浦島太郎 ~鶴は千年亀は万年~
「手を放さないでくださいね」
亀は背中に乗っている太郎に言うと海の中に入っていった。
そして沖まで泳いだところでいきなり海に潜り始めた。
「ちょ……!」
待て! と言おうとした時には海中深くにいた。
太郎は慌てて手を放したがとき既に遅し。
海面は遥か上。
哀れ、太郎は海の藻屑と消え――――。
「――るわけないでしょ! 放さないでくださいって言ったじゃないですか!」
亀はそう言って太郎の襟を口に咥えると海底に向かって泳ぎ始めた。
「待て!」
と言ってから太郎は自分が話せることに気付いた。
「あれ? 話せる。てか、息が出来る。なんで……」
太郎の質問に亀が口を開こうとした。
「待った! はなさないで……!」
放されたら今度こそ溺れる。
辺りは既に日の光が届かないほど深い。
海面に辿り着くまで息は保たないから放されたら終わりだ。
命の恩人を溺死させたりはしないだろう。
そもそも殺す気なら今放っておけば溺れ死んだのだ。
太郎は亀を信じることにした。
やがて太郎の身体が硬いもの――多分、地面――に着き、亀が口を離した。
「着きました」
亀にそう言われて顔を上げると見たこともないほど大きな建物が建っていた。
見上げるほど高く、左右はどこまでも続いている。
綺麗な色の壁に様々な美しい装飾品。
そして――。
「ようこそいらっしゃいました」
と言って出迎えてくれたのは大勢の女性を従えた美しい女性だった。
全員やはり太郎が見たこともないほど上等な衣を纏っている。
「こちらが豊玉姫です」
亀が女性を紹介した。
「トヨと申します」
女性はそう自己紹介すると、
「こちらへどうぞ」
と言って先に立って歩き始めた。
広間ではやはり見たこともないご馳走が大量に出された。
「あのぉ……。ここは都なんでしょうか?」
太郎は疑問に思っていたことを訊ねてみた。
「都?」
豊玉姫が聞き返す。
「都には見上げるほど大きな建物があって、そこにやはり見上げるほど大きな大仏様がいらっしゃると聞いて一度見てみたいと……」
太郎がそう言うと豊玉姫が頷いた。
「残念ながらここは都ではありません。竜宮城です」
豊玉姫が答えた。
太郎はある程度予想はしていたので特にがっかりすることもなく頷いた。
都が海の中にあるとは聞いていない。
大きな建物があるのは都だけではないのだろう。
「大仏様がご覧になりたいのですか?」
豊玉姫が訊ねた。
「大仏様もですけど、都も一度でいいから見てみたいと思っていたので……」
太郎がそう答えると、
「では食事が終わったらご案内しましょう」
豊玉姫が言った。
「え!? ここは都の近くなんですか!?」
「いいえ」
「いや、ご馳走になった上に遠いところまで連れて行っていただくわけには……」
太郎が遠慮して手を振る。
子供達からカメを取り上げて海に放したくらいでそこまでしてもらうわけにはいかない。
今食べている食事ですら過分なのだ。
「ご心配なさらないで下さい」
豊玉姫はそう言って太郎に微笑んだ。
太郎はなんと言って遠慮しようか考えたものの、ご馳走のあまりの美味しさにすぐに気を取られてしまった。
食事が終わったと思うと豊玉姫が竜宮城の中を案内してくれた。
色んな部屋をあちこち見て歩いたのに、それでもまだ一角でしかないという。
そして、また豪華な料理をご馳走になり夜になると泊まっていくように勧められた。
そうして竜宮城での楽しい日々が過ぎていった。
ある日――
「都を見たいとおっしゃっていましたね」
豊玉姫はそう言って、行ったことのない部屋に連れていってくれた。
「ここは四季の部屋です」
豊玉姫がそう言うと、侍女が扉を開いた。
そこは部屋の中のはずなのに山があった。
山は薄紅色に染まっている。
「ここは……?」
太郎が山を染めている花に見蕩れながら訊ねると、
「ここが都です」
豊玉姫が答えた。
「ここが都……」
そう言われてみれば、建物はどれも大きく人が沢山いる。
「今日はお祭りですか?」
「いいえ、都はいつも人が多いんです」
豊玉姫の答えに太郎は改めて驚いた。
「あそこに大仏様がおられます」
豊玉姫はそう言って一際大きな建物に太郎を案内した。
「これが大仏様……ホントに見上げるほどの仏様なんですね」
太郎は呆気に取られたように大仏様を見上げて呟いた。
それから太郎は豊玉姫とゆっくり都を見物した。
遠くに見えるなだらかな山には一面に桜の花が咲いていて霞か雲のようだった。
〝あおによし 奈良の都に 咲く花の 盛りの山に 雲な掛かりそ〟
翌日も太郎は豊玉姫に連れられて四季の部屋に来た。
「ここは?」
「陸奥のいろは沼というところです」
「きれいなところですねぇ」
風は涼しく、点在する沼の周りにかわいらしい花が沢山咲いている。
〝みちのくの いろはの沼と 忘れずの 山を染めるは 夏草の青〟
次の日も太郎は豊玉姫と四季の部屋に来た。
「ここは出雲国です」
「出雲……ここが須佐之男命の歌で有名な……」
草原の向こうに海が見える。その手前には大きな湖がある。
「向こうに宿があります。今日はそちらに泊まりましょう」
豊玉姫に誘われるまま太郎は宿に向かった。
〝八雲立つ 出雲の原の 秋草の 君と結ばん 永久の契を〟
翌日――
「過分なおもてなし、ありがとうございました。そろそろ帰りたいと思います」
太郎は後ろ髪を引かれる思いでそう言った。
「では最後の部屋にご案内しましょう」
豊玉姫はそう言って四季の部屋に向かった。
「ここは那須というところで、あそこに温泉があります」
豊玉姫の指した方を見ると雪景色の中の泉から湯気が上がっている。
「これが温泉ですか……」
沸かしたわけでもないのに温かい水なんて初めて見た。
太郎は豊玉姫に促されて温泉につかった。
「いや、いいお湯でした!」
太郎に言葉に豊玉姫が微笑んだ。
「太郎様、ここへ残っていただけませんか?」
豊玉姫にそう言われると迷ってしまうが残してきた人達のことも気になる。
「……そうですか。では、亀に送らせます」
豊玉姫はそう言って竜宮城の門まで太郎を案内した。
太郎が亀に乗ろうとした時、
「那須の湯の たぎる想ひは 湯にけぶる 煙と消ゆか 君に問はまし(私の想いは湯けむりのように消えてしまうのか、あなたに聞いたら答えてくれますか?)」
豊玉姫の歌に、
「残ります!」
太郎は即答した。
「そこは歌で返しましょうよ」
亀が呆れたように言った。
その後、太郎と豊玉姫は竜宮城で幸せに暮らした。
〝あおによし 奈良の都に 咲く花の 盛りの山に 雲な掛かりそ〟
枕詞:あおによし、被枕:奈良、な~そ:禁止(「な掛かりそ」で掛かるな)
〝みちのくの いろはの沼と 忘れずの 山を染めるは 夏草の青〟
忘れずの山:不忘山(御前岳)
〝八雲立つ 出雲の原の 秋草の 君と結ばん 永久の契を〟
歌枕:秋草の、被枕:結ぶ
〝那須の湯の たぎる想ひは 湯にけぶる 煙と消ゆか 君に問はまし〟
歌枕:那須の湯の、被枕:たぎる




