謀りは裏の顔
佳熙は自分の知らないところで「大きな何か」が起きていることに得体の知れない感情を抱いた。しかし、今は静観するしかできなかった。
佳熙に「大きな何か」に抵抗する力も知恵もなにもなかったからである。
部屋に戻った佳熙は若い侍女が話していた内容を思い出しながら、話の顛末を紐解くことにした。照王子が東珠と婚約してたのにも関わらず番の恩彬に手を出した。そのことに解道允は泣きながら威徳王に釈明を求めていた。
それで正夫人の座が決まっていた東珠は第二夫人になってしまった。一番の被害者は東珠であるが、聞くところによると被害者面をしているのは恩彬だった。
ただ、恩彬のことは偶然だとしても、解道允はそれで発言力が強くなるの確実であった。結婚前の王子が女官である恩彬に手を出して懐妊させた。しかも、恩彬は祭事を司る女官であった。この女官は純潔でなくてはならない。解道允がこの醜聞の責任を照王子ではなく、威徳王に求めたのだと佳熙は推測した。これに王弟である扶余季は沈黙を貫いている。しかも、いかにも自分は品行方正と言わんばかりの態度をとっていた。それは息子の宣公子も同様だった。佳熙にはその態度がかえって不気味であると一種の恐怖を覚えてしまった。
だが、この恐怖を強く感じているのは3人の王子たちである。特に璋王子だ。威徳王は解道允の手前、照王子を責め立てはしたものの、すんなりと恩彬を妻として彼に与えた。そこからはお咎めはない。威徳王は照王子に恩彬を与えたことで責任を取ったのである。
だが、璋王子には自分の盾になる全てがなかった。父からも見放されている。そして、唯一の繋がりである沙宅氏が必ずしも自分守ってはくれないと考えているはずだ。なぜなら、善花公主との噂で窮地に立たされているからだ。
佳熙は思う。「なんと軽率なお方」っと。
佳熙はおしゃべりな若い侍女を呼んだ。もう少し詳しく話しが聞きたくなったからだ。それにあの侍女が何かを隠しているような気がしたからだ。これは女の勘に近いものであった。
佳熙が声をかけるとすぐにその侍女が現れた。その侍女は部屋の外で容ばあやと共に控えていたらしい。佳熙は座りながら彼女に視線を送った。
「お嬢様、何か御用でしょうか?」
「照王子の話の他に何か知らないかと思ったの。今からもう一度、話してくれない?」
侍女は鳩が豆鉄砲を食らったように目をぱちくりさせた。佳熙は彼女を見て小さく笑った。
「そんなに驚くことだった?」
「申し訳ございません。わたくしめはおしゃべりが止められず……そのことでお嬢様を不愉快にさせたのかと」
侍女は表情を曇らせながら俯いた。
「おしゃべりの内容を思い出しながら考えていたのだけれど、あなたは随分と宮中の内情に詳しいのね。顔を上げて。名前は?」
侍女は顔を上げた。しかし、その表情は明らかに動揺して目が泳いでいる。
「名前は夏英と申します」
彼女は小さな声で名乗った。そして、その場に平伏した。佳熙は彼女が何らかの事情があるのだと察した。そして刃物のように鋭く、氷のように冷たい眼差しを彼女に向けた。そして静かに尋ねた。それに夏英は息をするのもできないくらいの恐怖を覚えた。
「夏英、正直に話せば見逃すけれど……解氏の人間?命が惜しいなら答えるのが賢明よ」
「違います!わたくしめは召妃から命じられて……照王子の話しをしろと!どうか殺さないでください!」
命が惜しい夏英はあっさりと自供した。
「召妃……」
召妃は威徳王の第一妃である。
行方不明の阿佐太子母であり、漢王子の母でもあった。そして訳ありな璋王子の世話も引き受けていた。
温厚で優しい彼女であったが、裏では第二妃である延妃から激しい嫉妬を向けられていた。事の発端は延妃が第一妃になるはずだったが、彼女が懐妊したことで第一妃に決まったことである。気位の高い延妃には耐え難い屈辱であった。ことごとく延妃は召妃に不敬を働いた。
だが、召妃はやられてばかりの女人ではなかったらしい。今回の照王子の醜聞を広めることで今までの鬱憤を晴らしたのだ。夏英が言うには召妃は大姓八族に自分の息がかかった侍女や侍従を送り込ませて照王子の話を屋敷中に広めさせているそうだ。
「召妃がそんなこと……」
「お許しください!」
「夏英、一度、流した噂はなかなか消えないわ。下手すれば照王子に対する侮辱よ。でも、世間は解道允と恩彬に対する同情で溢れている……今、あなたを照王子の話題で罰すれば沙宅氏が非難されるでしょうね」
夏英を罰するのは簡単だが、照王子の話題で世間は王族に批判的な意見で溢れている。それでなくても璋王子の噂で批判の的になっているのだ。これで彼女を罰すれば大姓八族や世間からは謗りを受けるだろう。
だが、解道允よりも何よりも刕氏の方が同情を集めても良いはずである。佳熙はそこが引っかかっていた。
「夏英」
「はい」
「召妃に伝えて」
「はい」
「解道允はお好きですか?っと」
「それだけですか?」
夏英の瞳に涙がたまっている。
「それだけよ。あなたを女官にする推薦状を書いてもらうから宮中に戻りなさい」
「……はい」
「下がって」
「……はい」
夏英は立ち上がると佳熙に向かって深々と頭を下げた。夏英が部屋から出ていくと、入れ違いに容ばあやが心配そうに入ってきた。佳熙の冷淡な表情を見た容ばあやは落ち着いた声で彼女に話しかけてきた。
「お父上にご相談したらいかがです?難しいようでしたら、花瑩様から伝えてもらうのも一つの手段ですよ?」
「聞いていたの?」
「他言はいたしませんよ。可愛いお嬢様のためにも」
佳熙は容ばあやの方に体を向き直した。容ばあやは丸椅子に腰をおろして、佳熙を見つめた。容ばあやの顔には皺が目立っている。佳熙は随分と長く彼女と過ごしてきたと懐かしい気持ちを覚えた。そして、彼女がいつも愛情深い眼差しを向けていたことを思い出した。
容ばあやは部屋の外で夏英との会話を聞いていたのだ。彼女は佳熙が夏英を罰しないか不安であった。容ばあやも解道允の話しを知っていたからだ。しかも、大姓八族の中で勢いを持ち始めた解道允の話しも知っていた。
容ばあやは政治が分からないと言うが、解道允には注視していたのである。
「ばあや、私は間違ったことをした?」
「さあ?ただ、お嬢様が殺生をなさらなかったことでばあやは安堵していますよ」
「殺生だなんて……独裁者のすることだわ」
「お嬢様、人間の根底にあるものは感情です。お嬢様が感情に流されず、また適切に対処したことにばあやは成長を感じていますよ」
「ありがとう。ばあや、お父様はどちら?」
「そうなさいまし。お父上様なら書斎にいらっしゃるはずです」
佳熙は立ち上がると容ばあやに笑みを浮かべて部屋を後にした。しばらく容ばあやは座っていたが、一つため息をつくと立ち上がって部屋から出ていった。
佳熙は書斎に向かいながら、夏英のことや召妃の企みをいかに父である積徳に伝えるかを頭の中で考えていた。召妃は大姓八族の出身ではないが、国王陛下の第一妃である。それに阿佐太子の母だ。
彼女が照王子の評判を落とすために醜聞を広めようとしたのは、宮中がいかに噂に溢れて推測で物事を語る場所だからだ。出処が特定できないのである。
佳熙は召妃の作戦は成功してはいないと踏んでいた。なぜなら解道允に同情が集まってきているからだ。
世話をする璋王子と解道允は表立った確執は見当たらないが、解道允は彼を疎ましがっていると佳熙は疑っていた。
解道允は王弟殿下と親しいのは彼を即位させたいほかに何か理由があり、また彼でなければならない理由もあるのだろう。
書斎まで来た佳熙は足を止めた。薄紅色の着物の袖が風にたなびく。その風は冷たく、山からは灰色がかった雲が流れてきている。薄暮の空は今にも雨が降りそうであった。
佳熙は雨が降る前にと執事を呼んだ。執事も空を見上げて彼女を書斎に入れた。
「佳熙、どうした?」
父である積徳は静かに茶を飲んでいる最中であった。そして声を明るくして佳熙に階伯の話題を振った。
「階伯の話は驚いたが、伯謙殿なら任せて安心だろう」
「お父様の配慮のおかげです。ありがとうございます」
積徳は茶碗を置いた。そして声を低くして佳熙に尋ねてきた。
「何かあったのだろう?照王子の話しかい?」
積徳はいきなり本題を口にした。佳熙は父親が佐平という高級官僚であるということをあまり意識したことはなかった。だが、今、それを意識せざるを得なかった。父親は政治家だと佳熙は強く認識した。
佐平→百済の官僚。最高位。積徳は大佐平。あのヨンタバルが……次は積徳!っという感覚で「階伯」を観ていました。
あと「トンイ」の張希載が金庾信だったり、ソンチュンだったり……韓国の俳優さんって幅広いキャラクターを演じるんですね。
「于氏王后」はまだ未視聴なのですが、チョン・ユミさんが好きなので視聴方法を探っています。