キキッ、キッキキーキッキ!?
あのカタブツ師匠の家は五年前と何ら変わっていなかった。
顔に似合わず花が好きな男だったが、庭先の花々は綺麗に手入れされていて満開だ。おっさんまだ元気なのか。かつて、剣の振りが悪いと、その倍の速さで一撃を叩き込んできた子供にも容赦なき男。いまも再会したくないランキングぶっちぎり1位の男だ。
まぁ、さすがに猿に一撃を打ち込んでは来ないよな。なんて思っていた矢先。
キエェー!!!
突然草むらから飛び出てきた師匠が、いきなり強烈な一撃を繰り出してきた。その木刀の剣先は見事にルミナの鼻先でピタリと止まった。
「最近戦いから遠ざかり気が抜けておらぬか、ルミナよ」
おいおい、このおっさん、女動物にも容赦ないのか。イカれてやがる。しかし、ルミナは冷静に剣先を手で払いのけると、平然と挨拶をした。クレイジーさではルミナのほうが一枚上手のようだ。
「お久しぶりです。師匠にお見せしたい子がいまして」
そう言うと、ルミナは俺に目をやった。
「この子、ただの猿じゃないんです。魔物と戦える力を持ってて……もしかして、レイン復活のヒントになるかもって……」
そうだ、その話は間違ってない。というか、俺本人だからな。
「石化したレインが復活するのに必要な、記憶を宿した遺物。この子が持ってるペンダントにはレインの記憶が宿ってるんじゃないかって」
ルミナは俺の首元にあるペンダントを見つめながらそう言った。そっか、今まで忘れてたけどこのペンダントは俺が魔除けとして首にかけてやったんだった。
師匠は、無言で近づき、ペンダントに触れる。久しぶりに見る師匠は怖い。
ああ、ついに俺の正体がバレるかも……でも人間に戻れるなら、それもいいか......
「これは、私が昔レインに渡したものだ。ただの魔除けで、こんなものに何の力もない」
え、ちょっと待って。あんた、渡した本人よね?俺なりに大切なものリストに入ってたものなのに、 もうちょっと気の利いたこと言ってくれても良くない!?
おっさんは、さらにこう続けた。
「この猿はお前を助けたと言ったな?この猿からは何か不穏な気配を感じる。もしや、何か企んでいるのやもしれん」
キキッ、キッキキーキッキ!?(おいおい、冗談キツいぜ師匠!?)
するとおっさんは俺に木刀を投げ渡してきた。
「構えろ。貴様が魔族の手下かただの猿か、俺が確かめてやる」
いやいやいや!? 俺、喋れないだけで、善良な猿ですよ!?
「まって。この子は悪いお猿じゃないですよ」
すかさずルミナが止めに入ろうとしてくれた。やっぱりいい子だ!
だが、木刀を握った瞬間、俺の体は勝手に反応した……
あれ? ちょっとワクワクしているかも。
俺は静かに木刀を構えた。
「え?お猿さん、戦うの?やめなさいってば!」
すまんルミナ。こればかりは仕方がない。猿になったが闘争本能ってやつは無くなっていないようだ。それに今の俺がどこまでやれるのか試してみたいんだ。
おっさんも構えた。無駄のない所作、鋭い気迫。猿相手にどうやら手加減なしのようだ。鬼畜め。
俺は木刀を側面に構えた。背丈は及ばないが、腕のリーチなら大差ないはずだ。打ち込んできた瞬間、脇腹に一撃を喰らわしてやる。
キエェェ!というおっさんの雄叫びで戦いが始まった。
予想通りに真正面から打ち込んできたおっさん。斬撃をかわすと同時に、俺も横一文字の斬撃を繰り出す。しかしおっさんも身をくの字に曲げてすれすれで俺の斬撃を回避した。
さらに、おっさんの剣先が下から上へと斬り返される。だが俺は木刀を右手で掴むとそのまま後方へ舞って、危なげなく着地した。
すごい。これが猿の身体能力。とくに上半身の筋力が人間の時の比じゃない。いやこれちょっと勝てるかもしれん……? いや、こんな姿で勝っても意味ないか……でも勝ちたい!
俺はおっさんの頭上に向かって跳躍し、そのままおっさんめがけて一撃を打ち込む。おっさんは半身でかわして俺の死角から一撃を食らわそうとする。
キキッ!(読んでたぜ)
俺は背後から迫るおっさんの木刀を握るとクルリと一回転して、おっさんの脇腹に一撃をお見舞いした!
キー!(勝負あり!)
だか、おっさんは持っていた木刀を手放すと、俺の顔めがけて殴りかかろうとした。
キー!キー!(おい!おっさん!拳は無しだろ!)
俺はおっさんの腕にしがみつくと、両足でおっさんの腹を蹴飛ばして跳躍した。おっさんは腹を抑えて苦痛に顔を歪める。
「くっ......猿にしては戦い慣れた身のこなし、やはりお前は......」
そのとき——
街の方から、カンカンカンと鐘の音が鳴り響いた。覚えている。これはモンスター襲来の合図だ。
「......話はあとだ。 すぐに街へ行かねば!ルミナよお前も付いて来い!」
そういうと、おっさんは屋敷から剣を持ち出して、こちらも顧みず街の方へと駆け出した。
「えぇ......何も解決してないんですけど.....どうするお猿さん?」
キ、キッキ、キーキキ、キーキーキ(どうするったって、行かないとおっさんに怒られるだろ......)
「うん......それは一緒に行くってこと?」
俺はルミナの問いに頷くと、ルミナとともに街へと向かった。
街ではゴブリンとオークが大暴している。数にして30体前後といったところか。ゴブリンは無防備な町民を追い回し、オークは大きな棍棒を振り回していたるところで建物を破壊している。自警団が応戦しているものの、すでにいくつかの商店は無惨に破壊されている。
「不届き者どもめ!覚悟しろ!」
おっさんは剣を抜くと、一目散に町民とゴブリンとの間に割り込み、一刀のもとにゴブリン二体を斬り捨てた。そして息をつく間もなくモンスターを次々となぎ倒していく。さすが西の剣聖と呼ばれた男だ。
だが、数が多すぎる。いくらおっさんでもこれじゃ埒があかない。
「お猿さん、ちょっとここで待っててね!」
そういうと俺を残してルミナも参戦した。補助魔法で次々とモンスターたちの動きを止め足止めしていく。それを見て、おっさんも次々と切り捨てていく。息の合った見事な連携だ。みるみるうちに十体ほどのゴブリンを斬り伏せた。
そういえば、俺が魔王討伐の旅に出る少し前に同じような襲撃があったが、あの時のルミナは恐怖で体が硬直して全然役に立たなかったっけ。その時と比べるとやはり雲泥の差だ。
その時だった、群れの中で一番身体が大きくて凶暴そうなオークが、ルミナの背後で大人の背丈ほどある大きな棍棒を振り下ろそうとしていた。
キッキキ!!(危ない!)
気づくと俺はルミナを抱き抱えたまま跳躍していた。
「あ、ありがとうお猿さん......」
俺はルミナを地面に座らせると、振り向いてオークを睨みつけた。
キーキー、キッキッキキ!(低脳なオークごときが、勇者パーティに手を出すなんざ、一万年早えんだよ!)
周囲を見回すと、俺が生まれ育った街が無惨な姿にかえられていた。いたるところに血溜まりが出来、男たちの絶叫に混じって、女性や子どもたちの泣き声が響く。
俺は怒りに震えた。無意識のうちに胸を激しく叩き、気がつくと天に向かって咆哮していた。
コイツらを今すぐ血祭りにあげてやる。