坊主で振られた俺が、なぜかキスされるまで
「俺と、付き合って欲しい!」
「………………って」
「え?」
「…………坊主って…………無理」
告白したら、そう言い残して走り去られてしまった。
神田晴人、17歳の高校2年生。野球部で坊主。俺は幼馴染に告白し、坊主が理由で振られた。
告白した相手は木之下遥華。艶のある長い黒髪に、整った顔立ちで同い年で存在感のある高校生。見た目は派手すぎず地味すぎないが、どこか存在感のある少女。それは持ち前のスタイルからというのもあるが、将来は美容師を目指しているのもあり、美容に気を使っているからだと思う。学校でも年を増すごとに人気にも綺麗にもなっていっているように感じる。
正直、超超超超超超超超好きだった。マジでこれからこんなに好きになるなんて思わないくらいには好きだった。
ちなみに今日は、新チームとなって初めて臨んだ野球の全国大会で、自分で言うのもあれだが大活躍だった。
ピッチャーとしては、2試合中で16回投げて1失点。打率も6割超えと勝利の立役者と言ってでも過言ではないと思う。
遥華も、珍しく応援に来てくれて、学校からの帰り道がたまたま一緒になり、今日を逃したら他にないと感じた。
絶好の告白日和で、勇気を振り絞ったのに……だったのに………………
坊主が理由で振られるなんて………………。
顔を合わせなくないと言わんばかりの遥華の行動に、心が折れて粉砕骨折したみたいだ。
遥華と釣り合うくらいには、頑張ってきたつもりだったのにな。
夕日に照らされて意気消沈していた俺は、振られた反動なのか走馬灯のように過去を思い返す。
小学生の頃に一緒に登下校したのは良い思い出。
中学に上がってからは部活が違うから帰りの時間に差はあれど、自主練の時は時々話し相手になってくれた。
時々、人の心を見透かしたようなアドバイスをしてくるから、意外とためになる程度と思っていた。
そんな俺が遥華に惹かれていったのは必然だった。
高校になってから、遥華はどんどん人気者になっていった。元々、コミュ力は低くないし、美貌にも磨きがかかっていった。しかも、勉強もできるとなるとモテないわけがない。
次第に距離を感じ始めたから、俺はなにか胸を張れるような結果を求めた。何事にも変え難いアイデンティティと、自己肯定感が欲しかった。
そして、勇気を振り絞って告白したってのに…。
「ヤベェ…………失恋ってこんな辛いのか」
そもそも、美容師を目指しているような女子が、坊主の男を好きになるなんて到底なかったのだ。
昔は俺の髪を切ってくれるくらいには、仲が良かったのに……。
まぁ、あの時は確か、遥華が間違えて髪を切りすぎて初めて俺は坊主になったんだったな…。
それすらも、今となっては良い思い出…………。
あーーー、もうなんか全部どうでもいい。あーーー、もうやだ、やだやだやだ。
世界を恨んだが、ここで引き下がるのは、俺らしくない。
坊主なのが悪いなら、坊主じゃなければいいのではないか?
そうして帰宅して風呂を入って脱衣所で目にしたのは、親父の育毛剤。
「親父!!!育毛剤使っていい!?」
「何だ急に。そんなの必要ないだろ。それよりも、今日の試合の録画、少しだけど見たぞ。凄かったな」
「そういうの今はいいから!!!今は俺は、髪を生やさないといけないんだ!!!」
「どうせ丸刈りにするから意味ないだろ。何のために……」
「俺の尊厳のため!!」
よっしゃゃゃゃーーーー!!!!!!
この後、髪を生やすために死ぬほど頑張った。
そして、湿った枕の上で起きた次の日の学校。
テニス部の友人である建が話しかけてきた。
「で、告白はダメだったのか?」
「坊主は無理だってさ」
「まぁ坊主が好きって割と少数派だからな〜。俺は坊主が嫌でテニス部入ったし」
「………………」
「元気だせって、別の女子でもいいだろ。実際、お前って意外と人気あるんだぜ?俺ほどじゃねーけど」
「彼女持ちは黙ってろよ!」
「そんな口聞いていいのか?ヘアセットとか教えてやってもいいぜ」
「すみませんでした。教えてください!お願いします!!」
「そういう真っ直ぐなところは好きだぞ」
こんな調子で、大会で勝って忙しくなったのも重なって、遥華と明確に距離をとってから数ヶ月が経った。
俺の髪は次第に伸びていき、スポーツ刈り程度の長さになった。
コーチから髪の長さに関して「短くしてこい」と言われたが、
「今の俺で、打率10割なら文句ないですよね?」
と宣言し、有言実行。俺の髪は守られた。
全ては髪を整えて、もう一度遥華に告白するために。
それからしばらくして、遥華から珍しくLINEの通知がきた。
※※※※※※※※※
私は木之下遥華。17歳で高校2年生。将来の夢は美容師になること。
私は、人の心が読める。
それを自覚し始めたのは、中学生の頃くらいからだった。
あんまり覚えてないのは、訳がある。
人の考えてることが分かるのは、坊主、またはハゲの人だけなのだ。
理由は分からないが、多分頭を守るための髪がないからだろう。
髪の生えている人相手だと、何となくの喜怒哀楽しか分からないし、そんなの表情や態度を見れば大体分かるから意味がない。
そんな自分の力を自覚し始めた中学の頃。
基本的に考えてることが分かるのは、ハゲの先生か野球部の坊主だけ。
でも、1人だけ少し違っている男子がいた。幼馴染の神田晴人。
野球が好きな努力家で、ちょっとカッコいいし、ちょっと優しいし、どこまでも裏表のない男子。
時々頭の中に入ってくる男の下心はシンプルに嫌だったけど、晴人は真っ直ぐだった。
それでいて、私の事を心の中で、可愛いと思っている。
中学の時の下校の時は、
「明日、試験だけど勉強してる?(横顔めっちゃ可愛い)」
「んーー、私はぼちぼちかな〜」
「絶対、勉強してるやつじゃん(頭もいいとか反則かよ。可愛い)」
「晴人だって、成績悪いわけじゃないでしょ?」
「真ん中くらいだからな〜(それじゃお前と釣り合わねぇだろうが。可愛い)」
私のこと好き過ぎでしょーがーー!!!
初めはちょっと嬉しいだけだったけど、段々と晴人の思いが強くなっていつくのを感じてからは、なんだかこっちが恥ずかしくなった。
だから、少しだけ距離をとった。褒めの供給過多すぎる!
そんな努力家の晴人に可愛いと言われたから、より可愛くて綺麗になろうと私も努力した。食事管理から日々の運動等等、美容の知識を色々と実践したのが身を結び、着実に身体に表れてきたと思う。
それから少しして、晴人から告白された。
「俺と、付き合って欲しい!(好き好き超好き、超超超超超超超超超超超超超超超超超好き)」
久しぶりに思いを真正面からぶつけられた私は、恥ずかしくて死にそうになった。
晴人の投げた渾身のストレートを受け取ることができず、それからはあまり覚えていないけど、息が上がっていて自宅の玄関にいることから走り去ってしまったのだと分かった。なんて返事をしたのか改めて思い出すと、
「…………坊主って…………無理」
Q.これって、振ったことになる???
A.…………………………なる
あああぁぁぁーーー!!!
やらかした、やらかした、やらかした、やってしまった。
このやらかしは、晴人を誤って坊主にしてしまった以来だ。
後日、晴人に話しかけようとしても、あからさまに距離を取られる始末。
それは仕方ない…………………仕方ないとはいえ、ちょっとくらいなら話してくれてもいいと思うけど、相手は真っ直ぐ過ぎる晴人だ。
メンタルの骨折程度で済めば、まだ良い方だと思う。
私の不安が的中したのか、事もあろうに、晴人は髪を伸ばし始めた。
髪を伸ばすと、心の声が聞こえなくなるし、晴人が周りの女子から声をかけられることが多くなっていくのを感じた。
晴人のことが好きなのは、私なのに。
何かしないといけない。
そう考えて行動するまでしばらくして、意を決した私は、晴人を家に呼び出した。
「やっときた……」
「一応、約束の5分前なんだけど」
玄関で晴人と迎えると、いそいそと靴を履いて外に出る。
「どこか行くのか?」
「裏庭。ついてきて」
「いきなりなんで?」
晴人は戸惑った様子で私について来る。
振った相手にいきなり家に来てなんて言われたら当然と言えば当然そうなるか。
「座って」
「…………何で?」
「散髪するの。晴人の髪があまりに鬱陶しくて、見るに耐えなくなってきたから」
「でも、短髪は嫌いなんじゃ……」
「いいから!」
晴人は渋々椅子に腰をかけると、緊張しているのか深呼吸をしている。
やっぱり、心の声は聞こえない。
あれだけ、私のことが好きだったのに、今はそうでもないのかもしれない。
ちょっと……ほんのちょっとだけ寂しい。
バリカンの電源を入れると、晴人はギョッとして、
「ちょちょちょちょいちょいちょ待ち!!バリカンは嫌な予感しかしない!!!」
「ツーブロックにするつもりなの。最近、学校でもやっていいってなってるから、大丈夫。耳元の両方を刈り上げるだけだから」
「そうなのか。じゃあ、分かった」
「後、完成するまで、目は閉じてて。良いっていうまで、開けちゃダメだから」
「分かったよ」
髪を切っていくうちに、段々と晴人の考えてることが分かってくる。
不安と、焦りと、期待……??まだよく分からない。
「あ、やば」
「やばって何!?―ってか、そんなところバリカン使うの!?」
「……………………ぅん」
「今の間は何!?信じるけど、超不安!!(やべえ、やっぱ好き。諦められない。どうしよう。やっぱ超好き)」
髪を短くすると、溢れ出る晴人の心が伝わってくる。
「なんか、超頭がスースーするんだけど(冷静になって考えると、振られたのに、何で俺、遥華の家で髪を切られてるんだろう。ふぁーーー!めっちゃ幸せ)」
「気のせい気のせい」
「マジで頼むぞ。(てか、マジで短すぎねぇか?坊主は苦手なんじゃ……??まぁすぐ終わるよりは全然いいけど。ずっと髪切っていてくれねぇかな〜)」
安心している自分が、嫌になる。
私は晴人が思うほど、可愛くも綺麗でもない。
化粧で顔を変えるのは、何とかすればできることが分かった。
でも、人間的な根本部分を変えるのは難しい。私は晴人ほどの良い人間じゃないから、本音を隠して有耶無耶にしてしまう。
こんなに好きだと思ってくれるなら、それに見合った自分が必要だ。
今の私は、そうなれてるかな?
「ねぇ、もしも、人の考えてることが分かったら、どうする?」
「急にどうした? (これもう、坊主っぽいな。何でか分からんけど。まぁいいや、また伸ばそう)」
「ん〜〜何となく。美容師ってそういう何でもない会話上手くない?だから、その練習〜みたいな」
「え〜〜そうだな。ピッチャーが投げる所に狙いが絞れるから、常にホームラン狙う、かな。(まてよ、また伸ばしたらまた髪切ってもらえるんじゃね!?!?幸せの永久機関の完成じゃねぇか!!!)」
「ゴホッ……っくっ」
「大丈夫か!?」
「大丈夫。ちょっと、むせただけ」
でも、私だけが考えてる事を聞かせないもの、それこそフェアじゃない。
「はい、完成。でも、まだ目は開けないでよ」
「なんでやねん(それはいいから、お前の顔が見たい)」
「…………本当に、ちょっと待って」
心の準備はした。やっぱり緊張する。でも、少しは正直にならないといけないから……
だから、私は、晴人と唇を重ねた。