08.イダとオリーヴ-IV-
絢爛なホールで大きな歓声が上がった。沢山の蝋燭に火が灯され、まるで都市が炎上しているかのようだった。
来賓たちは出身地の衣装に身を包んでいた。彼らが食事を終えると大きなテーブルは撤去される。彼らはオリーヴを豪華な寝室へと連れていき、ベッドの上に載せて横たえさせた。
イダは涙に頬を濡らしながら寝室を訪れる。ドアを閉め、鍵をかけると、彼女は妻の横たわるベッドへと近寄り、優しく囁いた。
「私の甘く愛しい人、そして誠実な私の妻であるあなたに、私は『──良き夢を。おやすみなさい』と伝えざるを得ないのです。私にとって難しい事情があるのです。私を信じて下さい」
その言葉と共に、彼女はオリーヴを抱擁する。
新妻はとても賢かったので、しっかりと答えた。
「ええ、勿論です。愛しい人、私たちはここで二人きり。そしてあなたこそ何よりも私の望んでいた御方。それはあなたに見た徳性の為です」
「私が私たちの快楽を求めているなどとは思わないで下さい。私はそのようなことに興味は無かったのです。いっそのこと御来賓方がお帰りになるまでの15日間は延期して頂けたらとお願いしますわ。『そのようなこと』で揶揄われたり窘められたりされたくないのです。その時までには、私たちも元気を取り戻しているでしょう」
「何より私にはあなたの美徳が捕らわれている(※欲望が抑圧されている)ように感じます。私はあなたとキスすること以外にも抱擁することを望んでいるのですけれど、私的で親密な愛に限っては私はそこから解き放たれることを望んでいます」
イダは答える。
「気品高く、名誉あるお嬢様。私はあなたの求めに応じましょう」
そして二人は口付けをして互いを抱き締めた。しかしその夜に戦場のような鳴き声は聞かれなかった。
翌朝。オリーヴは目を覚ますとドレスを身に纏い、彼女自身を贅沢に飾り立てた。彼女が結婚によって女王になることが決まったからだ。
オトン王は、朝になって彼の娘がどれだけ変わったのかを確認するために、詳しく取り調べを始める。
「我が娘よ」と、彼は尋ねる。
「結婚した御身はどのようであっただろうか?」
「お父様」娘は答える。
「私の好みにぴったりでしたわ」
そうして宮殿は爆発するような笑い声に包まれ、沢山の贈り物がオリーヴ宛てに届けられた。祝宴は8日間続き、それから賓客たちは彼らの故郷へと帰って行った。
結婚式から約束の14日が過ぎたその日も、イダはいつものように妻と共に身体をベッドに横たえる。しかし彼女は相変わらず妻に語り掛けるだけで、その身体を親密に触れるようなことはしない。
オリーヴは焦燥感を得て疑念を抱き、自分自身を伴侶に押し付けて促した。
イダは、妻が何を求めているのかとても良く承知だったので彼女に向き直り、最早真実を隠すことはしなかった。そしてイダは、この物語の始まりから今までの一部始終を語り始める。
──彼女が女であること。父親の元から逃亡したこと。そして故郷を離れて見知らぬ国に辿り着いたこと。
彼女は憐れみを乞いながら全てを告げた。
オリーヴは驚きつつも、一通り聞き終えた後でイダを優しく慰めた。
彼女は聖母に誓って言う。
「私はお父様にはこのことを告げません。我らの主はあなたに私を与えました。ですから安心して下さい。誠実である限り、あなたは大丈夫です。私もあなたと共に、運命に立ち向かいます」
──とある小姓が二人の会話を盗み聞きしていた。そして明日イダを告発してしまおう、彼女の身体から魂を切り取ってしまおうと、神に誓っていた。
夜が明けた。二人の娘が目を覚ましたその朝に、小姓は──こいつの父親の魂が呪われてしまえ!──、絢爛なホールにいる国王の前に現れた。
彼は聞き知ったことを全て国王に告げた。つまり王様が娘とローマと全ての領地を与えてしまったイダは実のところ女である、と。
国王はさっと顔色を変えた。そして小姓に言う。
「聖処女に誓って述べよ。貴様は何と言ったのか。このろくでなしで悪党の不愉快な裏切り者が。もし貴様の言ったことが嘘ならば、貴様の首を刎ねてやるぞ!」
「国王陛下、今言ったことは本当の本当にございます。陛下はこの問題をご自身で調べ上げるべきなのです」
国王は嘆き悲しみ、落胆して頭を抱える。そして如何にすれば真実を見つけ出せるのか考えた。やがて彼は絢爛なホールに風呂桶の準備をするという計画を考案する。
国王は風呂に入ると、イダを呼んだ。彼女がやって来ると、さっそく命令を下す。
「服を脱ぐように。一緒に裸の付き合いをしてくれると私は嬉しい」
美しい身体をしたイダは、酷く怯えながら答えた。
「高潔な国王であられる陛下、どうかお許しいただけるならばご容赦願います」
国王は言う。
「そなたは服を全て脱ぐのだ。もし私の聞いたことが事実であれば、私はそなたたち二人を火刑にするであろう」
イダは恐怖に震え、オリーヴは息を呑んだ。彼女は跪いて神に慈悲を乞う。
国王は廷臣たちを呼び集め、すべてを打ち明けた。彼は深く悲しみ、そして言う。
「諸卿等よ、このことについて私に助言して貰いたい」
「彼らを焼いてしまえ!」と、全員が叫んだ。
イダが身震いしていると、天空から光が降りて来た。
神の送り給う天使である。
天使はオトンに告げる。
「安寧を。威厳ある王イエス・キリストが命により汝らは風呂に入り、件の問題は放棄せよ。余は汝に真実を告げよう。汝には臣下に優れた騎士イダがいるであろう。神はその慈悲深きにより、かの者に男を形作る全てを与えたのだ。来たれ、若者よ」
天使は更に付け加えて言う。
「かの者は汝に真実を告げたが、それはすべて過去のこと。今朝、かの者は乙女であった。しかし今や男の肉体を持っている。神にはあらゆるものを支配する権能があるのだ。善き王オトンよ、今より八日後に汝はこの世を去り、来世へと旅立つ。汝は娘をイダと共に残す。そして彼らはクワソンという息子を得る。彼を愛さない者たちのために多くの善行を積み、厳しい貧困に苦しむであろう」
それらの言葉と共に、ローマの人々に安寧を与えた天使は去った。そしてその日、クワソンは受胎された。
イダとオリーヴの物語はひとまずここで終わり、ユオン・ド・ボルドーの物語サイクルは二人の子である王子クワソンの物語に触れた後、イダとオリ―ヴの続編を展開する。
こちらはイダがフローレン亡き後のアラゴン王国を取り戻してアラゴン国王となり、また王子クワソンがローマ国王になるまでの物語である。イダはアラゴン国王として40年間国を治め、妻オリーヴとの間に7人の子供を儲けたという。