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その女、悪辣につき  作者: 笑春風
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問題行動

 積徳(チョクトク)はつい向かいの椅子を佳熙にすすめた。

 佳熙(カヒ)は小さく頷くと椅子に腰を下ろした。背筋を伸ばして父からの言葉を待っていた。

「佳熙、お前が知ってることは話しを聞かせてほしい」

「照王子の話は世間に知られています。それを仕組んだのは召妃()です」

「召妃にとっては照王子(ヂョ)は目障りだ。内心で照王子が身分を剥奪されなかったことに憤慨しているのやも」

「照王子は阿佐太子(アヂャ)以外では年長ですし、召妃の気持ちも理解できます」

 その言葉に積徳は呆れたように笑った。

「結婚すらしていないお前が召妃に理解を示すとは……後宮はお前が考えているより複雑だ。この件は佐平(サピョン)たちと協議する。お前はもうなにも考えるな」

「ですが……」

 佳熙は口を噤んだ。積徳はその様子をみてまた笑った。

 積徳は娘といつかこういう話が出来る日がくると思っていたからである。それが結婚後だと思っていたが、意外と早くその日が来た。それにしても佳熙がここまで何かを語ることがあると積徳は驚きもした。

「佳熙、この照王子の件より考えて欲しいことがある」

「何でしょうか?」

 佳熙は前のめりになって耳を傾けた。積徳は息を吐くと困ったような口振りで佳熙に言った。

璋王子(チャン)が夜な夜な王宮から抜け出しているらしい」

「え!」

 佳熙は思わず大声を出してしまった。積徳は手元にあった紙切れを佳熙の目の前に差し出した。彼女はそれに目を通す。その刹那、佳熙はそれを握りつぶした。


 璋王子は夜な夜な外へ、

 美しい公主が待っている場所へ、

 今夜もまた満月の下で、

 抱き合っているよ。


「照王子の件が明るみになる前にこの詩が出回っていたのだよ。お前はもう気づいていると思うが……そういうことだ。佳熙、この件はどうする?」

 佳熙はこれは召妃と延妃(ヨン)の諍いの発端にすぎないと考察した。だが、この件は佐平たちの協議を待つしかなかった。佳熙がぐっと言葉を我慢した。

「お父様、公主というのは……新羅の善花公主(ソヌァ)ですね?璋王子を尾行して居場所を探らせては?確か、璋王子の寝殿を護衛しているのは木氏(モク)伯謙(ベクギョム)に任せては?」

「名案だ。すぐに木氏の当主に使いを出すとしよう」

「提案を聞いていただき、ありがとうございます」

 佳熙の提案をうけて積徳はすぐに木氏の当主に使いを出した。木氏の当主は沙宅氏の屋敷に伯謙と彼の侍従になっていた階伯(ケベク)を遣わした。

 そこからは佳熙は全てを彼らに一任した。


 書斎の灯りは夜遅くまでともっていた。

 積徳、伯謙、階伯は紙に簡単な見取り図を書いて璋王子が王宮から抜け出せそうな場所を話し合っていた。

「積徳様、この南側は護衛があまりいません。護衛の宿舎はこの反対の方角ですから抜け出すとするとここですね」

 伯謙が見取り図に墨で印を付ける。それに階伯は納得したように頷いていた。積徳は伯謙に尋ねた。

「夜間の護衛はどれくらの人数だ?」

「大体、150人くらいかと」

 すると階伯が鼻で笑った。面白いものを見つけたような、少しふざけたようにも見える階伯ね態度に伯謙は言葉を発しそうになった。しかし階伯それ遮るように言った。

「王子にしては少ないですね」

「何かおかしいか?」

 積徳が鋭い口調でそう返すと階伯は不思議そうに話し出した。これに伯謙の肝は冷えた。積徳の機嫌を損ねたのでないかと思ったからだ。それを知ってか知らずか、階伯は伯謙のことを気にせず続けた。

「照王子にはこれ以上の護衛がいます。何かの理由で護衛が減った……だから璋王子が王宮から抜け出し安くしてしまった。俺の記憶が正しければ、以前は300人ほどいましたよ。これだけ減ったってことは何かあるかもしれません」

「なかなか、鋭い。いいか、今回は璋王子を改心させるためだ。罰するためではない。問題は公主の身柄だ」

「積徳様、公主を百済に残したら璋王子はまた同じことをするかもしれません。公主を新羅に送り返しては?」

 伯謙はしっかりとした口調で積徳に述べた。

「それは俺が手配します。若旦那、もし公主を殺したり、傷つけたりしたら国同士の揉め事になります」

「2人とも、なんと頼りになる。若造となめていた自分が恥ずかしいくらいだ」

 積徳のその感心した言葉でようやく伯謙は安心した。階伯を引き受ける話をした際に彼は終始無言だったせいか、このように話せるのだと分かっていなかった。それと同時に階伯を褒めてもらったことが嬉しかった。

「そうと決まれば、伯謙、階伯、詩の通りなら次の満月は2日後だ。見張りは何名用意できる?」

「私と階伯で行います」

「若旦那、そうこなくっちゃ!」

 階伯にとってこれが初めての任務らしい任務だった。彼は何時になく張り切っている様子であった。しかも、伯謙と一緒に仕事ができることが嬉しかった。なぜなら彼に自分の成長を見せることができるからだ。階伯は承認欲求が強い性格だった。だが、その欲求は自分の力を誇示するものではなく、単に認められたいだけの感情であった。

「伯謙、階伯、任せた。この話は解道允(ヘドユン)に気づかれないように」

 解道允がこの話に気づけば先手で何かを仕掛けてくるだろう。解道允にとって兄の威徳王(ウィドク)の王子たちは目障りで頭痛の種だ。早く排除して王弟が何の憂いなく即位、そして宣公子を太子にする。これが出来れば生まれた時からの優劣は覆せる。そして劣等感から解放されると王弟は解道允に告げていたのだ。

 一方で積徳は璋王子を守るために動き出していた。それは己の野心のためでもあったし、佳熙のためでもあった。彼を佳熙を王后にする為だけに教育してきた。同年代の娘たちが胸躍らす全てを遠ざけてしまったという自責の念もあった。


 こうなれば、沙宅氏(サテク)が力を貸すしかない……

 解道允を何とかする前に…璋王子を何とかせねば……


 積徳は璋王子が問題を起こすのは目に見えていたことだと腹を括った。それと同時に手を貸せば解道允や王弟、そして宣公子(ソン)と対立するのは避けられなかった。

 しかし、解道允には王弟の妃である解妃()恩彬(ウンビン)とそのお腹の子がいる。宮中において解道允はどんな立場にでもなれた。そのどんな立場で己の身を守るのも可能だった。

 王弟の親戚、照王子の舅、産まれてくる王孫の祖父。その全てが解道允には有利に働く。しかも、孫が男子であれば、王位継承が巡ってくるかもしれない。

 それでなくても、解妃が王后になれば解氏の血が百済王に脈々と受け継がれていく。それは解氏として最大の名誉であり、大姓八族の中では誇れることであった。それに解氏は王后を輩出してきた名家だ。解氏、真氏(ヂン)の両家はそれで権勢を保持していた。


 解道允は屋敷で詩が書かれた紙切れを眺めていた。そしてくだらないと呟くと、紙切れを蝋燭の火で燃やしてしまった。彼にはこの詩より、積徳や国炫(ググヒョン)の動きが気になっていたのだ。

 彼は3人の息子たちを呼び出した。息子たちは彼の前にやってくると深々と頭を下げると父である解道允の顔色を伺い始めた。長男の(ギュ)に至っては怯えていた。彼は父である解道允が恐怖の対象であった。

 長男である圭に彼は期待を寄せていたが、圭は気が弱く、愚鈍であり、軽率であった。

 圭の一挙手一投足が解道允の癪に障るようになっていった。彼にはそれが苦しみだった。

「璋王子の噂は聞いているな」

 解道允は机に肘を着いて息子たちに落ち着いた口調で問いかけた。息子たちは小さく返事をすると解道允は眉間に皺を寄せて怒鳴りつける。

「噂を聞いていたら対処しろと言っていただろ!積徳はもう手を打っているかもしれないのだぞ!璋王子を夜な夜な王宮から抜け出してる……これは好機だろ!」

 それに息子たちは驚き、思わず体が怯んでしまった。次男の(スン)はそのような中でも真っ先に口を開いた。

「父上、私たちの落ち度です。明日、璋王子に探りを入れてきます」

 承は璋王子に仕える長史(ちょうし)であった。長史とは高官を補佐する役職であった。承を解道允はねめつけるように見つめた。

「今更、何を探る?」

「璋王子は護衛の数を減らしたのです。元より璋王子は嫌われていますから護衛につきたい兵士はいません。それに国王陛下も護衛を減らしたことを気にはとめてません」

 承の言葉で解道允の険しい表情が幾分、穏やかなものになった。それを三男の(ヒョン)は見逃さなかった。そしてすかさず彼に早口で告げた。

「璋王子は新羅の公主に会いに行くために護衛を減らしたのでは?」

 解道允の口元が思わず緩む。

長史→古代中国の官位。百済では使われてないと思いますが、さほど官位が高くない文官という意味で使っています。

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