第2話:「焦りと成長」
朝の光が街を包み込み、カケルはベッドからゆっくりと起き上がった。昨日のダンジョン攻略の疲れがまだ体に残っているが、それ以上に心に重くのしかかっているのはアキラとのレベル差だった。
「アキラはレベル3か…俺はまだレベル2」
カケルは小さく呟き、自分の拳を握りしめた。冒険者としての経験は、戦闘での貢献度によって得られる経験値が異なる。つまり、どれだけ戦闘で活躍したかによってレベルアップの速度も変わるのだ。昨日の戦闘では、カケルは恐怖でうまく動けず、最終的にアキラがトドメを刺したことでアキラの経験値が多く、彼はレベル3に上がった。
「もっと頑張らないと…このままじゃ、アキラに置いていかれる」
カケルは焦りと不安が心を支配するのを感じながらも、ベッドから立ち上がった。今日もダンジョンに挑むために準備をする。自分を強くするためには、経験を積むしかない。
カケルとアキラの地元は、ダンジョンから少し離れた地域にある。そのため、二人はダンジョン近くの商業地区にある簡易宿泊所に宿を取って、連日挑戦できるようにした。ダンジョン周辺は冒険者が多く集まる場所で、宿泊施設や食事処が揃っているため、長期の滞在がしやすい環境が整っている。
カケルが宿泊施設の前で装備を整えていると、アキラが声をかけてきた。
「準備できたか、カケル?今日も行こうぜ!」
アキラの声には元気が溢れている。昨日の戦闘でレベル3になった彼は、自信に満ちた表情をしている。カケルもその言葉に力強く頷いたが、内心では焦りが募っていた。自分はまだレベル2のままで、昨日の戦闘では思うように動けなかったからだ。
「うん、準備はできてる。今日こそはもっと活躍しないとな」
カケルは、自分に言い聞かせるように答えた。アキラに追いつくためには、もっと戦闘に貢献しなければならない。そのためには、次のダンジョン攻略で少しでも多くの経験値を稼ぐことが重要だった。
二人は宿から出て、ダンジョンの入り口へと向かった。道中には、商人や武器職人が店を並べており、冒険者たちが道具を買い揃えている光景が広がっている。カケルとアキラは、その光景を横目に見ながら、再びダンジョンに挑む決意を固めていた。
ダンジョンの入り口にたどり着くと、湿った空気が二人を包み込んだ。石造りの通路が奥へと続き、その中には何が待ち受けているのか誰にも分からない。昨日はスライム相手に苦戦したカケルだが、今日は自分からもっと動くと決意していた。
「今日こそは…」
カケルは心の中で呟き、ナイフをしっかりと握りしめた。アキラもまた前を進みながら、慎重に周囲を確認している。二人は無言のまま通路を進み、やがて再びスライムの姿が見えた。
「またスライムか…でも、今回は俺がやる」
カケルはそう言い、アキラに前に出ることを告げた。アキラは少し驚いた表情を見せたが、すぐに微笑んで頷いた。
「分かった。今回はカケルに任せるよ。俺は後ろで見守ってるから、頑張れ」
カケルは深呼吸をして気持ちを落ち着けると、スライムに向かってゆっくりと歩み寄った。スライムはぬるりと動きながら、じわじわとこちらに近づいてくる。心臓が高鳴り、手が少し震えるが、今度は逃げるわけにはいかない。
「いくぞ…!」
カケルは一気にスライムに向かって突進し、ナイフを振り下ろした。しかし、スライムは予想以上に素早く体を動かし、カケルの攻撃をかわした。焦ったカケルは体勢を崩し、後ろに後退してしまう。
「くそっ、また…!」
昨日の失敗が頭をよぎる。スライムはその隙を逃さず、体を丸めて勢いよくカケルにぶつかってきた。カケルは反応が遅れ、スライムの体当たりを受けて地面に倒れ込んだ。
「カケル、危ない!」
アキラが叫び、すばやく前に出てナイフを振り下ろした。アキラの一撃がスライムの中心に突き刺さり、スライムはその場で動きを止め、やがて溶けるように消え去った。
「す、すまない…また助けられちゃったな」
カケルは体を起こしながら、苦笑いを浮かべて謝った。結局、またアキラに頼ってしまったことが悔しかった。アキラは少し気まずそうな顔をしながらも、優しく笑いかけてくれた。
「大丈夫だよ、カケル。まだ始まったばかりだし、すぐに慣れるさ」
アキラの言葉に少し救われる思いはあったが、それでも心の中には焦りが残る。アキラはすでに自分よりも先に進んでいるのだ。そのことが、カケルにとってますますプレッシャーとなっていた。
「そうだな…ありがとう、アキラ」
カケルはそう言いながら、ナイフを見つめた。今はまだ力不足だが、諦めるわけにはいかない。このままでは終われない――そう強く心に誓った瞬間、アキラが前方の通路を指差した。
「カケル、まだ終わりじゃないぞ。あそこに何かいる」
アキラの声に促され、カケルは急いで前を向いた。通路の先に、今までとは違う異様な気配が漂っている。スライムよりも少し大きな影が、かすかな光の中でうごめいていた。目を凝らすと、それはスライムのように柔らかい体を持ちながらも、何本かの触手を揺らしながら動いているモンスター――タコ型スライムのような姿だった。
「またスライムか…いや、あれは…少し違うか?」
カケルは緊張しながらナイフを構えた。スライム系のモンスターではあるが、今までのスライムとは違い、より攻撃的な動きを見せている。
「これは俺たち二人で協力して倒さないと厄介そうだな」
アキラも警戒を強め、ナイフを構えた。二人はゆっくりと前に進み、モンスターにじりじりと近づいていく。
「今回は俺もちゃんと戦うよ。後ろに下がらない」
カケルは自分に言い聞かせながら、タコ型スライムに向かって一歩踏み出した。すると、スライムがその触手を勢いよく振り上げ、二人に向かって猛然と襲いかかってきた。
「カケル、左から来るぞ!」
アキラの声に反応し、カケルは反射的に左に飛びのいた。しかし、タコ型スライムの触手がすぐに右から振り下ろされ、カケルは体勢を崩しそうになる。だが、ここで引いてはいけないと、カケルは歯を食いしばって体勢を立て直し、ナイフを握り直した。
「今だ、反撃する!」
アキラが正面からタコ型スライムにナイフを突き立てた。触手を狙って一気に斬りつける。その動きに合わせて、カケルも一瞬の隙を見てスライムの体にナイフを突き刺した。
「うおおっ!」
カケルのナイフは、スライムの柔らかい体を突き通し、体液が飛び散る。だが、タコ型スライムはまだ動きを止めない。触手を激しく振り回し、二人を攻撃し続けている。
「カケル、下がれ!」
アキラが叫び、カケルはすぐに後ろに飛び退いた。その瞬間、アキラが再びスライムに向かって突進し、ナイフで致命的な一撃を与えた。スライムはぐにゃりと崩れ、ついに動かなくなった。
「はあ…はあ…何とか、倒せたな」
カケルは荒い息をつきながら立ち上がった。今回の戦闘では、自分も少しは役に立てたという感覚があったが、やはり最後に決定的な一撃を与えたのはアキラだった。
「よくやったな、カケル。前よりもずっと動けてたぞ」
アキラは笑顔でカケルの肩を叩いたが、その言葉がカケルの心に引っかかる。確かに動けるようになったかもしれないが、結局最後はアキラに頼ってしまったという事実が重くのしかかっていた。
「まだまだだよ…もっと成長しないと」
カケルは自分に言い聞かせるように呟き、深く息を吐いた。
「このまま少しずつ経験を積んで、レベル10を目指そう。そしたら、俺たちもガチャを引いて職業が手に入るんだよな」
アキラが前を向いて、少しだけ興奮した声で言った。ガチャは、レベル10に達した冒険者だけが引ける特別なものであり、そこで手に入る職業によって、今後の成長が決まると言われている。それは、全冒険者にとって大きな目標だ。
「そうだな…俺も早く職業を手に入れて、もっと強くならなきゃ」
カケルも同じ目標を見据えつつ、心の中で焦りを感じていた。アキラはすでにレベル3で、彼との実力差がさらに広がるのではないかという不安が胸を締め付ける。自分がもっと早く強くならないと、アキラに追いつくことはできない。
二人はその後も慎重にダンジョン内を探索し、いくつかのスライムや小さなモンスターを倒していった。カケルは、少しずつ戦闘に慣れてきたものの、依然としてアキラに頼る場面が多い。アキラは冷静に判断し、スムーズにモンスターを倒していく。
「今日はここまでにしようか。少しずつ慣れてきてるみたいだな、カケル」
アキラが微笑みながら言った。カケルは彼に頷き返したが、心の中ではまだ悔しさが残っている。アキラと自分との間には、明らかな差があると感じていた。
ダンジョンから出ると、再び賑やかな商業地区が二人を迎えた。冒険者たちが行き交い、武器や防具を手にして次の挑戦に備えている。カケルはその光景を見ながら、次の挑戦への決意を新たにした。
「もっと成長しなきゃ…早くレベル10になって、ガチャを引けるように」
カケルは小さく呟き、次の戦闘に備えて気持ちを引き締めた。