ド陰キャ高校生の僕には友達がいないので、妄想します
偉大なる天才小林泰三先生に最高の敬意を示します。
僕の名前はタダナオト。地味で、目立たなくて、友達もいない、ただの陰キャだ。
クラスではいつも一人で過ごしている。他の生徒は楽しそうにグループを作って話しているけど、僕はその輪に入ることもできない。友達がいない僕にとって、学校生活は退屈でしかない。
でも、そんな僕にも楽しみはある。それは、妄想だ。
僕の妄想の中では、完璧な自分が存在する。その名も「妄想のタダナオト」だ。妄想タダはイケメンで運動神経抜群、頭も良くて女の子にもモテる。僕が現実で得られないものを全て持っている存在――という設定だ。
妄想タダが現れてから、僕の孤独な日々は少しだけ色づいた。彼は僕の中で「友達」として話し相手になってくれた。
「おい、タダナオト。今日も一人で教室の隅か?」
「仕方ないだろ、僕には友達なんていないんだから」
「ま、俺がいるじゃねえか。お前、もっと堂々としろよ。影が薄すぎて北野さんも気づいてくれないぞ?」
その名前を聞いた瞬間、僕の心が少しだけ痛んだ。北野梨乃さん。彼女は明るくて、英語も得意で、僕とは全然違う世界にいる人だ。
次の日、授業中。英語の時間だった。
「それでは、この単語の意味が分かる人、いますか?」
先生が黒板に書いた問題を指差す。僕はノートを開きながら、頭を抱えていた。まったく分からない。
「おい、これ簡単だぞ」
妄想タダが僕の中で囁く。
「お前、分かるのか?」
「もちろん。さあ、手を挙げろよ」
恐る恐る手を挙げると、先生が僕を指名した。
「タダ君、どうぞ」
(『exaggerated』は誇張したって意味だ)
「えっと……『誇張した』って意味です……?」
妄想タダが教えてくれる通りに答えると、先生が満足そうに頷いた。
「素晴らしい! タダ君、よく分かったね!」
クラスメイトたちが驚いた顔でこちらを見る。普段、目立たない僕が正解を言ったことに驚いているのだろう。その瞬間だけ、僕は少しだけ自分に自信を持てた気がした。
ある日の放課後、僕は一人で帰り支度をしていた。誰にも話しかけられることなく教室を出ようとしたその時、北野さんの声が聞こえた。
「タダ君、一緒に帰ろうよ」
振り返ると、北野さんがにこやかに微笑んで立っていた。驚きで言葉が出なかったが、彼女は気にすることなく続けた。
「前からちょっと話してみたかったんだ。よかったら、どう?」
僕は一瞬だけ視線を落として、絞り出すように答えた。
「……うん、いいよ」
彼女は満足そうにうなずき、僕の隣に並んで歩き出した。
「タダ君って英語がすっごく得意なんだね!」
北野さんの優しい声に、どこか心が痛んだ。あれは妄想のタダナオトの功績だ。
「まぁね」
でも、そのおしゃべりしながらの帰り道は、桃源郷のように楽しかった。
バス停に着くと、ちょうどバスがやってきた。しかし、僕が乗り込んですぐに、急にドアが閉まった。北野さんはかろうじて挟まれなかったみたいだ。
「ん? タダ君、どうしたの?」
「今のドアの閉め方、危なくない?」
僕は不安を覚えたが、彼女の手を引こうとした瞬間、運転手が冷たい目で僕を見た。
「乗ったらバスの奥までどうぞ」
僕はバスの運転手の横柄な態度に怒りそうになった。
「気にしないでよ、タダ君、また明日ね」
彼女は3つ目のバス停で降りていった。
バスの中で、僕は彼女のことが気になって仕方がなかった。隣に座る妄想タダが、やれやれという顔で僕を見ている。
「お前、彼女にあれこれ気を使いすぎなんだよ」
「だって……まぁ、僕なんかと話してくれるなんて、不思議じゃないか?」
「不思議も何も、お前が堂々としてればいいんだよ。それより、次の手だな」
「次の手?」
「デートだよ。お前、次に会ったら誘われるぞ」
その言葉に、僕は鼓動が早まるのを感じながら、窓の外に目を向けた。
次の日、北野さんが僕に話しかけてきた。
「タダ君、今週末デートしない?」
「えっ?」
あまりの突然の誘いに、僕は動揺した。デートなんて、人生で一度も考えたことがなかった。
「ほら、この間話したカフェ、行ってみたくない?」
北野さんが微笑む。その笑顔に、僕は断る理由が見つからなかった。
「……いいよ」
そう答えると、彼女は嬉しそうに頷いた。
「じゃあ、土曜日ね!」
僕は胸が高鳴るのを感じながら、その日を待ち望んでいた。
土曜日、デートの約束の日。僕は少し早めに待ち合わせ場所に向かった。北野さんが来るまでの間、緊張で手汗が止まらなかった。
「おい、タダナオト」
妄想タダが突然話しかけてきた。
「何だよ?」
「お前、デートなんて無理だろ」
「何でそんなこと言うんだよ?」
「決まってるだろ。お前は陰キャで、北野さんに釣り合わないからだ」
「そんなの関係ないだろ! 僕は北野さんに誘われたんだ!」
「ははっ、それが間違いなんだよ。お前が北野さんと親しくする資格なんてない。俺がデートに行くべきなんだよ」
妄想タダの声が鋭くなる。そして次の瞬間、僕の首を掴んできた。
「やめろ……苦しい……っ!」
もがく僕を見下ろしながら、妄想タダは冷たい目で言った。
「お前なんかいなくても、北野さんは俺を選ぶさ」
「待って……ごめん……タダナオト……。実は……」
必死で息をつきながら、僕は真実を告げた。
「君は……僕が作り出した……妄想なんだ……!」
妄想タダの手が一瞬緩む。
「は?」
「そして、北野さんも……妄想なんだよ……。つまり……僕が妄想を維持しないと……君も北野さんも……消える……」
妄想タダの手が緩む。
「だっておかしいだろ? なんで僕みたいな陰キャに北野さんはあんなに優しいんだよ? あのバス停での出来事も覚えてる? 運転手さんからは見えないから、ドアが急にしまったんだ」
妄想タダはしばらく沈黙していたが、次の瞬間、大きく笑い出した。
「傑作だな。お前の妄想の通りだとでも?」
「そうだ……君達は僕が作り出したんだ……!」
妄想タダは笑いを止め、冷たい声で言った。
「違うぜ。お前が俺を作り出したんじゃない。俺が、お前みたいな陰キャを妄想して『母性本能くすぐるキャラ』という個性を得られるかの実験で作ったんだよ」
「え……?」
「お前で7人目だ。テスト人格はいっつも最後でこんなこと言い出すんだよな。次からは少しは賢くなってもらわないとな」
僕の足元から、景色が崩れ始める。北野さんの姿も、妄想タダの顔も、すべてが砂のように崩れていく。
「え……タダが主人格で僕の方がサブだとしたら……こんな不公平な世界って……神様でも作ることは――」
妄想タダが冷たく笑った。
「神は俺だ」
その言葉が耳に残る中、僕の意識は闇に吸い込まれていった。
どんな一言でももらえればうれしいです。
お読みくださりありがとうございました。