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強面とギャルのお菓子作りは甘くない

作者: 木崎弘崎

 


「友達はできたかい?」

「……言わせないでください」


 そう俺に意地悪な問いかけをしてくる目の前の白衣をかけている女の人は俺の担任だ。骸骨の模型や戸棚においてあるビーカーがカーテンから刺すプリントやファイル、コーヒーの飲み残し、たばこの吸い殻といったものが乱雑に置いてある机の横に座っている女の人は、カップのコーヒー啜った。

 目に隈をいつもつけている俺の担任は羽頭唯(はねがしらゆい)先生という名前であり、クラスの女子はゆいゆいといっている。


「おいおい、私が今放った言葉は、イエスかノーでこたえられる質問だよ。担任に答えは分からなくても、答えは書いとけと言われなかったのかい?」

「……担任は、あんただろうが」

「おっと、そうだった。あんまりにも、君が一人でいるから、影が薄くて忘れていたよ」

「それはないですね。俺はこの顔のおかげで、学校内で1番目立っていると自負してますよ」

「悪い意味でね。」

「…………」


 この意地が悪い担任が言うように俺は、悪目立ちしてしまっているのだ。しかし、これは俺が自発的に何かをして目立っているわけではなく、生来のモノのせいだ。

 俺は、顔が怖い。目は鋭く眼力があり、周囲に威圧を与える。身長は190センチあり、体も筋肉質でガタイがいい。

 これのせいで、小中学校の同級生に怖がられてしまい、泣かれたことは星の数ほどある。また、大人にも気味が悪いといわれ、俺の居場所はどこにもなかった。

 しかし、高校では、心機一転。

 県を跨いだ地元の人が来ない高校に通えるようになった。誰も自分のことを知らない場所で、最高の高校生活を送ろうとウキウキしながら入学式を迎えたのだが――。


「……まあ、高校生活初日にあの事件がなかったら、もう少し友達作りもスムーズにできたのかねー」

「……どうなんでしょう。今とあまり変わらなかったと思いますよ。」


 入学式で俺は派手にやらかしてしまったのだ。

 体育館の中で、俺と同じ学校に入る同級生の皆が椅子に座っている。入学式のせいかみんな緊張しているのが伺える。かくいう俺も、入学式の後行われるクラスの自己紹介で頭がいっぱいだ。やはり、第一印象は大事だから自己紹介の時に一発芸をした方がいいのだろうか。するとしたら、自分の顔についていじった方がいいよな。

 中学校の入学式では、地元の小学校の同級生が中学校に繰り上がるから、環境は今と変わらないことをしていたせいか憂鬱だった。

 明らかにヅラをつけていることがわかる教頭先生の自分語りpart起業編を聞いていた時だ。

 隣に座っている女の子が口に手を付けて、体が前のめりになり、長い前髪に隠された顔が青ざめているがわかる。明らかに体調が悪そうだったので、だれか声をかけないのかと周りを見渡しても、誰も声をかけないので、勇気を出して声をかけようとしたのだが――――それが失敗した。


『おい』

『え?…………ヒッ――。うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁーー。』


 彼女は俺の声に気づき俺の方向に向くと、体が硬直し、数秒経った後大声で泣きだしたのだ。

 数年間家族以外と話していなかった俺は、自分が思っているより、緊張していたのだ。優しい笑顔を向けたつもりが、顔がこわばり恐ろしい形相になっていた。

 周りで、その光景を見ていた人が俺が女性を泣かして喜んでいる男だと思い、瞬く間に学校中にその情報は広まったのだ。


「そんなことよりも、唯先生。早く要件を言ってください。家庭科室にお菓子置いたままですよ」

「ああ、そうだったね。要件は特にないよ」


 唯先生はコーヒーのカップの中に、細長い袋に入っている砂糖を入れながら、さも当然に言う。


「…………はぁ~?どうゆうことですか!子供の時間は大人とは違うんですよ。若者の時間とおばさんとの時間の貴重さは天と地ほどあるんです。」

「……おい、それは。私が若くないといっているのか?上等だ、そんな正直者な生徒は生物の成績2にしてやろう」

「ちょっとまて、それやるのは反則だろ!あんたそれでも教師か!」

「教師の前に一人の乙女だ。」


 三十路、一歩手前のくせになにが乙女だ。そうやって言い合いながら話していて、唯先生が机に上りムーンサルトプレスを出す直前に、扉の奥から足音が聞こえ、扉が開かれた。


「ゆいゆいー。話って何ーー?……何やってるの?」

「いや、あのなんていうか……。プロレス的ななにかだと」

「どういうこと?ってか、あんた花崎徹?なんであんたがここに」


 あきれ半分驚き半分の表情で聞いてくる彼女は、蜜野紅羽(みつのくれは)。そう俺こと花崎徹(はなざきとおる)の同じクラスメイトであり、クラス内では一軍の女子でギャルである。

 腰あたりまで伸ばされた光沢のある黒髪。俺の方へ向いてる瞳は、俺を懐疑的にみてるせいか吊り上がっている瞳はきれいな茶色。


「私が呼んだんだ。」


 机に上っていた先生がいつの間にか下りていて、先ほど座っていた椅子に再度座っていた。


「紅羽の悩みを徹に解決してもらうためにな」

「はあ?先生もしかして、こいつがやってくれるっていうの?全然できそうに見えないんだけど」

「人を見た目で判断してはいけないぞ。それが校内で一番怖がられているとしてもだ。」

「それだって、限度があるでしょ。こいつに関して悪い噂しか流れてこないんだけど。」

「ちょ、ちょっと待て!」


 コーヒーを啜る先生に、疑いの目を向ける蜜野紅羽。俺は全く状況が理解できずに二人にまったをかけて問いかける。


「意味が分からない。唯先生なんであんた俺をここに呼んできたんだ。しかも、俺に何をやらせようっていうんだ。」


 唯先生は手に持っていたカップを傾かせて、残っていたコーヒーを飲み切った後、俺と蜜野紅羽に一瞥を向けた後、こう言った。



「君には、紅羽にお菓子作りを教えてやってほしい。」




 *************


「じゃあ、まずはクッキーを作っていこうとおもいます。」

「…………」


 俺の言葉を聞きながら、不機嫌そうに俺をにらみつける紅羽。


「はあ、どうしてこんなことに」


 先ほど理科準備室に紅羽が乗り込ん後に、唯先生にこう頼まれたのだ。


『君に、いつも家庭科室を使わせてやってるんだから、か弱い私の頼みぐらい聞いてくれ。さもないと、明日から君の青春の記憶は、クラスの隅っこで寝たふりするか、トイレ飯だけになるぞ』


 か弱いやつが、机の上からムーンサルトプレスするかよ。

 そんな、頼み事というよりも脅迫に近い話をした後、先生はウーバーイーツが届いたからといって、俺たちを置き去りにし部屋を出ていった。

 その後、唯先生という会話の潤滑油がいなくなったせいで、俺と紅羽の気まずい空気が流れていて、とりあえず家庭科室に移動した今でもその気まずい空気が流れている。


 家庭科室のいくつもある調理台の1つを俺たちは今使っている。ボウルや薄力粉、バター、卵といったクッキーづくりに必要なものがキッチンの上にのっている。

 3階にある家庭科室は、校舎の隅にあるため、基本的に誰も来ない。なので、俺の唯一の趣味であるお菓子作りを偶にここでやっているのだ。


「えっと、紅羽さん。お菓子を作ったことはあるの?」

「……あるけど、出来ないからあんたに手伝ってる状況になってんじゃん」


 まあ、そうか。俺と一緒にやるくらいだから、よっぽどの理由があるよな。


「ひとまず、1人でやってみてくれ。どれぐらい出来るのか見てみたいから」

「……分かった。」


 俺の提案に、不服ながらも首を縦に振ってくれた。

 クッキーだから、レシピを見れば基本的には作れると思うが、最悪食べられないものは出てこないだろう。


 ――――――30分後。



「……俺が頼んだのって、クッキーだよな。劇物じゃなくて」


 俺の目の前には、 黒焦げになっていて、ぐちゃぐちゃになっている半固形が並んでいた。恐らく、クッキーになるはずだったものだろう。そのクッキーは異臭を放ち、焦げ臭い匂いが家庭科室に広がっている。しかも、明らかに漆黒のオーラをクッキー自体が放っている。

 真っ赤になった顔を手で隠しながら、大いに慌てながら弁明する。


「ち、違うの!?今回のは、ちょっと調子が悪かっただけで、いつもはもう少しだけ形が残ってるし、こんなに黒焦げになってないのよ!」

「ということは、いつもドロドロで黒焦げになっているんだな?」

「……はい。そうです。」


 これは、確かにまずい状況だ。どこにでもある普通の高校で、化学兵器が生まれている。これ以上、生産者の方に化学兵器を作った要素の1つという業を背負わせてはいけない。


「渡したレシピ通りに、作ったんだよな。」

「うん、いつもみたいに、レシピを見ならがら作ってたんだけど、どうしても出来なくて」


 料理を作る前のあのツンツンとした雰囲気はなくなり、肩を落としながらレシピのページをめくる紅羽。

 レシピを見ながら料理を作ったなら、こんな風にならないはずなのに一体どうゆうことなんだ。


「これは、あたしが責任もって食べるよ。捨てるなんてもったいないし」

「…………」


 目尻に涙が少し浮かんでいる彼女は、クッキーが乗ってある板を自分の皿に盛り付ける。

 確かに、料理自体は褒められるほどの出来ではないが、彼女は自分にとって出来ることをしたんだ。

 盛り付けられた皿に俺は手を伸ばす。


「これ、もらうわ」

「えっ?ちょ、ちょっと!?」


 半ば無理やり奪った彼女の皿の上にある全てのクッキーを自分の口の中に放り込む。

 口の中に巡る焦げたことによる苦みを相殺できずにいる少しの甘味。ガリガリ、ねちょねちょした気色の悪い食感が嚙むたびに感じ、口から喉に通る焦げ臭い香りが不快さをより一層引き立てている。

 自分から出る拒否反応をなんとか抑え込み、何とかその物体を喉を通らせる。ゴクンと。

 心配そうに俺が食べている姿を見ていた彼女に向かって、何とか笑みを保つ。


「まだまだ改善の余地はあるけど、マズくはなかった。今度は俺と一緒に作ろう。」

「――――――」


 ポカーンとした表情で唖然とした彼女は、数秒経った後、唖然とした表情を崩し廊下に響くぐらい思いっきり笑った。


「あっはははははははは、絶対嘘。あたしが今まで作った中で一番ひどい出来だったんだよ。絶対マズいでしょ。あははははは!」

「……そんなことねえよ。少なくとも、俺は成長の余地があると思った」

「それって、成長の余地しかないってことでしょ。あはははははっ、面白ーい。あんた噂と全然違うね」

「その噂の内容は知らないが、まともな話じゃなさそうだな」

「そうだね、知らない方がいいと思うよ。あたし、蜜野紅羽。紅羽って呼んで」


 そう言って、ヒマワリのように満面の笑みで微笑む紅羽。

 その笑顔に少し見惚れた後、我に返り久しぶりの自己紹介に声が震える。


「俺は、花野徹だ。苗字でも名前でも好きに呼んでくれ」

「……花崎徹。トールって呼んでもいい?」

「トール!?もしかして、あだ名ってやつ?親友同士にしかできないというあのリア充のみに許された称号!?」

「あはははは、トールってば、なに面白いこと言ってるの?あだ名なんて友達同士じゃ当たり前だよ。」


 そ、そうなのか。確かに、唯先生のこともゆいゆいと言ってたな。先生と生徒が親友同士というのもおかしい話だ。

 第一、先生はリア充なんて以ての外な社会不適合者。先生という職業に付けてなければ、ニートになっていたと自負している人だ。どうやら俺の知識は間違っていたようだ。


「あだ名嫌だった?それなら、やめるけ――」

「大丈夫!トールがいいです!トールでお願いします!」

「……う、うん。それならいいんだけど」


 俺の食い気味な否定に紅羽は目を丸めながら、若干引き気味に後ずさりする。

 正直必死過ぎたかと思うが、しかし、俺にとってあだ名というビッグイベントを逃すわけにはいかないのだ。

 生まれて17年、家族以外に付けられた初めてのあだ名。やばい、顔が自然とにやけてしまう。


「俺、絶対紅羽がお菓子作れるようになるために頑張るから。これからよろしくな。」

「え、うん。不束者ですがよろしくね。」


 この日から、俺と紅羽とのお菓子作りが始まる。


 1日目

「うわーー!トール!オーブンが発火したーー!」

「どういうこと!?ちょっ、離れて離れて」


 3日目

「……しょっぱい」

「……砂糖と塩入れ間違えたなこれ」


 6日目

「……トールこれ硬くて、食べれないんだけど」

「歯が通らないな……。普通の食材使ってるはずなんだけど」


 12日目

「体がびちょびちょ。」

「まさか、蛇口がとれるなんて。ちょっ、寒いからってここで脱ぐなー!」


 22日目

「卵が無残な姿に。ひどいよ、誰がこんなことを」

「お前だ、お前。電子レンジに卵入れんな」


 31日目

「見た目はおいしそうに見えたのにー……」

「これチョコ味じゃないのに真っ黒だからだよ」



 *************


「紅羽ーー。先に行ってるぞ。」

「うん、掃除してから行くわー。」

「…………」


 紅羽に一言言ってから、俺は机の上に置いてある自分のカバンを肩にかけ、教室から出ていった。

 理科準備室で会ったときから、1か月が経った。学校がある日は毎日放課後に家庭科室で集まり、2人でお菓子作りに挑戦した。その結果、紅羽とはだいぶ仲良くなり、クラスでも話すようになっていった。


「――あ、スマホ。教室かな?」


 廊下を早歩きして家庭科室に向かっていたが、途中でいつもより服が軽いことに気づく。腰のポケットを擦るが何も入っていない。

 最後にスマホを触ったのは、ホームルームが始まる前なので机の中に置き忘れたのだろう。

 歩いてきた道を逆走して、駆け足気味に自分の教室に戻る。

 数分かかって、授業を受けるための自分の教室の引き戸をに手をかけると――。


「――――たほうがいいよ!」


 扉の奥から女性の金切り声が聞こえてきた。気になって、引き戸を少し開けて中を覗き込む。

 紅羽と見覚えのあるクラスの女子数人がいた。紅羽は、俺と最初に会った時のような不機嫌そうな表情を女子たちに向けていた。

 そんな紅羽の表情とは反対にクラスの女子たちは、不安げな目を紅羽に向けている。


「紅羽関わらない方がいいって。徹って人、他校の学校乗り込んでその学校絞めてるヤンキーの人と喧嘩して再起不能にしたんだって」

「私も聞いた。それに、ヤクザの人と関わって薬物の売買もしてるらしい」

「私は、気に入った女子は絶対に逃がさないで、子どもを作らせて逃げたらしいよ」

「唯先生の弱みを握って、無理な命令をさせてるらしいよ」


 そんな噂が流れてるの!?全部根も葉もない噂だし、最後に至っては、全くの真逆だろうが!


「しかも、小中学校ではみんなを怖がらせて地元で有名な悪ガキだったんだって」


 ……それはあってるな。俺に悪気がなくても皆を怖がらせてたのは事実だ。

 嘘の中に1つの事実があるのはたちが悪いな。

 女子たちのリーダー格のような人が俺の悪い噂言い合い合戦をしている人たちを手で静止した後、口を開いて、言い放つ。


「こんなに悪い噂が立ってる人なんだよ。関わらない方がいいって。最近では、紅羽のこともやばいやつだと思ってる人もいるんだよ」

「…………」

 紅羽は何も言わない。ただ、先程と変わらず何も喋らずに不機嫌そうな目を彼女たちに向けている。

 俺が関わってるせいで、紅羽もそんな扱いを受けてるのか。

 俺の影響で紅羽に迷惑をかけていることを知らずにいた自分自身に不甲斐なさと怒りが込みあがってくる。

 そんな変わらない彼女の反応にいら立ちを感じたのか、リーダーの人が怒気を強めて、俺にとって衝撃的な言葉を放つ。



「最初に被害を受けたのは紅羽でしょ」


 ………………は?


「入学式に泣かされたんだよねあの人に。だいぶイメチェンしてるからあの人は気づいていないでしょうけど」


 入学式?泣かされた?イメチェン?

 あいつは何を言ってるんだ?明かされた真実に脳の処理が追いつかない。


「入学したての頃は暗い感じだったけど、あの事件の当事者だってことを隠すために雰囲気変えたんでしょ」


 ……まて。待て。待て!待てっ!!


「ちょっと……待てよ……」


 頭を殴られたようなショックが全身を貫く。

 つまり、紅羽は俺が高校で最初に起こした事件の当事者。あの目隠れの女の子ってことかよ!?

 唯先生は、なんで俺と彼女を会うように仕向けたんだ。偶然?

 いや、目隠れの女の子が紅羽だってこと唯先生が知らないはずがない。

 それが本当だとして、紅羽は俺と一緒にお菓子作りをしてたんだ。リーダーの女の話を聞く限り、俺を恨んでるはずなのに。

 混乱した頭の中で自問自答が巡る。その自問自答の答えを知ろうと彼女たちの次の言葉を待つ。

 ドアの隙間から見る紅羽は彼女のけたたましい問いかけを聞いても依然として変わらない。


「どうして、そんなことしたあいつと仲良くなってるの?関わるのやめなよ!」


 …………そうだ。彼女の言う通り、俺と関わっても良いことなんて1つもない。俺と一緒に居ることで、紅羽が俺と同じ思いするのは嫌だ。

 紅羽と居なくても別にどうってことない。また、戻るだけだ。紅羽と会う前の生活に。

 でも、


「やっと、学校楽しいと思えたのにな……」


 そんな俺の思いと裏腹にドンッと何かが爆発したのかと思うほどの音が鳴り響いた。

 状況を確認すると、紅羽の横にあった机が倒されていた。おそらく、紅羽が机を倒したのだろう。

 紅羽は、周囲が驚くほど声高に怒鳴りつける。


「ごちゃごちゃごちゃごちゃごちゃごちゃうるさーーーーーーーい!!そんなこと百も承知よ!」

「――――――紅羽?」


 紅羽の突然の絶叫に呆気にとられた不思議な表情を浮かべるリーダー女子。


「噂を信じてしまうのはわかるよ。……あたしもそれで誤解してたから」

「ちょっと、紅羽」

「でもね、噂ってその人の表面の一部じゃない。あの人が誰かに暴力をしたことを見た人がいるの?彼が悪い人たちと仲良さそうにしてるの見たの?トールが寂しそうにご飯を食べてる所を見た人はいるの?誰かが失敗したときに優しく慰めてくれたトールを見た人はいるの?」

「……いや」


 紅羽は、彼女たちに問いかける。

 紅羽と彼女たちには俺と仲良くなる前から友人だったはずだ。俺の知らないところで出会い、仲良くなり友情を深めあったはずだ。

 だが、紅羽はそんな彼女たち友人の言葉を否定し、1か月間の俺との関わりから感じた俺の人柄を信じてくれたのだ。


「その人の一部を見ただけで判断するのはあたしもうやめるの……。あたしは、まだトールのことをまだ何も知らない。彼の過去もこれから何をしたいのかもわからない。」


 彼女と関わり始めたのは1か月前。俺は、まだ彼女に小中学校の話をしていない。

 俺の人生を知って紅羽がどう思うのか不安だからだ。悲しむのか憐れむのか、笑い飛ばしてくれるのかそんな嫌な考えばかり思いつく。

 彼女は得意げに胸を張る。


「でもね、2つだけ分かったことがあるの」

「……何を?」


 怪訝な表情を浮かべるリーダー女子。そんなリーダー女子に紅羽はうまく出来た絵を自慢する子供のように笑いかける。



「――――お菓子作りが得意なことと笑顔が優しいこと」



 紅羽から意外な言葉が飛びだして、リーダー女子は動揺する。しかし、その後徐々に優しい目つきになっていく。紅羽の頭に手を置き、そのまま紅羽の艶のある髪を撫でる。


「そう……なんだね。……分かった。完全には無理だけど私も色眼鏡なしで彼を見るよ。」

「ありがとう!はるのん!」

「……紅羽って彼のこと好きなの?」

「え、いや……それは秘密だよ。」

「もう、それ言ってるようなもんだけどね。でも、おしえてー」


 先程までの剣呑な雰囲気は霧散し、いつもの彼女たちのやり取りに戻ったようだ。

 俺は寄っかかっていた引き戸から離れ、彼女たちがいる教室に背を向けて、家庭科室に向かう。

 彼女が1日でも早くクッキーを作れるように、家庭科室でお菓子作りの準備をしなければならない。

 これ以上、俺が彼女たちの話を聞くのは蛇足だ。



 *************


 ――――ミーーーン。――――ミーーーーン。


 外にいるセミの鳴き声が家庭科室の中で響く。あの女子たちの事件から1週間が経ち、夏休み目前になった。

 紅羽と彼女たちは、あの事件以降仲がより深くなった。それに伴って、クラスの徹に対する視線も以前より敵意や怯えが少なくなった。

 恐らく、紅羽と彼女たち徹に対して、説得したのであろうと徹は気づいていた。


「「…………」」


 徹と紅羽はクッキーが焼きあがるのを椅子に座って無言で待つ。


 ――ピピピピピ。ピッ。


 徹はタイマーがなった瞬間、タイマーを素早く止めて立ち上がり、キッチンミトンを着けた手でオーブンから金属の板を取り出す。

 金属の板の上にあるものを徹と紅羽は見つめる。


「え、まって、うわーーーー!」


 出来上がったものに対して、驚きの声をあげる紅羽。紅羽が驚愕しているそれは。


「で、出来た……。初めて上手に焼けた。美味しそうなクッキー!」


 少し焦げかけているが、ドロドロの液体状になっていないきちんとしたクッキーだった。1か月間お菓子作りをしてきた中で一番出来のいいクッキーが出来た。

 今にも飛び上がりそうなほど喜ぶ紅羽を徹は優しく見つめる。


「そうか……。やったな」

「うん!トールのおかげだよ!」

「……いや、紅羽が頑張ったおかげだ。まあでも、クッキーに1か月半もかかるとは思わなかったがな」

「うっ……。それを言うのはなしでしょ……。結果的に出来たんだし。」

「ははは、そうだな」

「じゃあ、これで俺が教えることはないな」

「……ん?」


 徹はクッキーが乗っている鉄の板を調理台に下ろし、キッチンミトンを外す。


「この1か月半楽しかったよ。俺の人生でこんなに楽しい学校生活が出来るなんて思わなかった。」


 着けていたエプロンを外し、折り目がついている通り畳む。


「寂しいが、俺と関わらない方がいいんだろうな。クラスからの印象が変わったとしても、まだ俺のことを怖がっている奴はいる。俺と一緒に居ると紅羽まで悪い印象を受けるだろう。」


 徹は寂しげに目を伏せながらほほ笑んだ。

 今まで、自分の現状を変えようなんて思っておらず、自分が恐れられる状況は当たり前なんだと思っていた徹にとって、紅羽との出会いは劇的だった。

 その紅羽との繋がりを断つのは、俺が紅羽に別れを切り出さなければならない。紅羽は優しいから。

 それが正しくて、合っていて、妥当で、適当で、正当で、正解なんだ。

 ――――だけど。



「だけど、俺はお前とお菓子作りをしたい。」

「――――ッ。」


 

 彼女の目が大きく見開かれる。


「正しさなんていらない。それが最短距離の正しい道なんだとしても、俺は寄り道をしたって、ほしい未来を持ち続けたい。だから、これからも俺とお菓子を作ろう」


 自分の口の端を歪めて不器用に笑い、ありのままの気持ちを一片残らず言の葉に載せて喋る。

 あの時、友人よりも俺を信じてくれた彼女とまだ一緒に居たいんだ。そんな思いが徹にこの言動を取らせているのだ。


「うん。私もトールともっとお菓子作りたい。」


 そんな告白めいた宣言に、紅羽は小さく笑いながら言った。

 紅羽が言った通り、俺たちはまだお互いのことを知らない。だから、少しずつ知っていこう。君がお菓子作りをしているところ以外のことも僕はもっと知りたいんだ。俺も自分のことを知ってもらうようにするよ。彼女に知られるのが、不安で仕方がないという考えはもうない。

 そんな考えを徹がしていると紅羽は頬を膨らませて、不機嫌な目を向ける。


「てか、私まだクッキーしか作れないから。見捨てられたら困るんだけど」

「あ」


 紅羽から思いもよらないことが出て目を丸くする徹。

 そういえば、まだクッキーづくりしか教えてないんだった。

 ふと、紅羽が何か思いついたらしく、人の悪い笑みを浮かべる。


「そういえば、トールにご褒美あげるの忘れてた」

「ご褒美?」

「うん」


 そう言って、彼女はトコトコと徹に近づいてきて、徹が何かを言う前に紅羽の唇を徹の唇に重ねた。彼女が近づいてきて、流れてきた風にフローラルな香りが鼻腔をくすぐる。


「へぁ!?」


 徹が突然の事態に混乱している隙に、紅羽はサッと窓際に移動してトールの方に振り返る。


「これからもよろしくね。トールせ~んせい」


 彼女はウインクして、悪戯に成功した子供のような笑みを浮かべるのだった。

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