WEB小説が賞を取った結果、かつての護衛騎士と元婚約者に迫られました。
【第6回トゥインクルノベル賞 銀賞受賞】
※銀賞受賞作は書籍化確約!
『トリトニア公女は平和に暮らしたい!』鳥亜円香
・講評
世界観設定がかなり作り込まれていて、実在の国が描かれているのかと錯覚するほどで非常に読み応えのある作品でした。幸福から遠ざかりながらも最後まで力強く前を見据える公女からどんどん目が離せなくなり、著者の筆力を感じます。公女にずっと寄り添い続ける護衛騎士か、土壇場で救いの手を間に合わせた隣国の王子か、魅力的な二人のヒーローのどちらを選ぶのか気になる展開のまま物語にエンドマークが付けられているのはやや残念ですが、その分今後の展開にも期待できると考え銀賞に選出となりました。設定が重厚な分、序盤の文章量の多さは人を選ぶ作りになっているため、初読の読者を離さないような構成作りが今後の課題です。
◇◇◇
私、小窪寿々花(26)ことペンネーム鳥亜円香はごく普通のOLだが、前世の記憶を持っている。
前世の私はマルジェラ・トリトニアという名前で、トリトニア公国という小さいながらも資源に恵まれた国の女王――おそらく最後の――だった。
両親を不幸な事故で亡くし突然女王に即位したが、即位からわずか一年足らずで他国から侵略戦争を仕掛けられ、捕らえられるよりはマシと考え、まだ幼い弟妹を隣国に亡命させてから自ら命を絶った。
マルジェラとしての人生は最後は辛いことばかりだったけど、決して悲しいことばかりの一生ではなかった。こうして全く異なる世界に生まれ変わったからには『過去は過去、今は今!』と気持ちを切り替えて、趣味に生きると決めて今世を謳歌している。
そんな私の趣味は、WEB小説の投稿だ。
はじめてWEB小説に触れたのは高校一年生の頃。
クラスで大流行していたWEB小説の書籍版を友達から借りて読んだことをキッカケに、前世を思い出した。思い出した理由が、その小説にトリトニア公国だと思われる国の描写があったからだ。慌てて既刊を全巻読破し著者のSNSアカウントに宛ててDMを送ったところ、著者が私と同じ前世持ちだとわかり、その人とは今でも仲良くしている。
◇◇◇
『マルちゃん、受賞おめでと~!これで書籍化作家の仲間入りだね!』
『メルさん、ありがとうございます。まだまだ書籍化作家だなんておこがましいけど、精一杯頑張ります…!メルさんもトゥインクルノベルから書籍化してますよね?どんな感じですか?』
『安定した中堅どころのレーベルって印象かな。コミカライズにも力入れてるし、そっちのチャンスもあるといいね』
メルさんことメルフィーナ・クラディス様はトリトニア公国の南西に位置する大国の王女様で、母女神様の祝福持ちの美姫としてその名を大陸中に知られている人だった。今世では星ヶ丘メルのペンネームでWEB小説を執筆していて、書籍化作品が多数ある売れっ子作家にして、唯一の転生者仲間だ。
『明日は仕事を早上がりして、担当さんと打ち合わせしてきます』
『お、早速だね。担当さんはなんて人?』
『天門さんっておっしゃる方です』
『私の担当さんとは違う人だな~残念。男性?女性?』
『男性の方です。ちょっと緊張してます…』
『もし万が一、何か嫌なことされたらすぐに言うんだよ!私の担当さんに告げ口するから!!』
『はい、心強いです。ありがとうございます』
自分の前世の出来事を小説にしたのはメルさんの影響が大きいが、それだけじゃない。せっかく思い出した大事な前世を、もう二度と忘れないよう書き残しておきたかった。あと、物語の中でならかつての自分が辿り着けなかったハッピーエンドに辿り着いてもいいのだと思えたからだ。
(私が自決したことで、悲しんだ人は多かっただろう…)
特に、幼い頃から私を守り最後まで傍に居てくれた護衛騎士と、女王に即位したことで婚約解消したにも関わらず、弟妹の亡命を受け入れてくれた隣国の王子。
小説ではラブ要素を盛って書くために実際の本人たちとの出来事をかなり脚色して書いたけど、実際は甘やかな出来事などほぼなかった。だけど、かつての私は立場を忘れて二人と恋愛してみたかった。もし護衛騎士と主従関係じゃなければ、女王に即位せず婚約者と結婚出来ていたら…何度も何度も考えた。うぬぼれかもしれないけど、二人も私の事を想ってくれていると感じていたので、そんな二人に報いるような内容が書けたと自負している。たとえそれが私の自己満足でも、こうやって受賞して書籍化までこぎつけたのだ。せめて私だけでも今世にまで悲しみを引き継がず、嬉しくて楽しい出来事に昇華出来ればいい。
―――――そう思っていたのに。
◇◇◇
「マルジェラ女王陛下、こうしてお目に掛かれる日が来ることを、二年六ヶ月待ちわびておりました」
「そ、それって私が『トリトニア公女』一話を投稿した日から、今日が二年六ヶ月目ってこと…!?」
「その通りです。マルジェラ様が証跡をWEB上に残してくださっただけでなく、まさか当編集部の賞に応募してくるだなんて…この上ない僥倖でした。他の担当候補者を蹴散らし無事に今日を迎えられたことを、母女神に感謝の祈りを捧げます…!」
「待って待って話が見えない。え、確認なのだけどあなた、シラーよね…!?」
「はい。陛下の護衛騎士シラー・ウィルソン、今世でもお仕えするべくあなた様の傍に戻ってまいりました」
「いや待って!?お仕えするんじゃなくて、担当編集さんなんでしょう!?」
トゥインクルノベル編集部からやってきた担当編集の天門さんは、待ち合わせ場所の駅改札前で私を一目見るなり感極まった表情で跪き、衝撃の告白をした。
「前世のあなたの護衛騎士です」と。
◇◇◇
「えぇっと…やっぱり、結構多いの?私みたいな作家さん…」
「多いというほどではありませんが、数名いらっしゃいます。ハッキリと思い出してはいないものの、断片的な記憶から物語を起こしている方もいますね」
「だからこのジャンルの小説がここまで流行ったのかしら…」
「おかげでこうして再会することが叶いました。今世ではもうお傍を離れません」
「いやいやいや何を言ってるのよあなた…」
シラーの今世での名は天門冬樹といい、トゥインクルスターブックス社内で中堅どころの編集者をしているという。前世では同い歳だったけど、今世では私の5歳上の31歳だそうな。
「俺はレーベルの立ち上げから参加しているのですが、その際に勉強と称して他社のヒットタイトルをいくつか読みまして。とある先生の作品を読んだことをキッカケに前世を思い出しました」
「それってもしかして、星ヶ丘メル先生の?」
「その通りです。星ヶ丘先生の作品にはトリトニアや近隣諸国をモデルとしたであろう舞台が数多く描かれてますから」
まさか思い出したキッカケまで同じとは。メル先生様様だ。
「いいと思った作品をいち早く書籍化するためこまめにサイトを巡回しているのですが、陛下…いえ、鳥亜先生の作品を見付けた時の衝撃たるや…」
「そうよね。私が思い出したぐらいなんだから、誰か私の事を知ってる人が読む可能性はゼロじゃないわよね…なんでその可能性を今まで考えなかったんだろう私…」
「あ、受賞は編集部の総意ですからね。俺が贔屓したわけではないので、ご安心ください」
「あなたがそういうことをする人とは思っていないわ、大丈夫よ」
「陛下…勿体ないお言葉…!」
喫茶店で向かい合ってコーヒーを飲んでいたシラーこと天門さんがまた泣き出したので、周囲の目を気にして必死に宥める。
「ちょっと、シラー…じゃなくて天門さん、落ち着いてください!」
「陛下、俺にさん付けなどなさらなくても…」
「あなたは私の担当編集者で、私はまだ書籍化もしていない新人作家!今の立場を忘れないで!!陛下呼びは禁止!!!」
「へい…鳥亜先生…」
渋々と言った様子で、今の立場に倣った振る舞いに切り替えてくれた天門さんと今後の話を進める。
「刊行時期は、夏頃を目指しています。WEB版が完結済みで文字数もノベルにするのに十分な量がありますが、当レーベルとしては続きを書いていただきたいと考えています」
「でも、実際には売上次第…ってことですよね?」
「商業のラインに乗せるからには、そうなりますね。とはいえ記念すべき最初の書籍です。気負い過ぎず楽しんで作業してもらって、うちのレーベルから出してよかったと思ってもらえるよう尽力します」
「ふふ、ありがとうございます。今世でもあなたに支えてもらえるなんて、光栄なことだわ…」
天門さんには陛下呼び禁止と言っておきながら、思わずかつての彼と重ねてしまう。婚約が決まって国を離れることになり悲しんでいたときも、両親を亡くし急遽女王として即位することになったときも、いつだって私を支えてくれたのはシラーなのだ。私の護衛騎士だったことで波乱万丈な一生を送ることになった彼に、今世で少しでも報いたいと思う。
「沢山の作家さんがいる中、銀賞に選んでくださってありがとうございますと編集部の皆さんに伝えてください。少しでもレーベルに貢献できるよう、頑張ります!」
「皆には、謙虚で前向きな先生だったと教えなくてはいけませんね。ところで、お会いしたら絶対に伺おうと思っていたことがあるのですが…」
「はい?なんでしょうか」
「『トリトニア公女』は、恋のお相手に護衛騎士を選ぶんですか?それとも予定通り隣国の王子と結婚するのですか?」
「それ、どうするか決められなかったんですよ!どっちを選んでも納得しない読者さんはいるだろうし…」
「今世では身分差はありませんし、俺も独身で幸いなことに交際相手もいません。鳥亜先生は今、お付き合いされている方はいますか?」
「天門さん…?」
なんだか会話の雲行きが怪しくなってきた。
警戒する私の手を取り、天門さんは真っすぐに私を見つめてこう続けた。
「あなた様のことを、前世からお慕いしておりました。決して叶うことのない想いなので表には出しませんでしたが、今でも変わらない本気の想いです。あなたの書く『トリトニア公女』の物語を読んで、あなた自身であろう公女の力強さに惹かれ、あの頃のことを鮮明に思い出す日々を過ごしておりました。そして今日実際にお会いした鳥亜先生はお美しく、少し言葉を交わしただけでも真面目で謙虚なお人柄が伝わってきます。出会ったばかりでこんなことを言う軽薄な男だと誤解されるやもしれませんが、この想いは前世からのものです。どうか俺と、結婚を前提に交際していただけませんか?」
思いもよらない告白に、思わず固まってしまう。
ずっと傍に居て、前世の最後のその時まで見届けてくれた大事な護衛騎士に、こんなことを言われるだなんて。
というか、彼との思い出を思いっきり美化してちょっとしたラブシーンまで小説に書いてしまった私、とんだ痴女ではなかろうか。本人に読まれるだなんてこれっぽっちも考えていなかったのだ。酷い羞恥プレイだ。
「わ、私は、えっと、その…」
「高給取りというわけではありませんが、安定した職に就いています。次男なので継ぐ家もありませんし、もし鳥亜先生が一人っ子なら婿入りも可能です。両親も程よく放任で嫁いびりなどをするタイプではなく、兄嫁とも良好な関係なのが証拠です。疑うなら今からでも挨拶の電話を掛けられます。俺の趣味は読書と貯金なので、金銭面では不自由のない堅実で安定した暮らしをお約束します。蔵書量は大変なことになってますが、俺の本は読み放題と思っていただければ…」
「も、物凄く売り込んでくる…今日って婚活の日?だったっけ…?」
「――どうか王子ではなく、私の手を取ってください」
心臓がバクバクして、まともに彼の顔を見られない。
回答に窮していると、勢いよく喫茶店のドアが開き一人の男性が大股で私たちの席に近付いてきた。
「くぉら、天門!抜け駆けするなって言っただろーが!!」
「……チッ」
「舌打ちすんな聞こえてるからな!?」
「もうちょっとで頷いてもらえるところだったのに…」
「絶対こうなると思ってた…!あぁ、マルジェラ姫、お騒がせして申し訳ありません。お元気そうで何よりです。そして今世でも変わらずお美しい…」
「あ、あの、あなたは…?」
突然割り込んできた男性は懐のポケットから名刺を取り出し、丁寧な仕草で名乗りを上げた。
「僕はトゥインクルノベルの編集長を勤めております、千葉善弥と申します。前世ではヴァンベール王国の王子をしてました」
「…まさか、ゼルフォード様なのですか?」
「覚えていてくださって光栄です、マルジェラ姫。今世は最後まであなたと共に在りたいと思い、無粋な行いではありますがいてもたってもいられずこうして馳せ参じました」
私の事を最後まで姫と呼び続け、一方的な都合で婚約解消したにもかかわらず弟妹の亡命を受け入れてくれて、いつだって優しかったゼルフォード・ヴァンベール様。
編集長ということは、彼も私の作品を読んでいるのだろう。ますます恥ずかしくなってきた。彼とのラブシーンもばっちり書いてるよ私…!
◇◇◇
「改めまして、トゥインクルノベル賞へご応募いただきありがとうございます。昨今このジャンルでは溺愛系が伸びる傾向にあるので『トリトニア公女』を銀賞以上に押し上げることは難しかったのですが、完結済みのWEB版から更に加筆を加えて公女の恋の行方まで書き切ることで読者を増やせる作品だと思っております。二人の男性のどちらと結ばれるのか敢えて明言しないところに先生の強い意志を感じましたが…」
「い、いえそんな、恐縮です。正直に言うと、どちらと結ばれるのか悩みすぎてしまって、WEB版はあのような形で終わらせてしまいまして…」
「書いているうちにキャラクターに愛着が湧くのはいいことですよ。不幸になるはずのキャラが幸せになったり、途中退場する予定の敵キャラが味方に転じることは、物語が生き生きしている証拠です。ましてやあの二人のモデルは、ここに居る我々でしょう。どちらかを選ぶのは尚更難しかったのではと…」
その通りだけど、本人に言われると恥ずかしいやら申し訳ないやらで、顔がますます熱くなるのを感じる。
「編集長、鳥亜先生の担当は俺です。これ以上割り込んでくるようでしたら業務妨害と言うことで上に報告します」
「天門こそ、今日初めて顔合わせした新人作家に一方的に迫ってたと上に知られてもいいのか?間違いなく担当は外されるだろうし、それだけじゃすまないかもな」
「であればその前にあなたを葬るまでだ」
「お前マジ上司に対する態度がなってないにも程があんぞ!?」
仲がいいんだか悪いんだかよくわからないやり取りを続ける二人を見て、なんだかほっこりした。前世でもことあるごとにこうして言い合っており、隣国の王子が相手だろうと私のことなら一歩も引かないシラーを嗜めつつも頼もしく思っていたし、護衛騎士の不敬な行いにも「それだけ姫が大事なのでしょう。彼のような男があなたの傍にいることを心強く感じています」と寛大にも受け入れてくださったゼルフォード様となら、きっといい夫婦関係を築けると思っていた。
「えっと、実は『トリトニア公女』がどちらと結ばれるか考えて書いた続きがあるんですが…」
「「本当ですか!?」」
食い気味なところまで息ピッタリだ。これはもう仲良しと言っていいのではなかろうか。
「実はですね、どうしても決めきれなくて…それぞれと結ばれるエンドを書いたんです」
「マルチエンドということですね。ゲームだけじゃなく、最近小説やマンガでもよく見かけます」
「今日の打ち合わせで担当編集さんに読んでもらって、より良い方を書籍版に収録して選ばれなかった方をWEB版にしたいと相談するつもりでいたんですが…」
「書籍版は護衛騎士と結ばれる方にしましょう」
「天門待てコラ!せめて読め!!」
「王子と結ばれるエンドなんて読みたくありません!!!」
「職務放棄すんな!!!」
私を置き去りにして二人は再び言い合いを始めた。店内なので声量抑え目なところには感心してしまう。
(それにしても、これを二人に読んでもらうの…あまりにも……)
前世では誰とも添い遂げることなく清いまま一生を終えて、小窪寿々花としても中学から大学までずっと女子校で男性が少ない職場に就職したせいで、正直言って恋愛経験に乏しい。恋愛小説や少女漫画を沢山読んで精一杯想像しながら書いた稚拙な恋愛エンドを、張本人たちに読まれるのは耐え難い。
「わ、私、明日も仕事があるので今日はこれで失礼します!天門さん、またメールでご連絡しますね。では!!」
テーブルに千円札を置き、二人があっけに取られている間に逃げるようにしてお店を出て、すぐさま電車に飛び乗った。
◇◇◇
「はぁ…疲れた……」
さっと着替えて自宅のベッドにごろんと寝転ぶ。今朝家を出たときは、こんなことになるだなんてちっとも想像していなかった。
「めちゃくちゃ驚いたし正直まだ混乱してるけど…二人とも、相変わらず顔が良い…」
シラーとゼルフォード様が、天門冬樹と千葉善弥として今世で元気に生きている。それがわかっただけでも小説を投稿してよかったと、落ち着いたら素直にそう思えた。しかも前世から変わらぬ顔の良さを保持していて、異性への耐性が低い寿々花には目に毒だ。今後はなるべくメールと電話でやり取りしようと思う。
混乱していたとはいえ逃げるように店を出てしまったので、二人へ謝罪とこれからの事についてメールを送ろうと思い、頑張って起き上がる。しかし、ゼルフォード様こと千葉編集長のメールアドレスを確認しようとカバンから名刺入れを出そうとしたところで、とんでもないミスを犯したことに気付いた。
「………お、置いてきちゃった」
その場で読んでもらうためにプリントアウトして持参していた『トリトニア公女』の恋愛パートを、ファイルごと置き去りにしてきてしまった。
まずい。めちゃくちゃまずい。年齢指定が付くような描写はしていないものの、自分的にはかなり際どい描写を深夜のテンションで書き上げてしまったのだ、不特定多数の読者に読んでもらう分には構わないけど、あの二人にだけは読まれたくない。せめてもうちょっと表現がマイルドなものに差し替えたい。
ピコン!ピコン!
「ん?メール…?」
スマホの通知欄を見ると、全く同じ件名のメールが二通届いていた。
差出人は天門さんと千葉編集長で、件名は――
『原稿読みました!』
こうして鳥亜円香の商業作家人生は幕を開けたのだった。
こんなの書いたら私が亡国の公女だってバレちゃうな…
思いっきり冗談ですスミマセン。
中編の完結ハイで書き上げました。ご笑納ください。