちゃ怖くて変な人」だった。
その話は…また今度。
【追記 】
イーゴリ
「ところで、お前の奥さんの情報は?」
オレグ
「あ。ちゃんと番外編でいつか書くんでそこは、ノーコメントで」