キッキ、キーキー!
「そうよね。やっぱりあのときのお猿さんよね……」
ルミナは感動の再会に浸っているが、いやいや、その前にゴブリンとの見事な戦闘を見たのに、普通まずはそっちに驚かないか?
やっぱりルミナは変わった子だ。1歳年下で教会の保護施設で一緒に育ったが、この子は群を抜いて天然だったからな......こうなったら予想の斜め上の技で驚かせてやるしかない。
そこで、傍にあった枝を拾った。そして地面に「レ・イ・ン」って書いてみた。
手先が人間のときのように効かなくてかなり乱れた字になったが、三歳児よりは綺麗に書けたはず。さぁ、頼む、気づいてくれ!
俺の書いた文字を見て、ルミナは驚いて口を抑える。いくら鈍感なルミナでもきっとこれで感づいたはずだ。
「え……もしかして……あなた……」
キッキ、キーキー!(そうだよ!レインだよ!)
「やっぱり!レインに字を教わったのね!?」
キィ―?(んんー??)
「たった数日しか一緒に居なかったのに!ひょっとして、あなたは天才猿!?」
ああ、神様。やっぱりルミナは期待を裏切らない子だ。……でもいまは期待を裏切ってくれないか。
「そうだ。神父様に会ってみよう。神父様ならきっと教会で保護してくれるはず」
また街へ行くのか?さっき石を投げつけられたばかりなのに?うん......嫌な予感しかしない。
ルミナに手を引かれて街についた。今度は堂々と中央通りを歩く。案の定、みんなドン引きだ。
「見ろよ、さっきの猿だ!」
「気味が悪い猿!」
「ルミナ様はあの猿に操られているんじゃない!?」
自分が猿だという自覚がまだ備わっていないんだよ。心が死ぬわ!!俺がルミナとともにこの街を出る時、あれだけ熱烈に俺たちを称えてくれた人々の目が、今は敵を見るような視線を俺に向けている。
恐怖。警戒。軽蔑。俺の誇りはもうズタズタよ。
それでも、ルミナは街の中心、教会へ向けて俺の手を引いてくれる。
この教会は、俺とルミナが育った大切な場所だ。きっと、ここなら——あの優しかった神父様ならなんとかしてくれるはず。ひょっとしたら今の状況も変えてくれるんじゃないか。
中に入ると、そこに神父様がいた。
俺の像に向かって静かに祈っている。なんかくすぐったい気持ちだ。ルミナが声をかける。
「神父様、この子……このお猿なんですけど、とっても賢くて。旅の途中で傷だらけで倒れていたところを助けてあげて......レインがあげたこのネックレスが証拠です。なんか……きっと特別な猿なんです!」
神父はゆっくりと俺を見た。目が合った。お願いだから、気づいてくれ。俺だ。俺だよレインだよ。
彼は長い白髭をなんどかさすった後、すこしの沈黙を置いて言った。
「……猿は猿です。野に放ちなさい」
はい?神父様......あの優しかった神父様ですよね?何その冷酷な目。何人も殺した殺し屋の目をしてますよ。
それでも、俺は諦めなかった。
拾った枝を握り、勇者の剣の構えを見せた。かつて、何度も教会の裏庭で師匠と共に繰り返した型。
それを見たルミナは目を輝かせて言った。
「ほらほら!神父様!すごい……でしょ?剣士の真似までできるなんて!」
キッキキ、キキキッキー(だからちがうって!!!)
キキ、キッキーキ(俺なんだって!!!)
あーもどかしい!でも今の俺には言葉も、伝える術もない。
「わかりました......ではこの子を森に還してきます......」
ルミナはがっくりと肩を落として俺の手を引いた。
え?俺を森に還すの?冗談じゃないよ!森で猿たちと仲良く暮らせっての?昆虫なんて食べれないしさ。
街を出た後、俺はルミナの脚にしがみついた。
「そっか......やっぱり森は嫌だよね。傷だらけで倒れていたけど、きっと仲間にやられたんだよね。レインが言ってた。モンスターにやられたんじゃないって」
そうだ。この猿の怪我はモンスターにやられたようなものじゃなかった。何箇所も噛まれた跡、獣のような歯型。理由はわからないが同種にやられた可能性が高かった。だったらなおさら森に帰れないじゃん!
「ねえ、レインの師匠に会いに行こう。あの人なら、何かわかってくれるかもしれない」
その言葉に、俺の背筋が凍った。
師匠……あのカタブツ、武の鬼。まじで冗談の通じない男。
俺の顔が人間だったとしても、軽口叩こうものならぶん殴られてたあの人。
わかるわけがない。わかるわけが——
……でも、もうそれしか、ないのかもしれない。
ルミナの手はあたたかい。
俺はその手に引かれながら、再び歩き出した。
この足は短くても、この姿が猿でも。
俺は、まだ終わっちゃいない。