表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
その女、悪辣につき  作者: 笑春風
6/7

自由でありたい心

(ヒョン)、あの詩では満月の日に逢い引きしているそうだな」

 解道允は顕を見つめた。彼の眼差しは何か企てているようにも思えた。顕はそれを感じ取り、その場で頭を回転させなくてはならなくなった。

「はい。満月の日に璋王子を見張りましょう。ですが……父上、璋王子は沙宅氏とのご令嬢と婚約が話し合われているとか……積徳様は何か手を打つやも」

「わ、わ、私は善花公主の居場所を……」

 圭がしどろもどろになりながら続けて言った。その様子に次男の承は兄の圭に対して内心で呆れてしまった。彼がそんなこと出来るはずがないと決めつけていたからである。それは顕も同じであった。

 この次男の承は3人の兄弟の中で1番、優秀であったが、庶子であった。身分が覆せないことは彼の中では分かりきっていたことだった。正直、王弟・扶余季(プヨゲ)を即位させたい父の心情が理解できなかった。

 だが、家長であり、解氏の当主である父は絶対であった。理解できない考えを父が抱いていても、自分たちが何か物申す立場にはないのである。

「承、璋王子が王宮を抜け出す予兆があれば直ぐに顕に伝えよ」

 解道允は命令するようなきつい口調で承に言い放った。承はこれには慣れっこだった。父が庶子であっても自分が努力すれば振り向いてくれると分かっていた。

 長史となった夜に解道允は初めて承を褒めちぎった。それが今の彼の支えでもあったし、喜びであった。その夜に父が述べた言葉は心に刻まれていた。


 嫡庶を感じさせない優秀な息子だ


「わかりました。直ぐに顕へ伝えます。璋王子の寝殿には私の息のかかった者が何名かおります」

 それには解道允は驚きを隠せないでいた。承は優秀だが、ここまで頭が回り、手を打っていたからだ。しかし、解道允にはまだ足りないと感じてしまうのだった。

 このような手を使うのではなく、政治的に人を動かして排除する方法を身につければ怖いものはない。裏で人を使い、表で力を使う。それが解道允のやり方だった。それが出来るのは自分以外には承くらいだろうと解道允は考えるのだった。

「3人とも下がれ」

 圭はようやく解放されたと一礼すると真っ先に部屋を後にした。顕はそれを嫌そうに横目で見ていた。圭、顕が部屋を後にしても承は部屋から出ようとしなかった。

「承、下がれ」

「父上……」

「下がれ」

「父上……実は……」

「下がれ」

 名残惜しそうな承を解道允は下がらせた。1人になった解道允は顔の前で腕を組んで護衛が減った件や善花公主の居所など様々なことを頭の中で処理していく。

 護衛が減ったのは承の仕業であるのでは考えた。承は王子宮の人事にある程度の権限があったからだ。

 仮に承は護衛の人数を減らしていたら、これは好機でしかない。

「承は本当に優秀な息子だ……」

 解道允は思わず声を出して笑ってしまった。

 だが、ふと彼は思うのである。何故、承が庶子として産まれたのかと。順当にいけば解氏の次期当主は圭である。しかし、圭には解氏の当主は務まらないだろう。圭が隠れて妓楼に通っている話も聞いていた。勉学もせず投壺や双六の遊びにふけっているのも分かっていた。

 それでも大事な時に呼ぶのは彼が嫡男だからである。


 次の日

 王子宮は璋王子の朝の支度で多忙を極めていた。侍女、内侍、護衛の間を縫うように承は彼の寝殿へと向かった。いくら世話が必要とは言え、これは人が多いと承は思ってしまった。承は(タライ)を持った侍女に声をかけた。

「あ!」

 承はこの侍女に見覚えがあった。

夏英(ハヨン)ではないか!」

「お久しぶりです」

 夏英は通っていた学舎の教師の妹だったのである。学舎に行くたびに彼女は可憐な笑顔を見せていた。

 承は彼女のその笑顔が見たいがために足繁く学舎に通っていたのである。

 百済は高句麗、新羅より最先端の学問と技術があった。学舎は何件もあり、それらを身につけようと多くの若者が学舎で学んでいた。

 そして留学生になることを願った。豊かな国と呼ばれる倭で学びたかったのである。だが、倭へ向かう最中に阿佐太子は行方不明になってしまった。

 いくら航海技術が発展していても不測の事態に全て対処できるかといえばそうではないのだ。

「夏英はいつから王子宮に?」

「つい最近です。沙宅積徳様から推薦を受けて出仕したのです」

「積徳様が?なぜ?」

「それは…あ、もういかなくては……」

 夏英は口を濁した。そして彼に向かって会釈すると洗手間(ソンスカン)へと姿を消した。釈然としない気持ちのまま、承は璋王子への目通りを内侍(ネシ)に願い出た。対応したのは承の間者であった。

 内侍はスッと紙切れを承に手渡した。2人は顔を見合せて笑った。どうやら内侍は何かかぎつけたらしい。内侍の案内で承は璋王子の寝室に通された。挨拶をすると璋王子はやたら機嫌が悪かったのか寝台の上に座ったまま彼に目もくれなかった。

「王子様、いかがなされましたか?」

「簪を買いたいから外商を呼べと言ったら止められて…:…」

「それは沙宅氏のご令嬢に贈るものですか」

「あの娘は好きではない」

 璋王子はあからさまに嫌悪感を示した。承はあったこともない佳熙に同情した。このように断言するのは心の奥に善花公主の存在があるからだろう。承にはこのような感情についていけなかった。

「そうおっしゃらず……沙宅氏は蔑ろにしてはなりませんよ」

「妻には公主しか望んでいない」

「しっ!」

 承は口元で人差し指を立てた。彼の軽率な発言に承は丁寧な口調で訂正した。

「王子様、ここで公主のお話はしてはなりません。もし、陛下の耳に公主のお話が入ってしまったら首が何個あってもたりませんよ。いくら、公主が恋しくても、もう百済の王子なのですよ?もう巷にいる薯童(ソドン)ではないのです。それはお分かりでしょう」

 璋王子は寝台から立ち上がると承の方に体を向けた。璋王子は彼に言い返す。

「俺はいつまでも薯童でいたかった!そうしたら公主とは何らわだかまりもなく結婚できていた。俺は後悔してるんだ……母さんか死にかけた時、玉佩を持って沙宅氏を訪ねろって。訪ねたら母さんが助かると思った……でも違かった」

 璋王子の生母は宮中で生活することができなかった。その理由は彼自身も知らないし、承も知らなかった。

 不憫に思った威徳王は璋の生母に王族だけが携える玉佩を渡していた。


 何かあったら、この玉佩を沙宅氏に見せよ


 そう言っていたのである。璋王子は庶民と変わらないをしてきた。飢えも寒さも経験してきた。そんな璋王子は薯を掘ることを生業にして、いつしか薯童(ソドン)と呼ばれるようになって言った。明るく、近所でおめでたがあれば歌い踊り、悲しみがあれば一緒に涙を流した。

 ある日、璋王子の生母が病に倒れてしまう。枕元に璋王子を呼んで玉佩を手渡し、威徳王の言葉を伝えたのである。


「これを持って、沙宅積徳様を訪ねなさい」


 璋王子はその通りにした。

 それから璋王子の生活は一転した。佳熙の父である積徳は威徳王と密かに彼を保護する命を受けていたのだ。

 今回の婚約もそれが縁でもあるが、その時から積徳は彼に目をつけていたのである。

 保護されて2日後には王子の正装を身につけて、彼は王宮へと帰還した。その間に生母は亡くなり、積徳らが手厚く葬った。

 璋王子には積徳は恩人であったが、どうしても彼らに心を許す気にはなれなかった。庶民として生活をしていると貴族、大姓八族や王族の腐敗を目の当たりにするからだ。璋王子はその腐敗した巣窟に住むのが嫌だった。

 それでなくても、愛する善花公主と離れ離れになるのは最大の苦痛であった。

 彼女が敵国の公主だろうがなかろうが、璋王子には関係なかった。璋でなく、まだ自分を庶民の「薯童」であると思っているからだ。身分のない「薯童」は何にもしばられない。例え王子になっても心は自由でありたかった。出来ないと分かっていてもそうしたかった。

洗手間(ソンスカン)→李氏朝鮮王朝時代の水周りを担当した部署。百済の役職にはないです。

三国史記を読むのですが、いかんせん頭に入らず……なので古代中国だったり、朝鮮王朝だったりから役職目をお借りしています。

これは歴史小説とか時代小説とかではなく、あくまでも二次創作と想像の産物にしか過ぎません。ご了承ください。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ