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癒しの力とその代償

最後までお付き合い頂けたら幸いです。

 聖女はその絶大な癒しの力と引き換えに、何かしらの代償を負う。


 ある聖女は癒しの力を使う度に寿命が縮まり、若くして亡くなった。


 またある聖女は誰かを癒す度に、激痛に襲われたという。しかし、痛みに耐え奥歯がボロボロになっても、力を使うことはやめなかった。


 歴代の聖女に比べれば私はまだ、癒しの神に好かれているのかもしれない。


 私が癒しの力を使うと、相手は私のことを忘れてしまう……。


 どれだけ親しい人だったとしても、怪我や病気が治った途端に全くの他人になる。そしてそれ以降、私に関わろうとはしない。


 癒しの神様曰く『癒しは一人に対して一度だけ。癒しを受けた相手は死ぬまで、お前のことを忘れたまま。そして、お前のことを避ける』らしい。


 これは力に目覚めた後、しばらく経ってから啓示されたのだけれど……。


#



 私が癒しの力に目覚めたのは九歳の時。


 まだ片田舎の農村に住んでいた。父親は村に三人いた猟師のうちの一人で、毎日のように森に入り山鳥や猪、時には魔物も仕留めて持ち帰る。それを村人に分け、代わりに農作物をもらう。


 決して豊かではないが、穏やかな生活。ある日突然、それが崩れた。


 きっかけは父親の大怪我だった。森で出会した魔物にやられたのだ。


 千切れかけた右腕を左手で押さえながら、血みどろで村に帰ってきた様子を今も鮮明に覚えている。


 村に医者などいないし、いたとしてもどうしようもない怪我だ。母親は狼狽え、父親は出血によりどんどん弱り、やがて意識を失った。


 神様、どうか父を助けてください。私はどうなっても構いません。


 泣きじゃくりながら何度も何度も祈った。そして、それは通じてしまう。


 私の手に白くあたたかな光が灯ったのだ。その手を父親の右腕にかざすと、時を巻き戻すように骨が繋がり、傷が塞がった。


 母親は奇跡が起きたと飛び上がる。


 やがて意識を取り戻した父親は、元通りになった右腕をさすりながら「お前は誰だ」と私に言った。


 それから父親は私を避けるようになった。母親が「エマはあなたの娘よ!」と何度訴えても聞く耳を持たない。次第に母親も諦める。


 私は家で孤立するようになった。



 私が癒しの力に目覚めてから二年が経った時だ。村に教会からの使者がやってきたのは。私の噂が行商人を通じて広まっていたのだ。


 使者は私に教会に来るように言った。その頃には何度も癒しの力を使ったせいで、私は村の中で疎まれる存在となっていた。


 ちょうどいい。もう村にはいたくない。


 私が母親に「教会で暮らす」と伝えた時、ホッとした表情を浮かべたのは、きっと仕方のないことだったのだ。



#



 王都の教会で暮らすようになって間も無く、私は聖女に認定された。それにより、生活は一変する。


 教会内に個室を与えられ、衣食住が約束された。


 しかし勿論、何の見返りも求めない程、教会は優しい組織ではない。


 私は一日に何度も、癒しの力を行使させられた。


『教会に多額の寄進をした者は聖女の癒しを受けられる』


 貴族や商人が毎日やって来て、「聖女様、どうか私に癒しの光を!」と宣い、健康な身体を手に入れると不機嫌な顔をして去っていく。


 私は、私を守るために心を閉ざした。


 なるべく人と関わらないように毎日を過ごす。自分は道具なのだ。道具は道具らしく、物言わず淡々と役割をこなすべき。


 そんな生活がもう五年続いている。私はいつの間にか「氷の聖女」と呼ばれるようになっていた。



#



「エマ様。枢機卿がお呼びです」


 その日の務め──四人に癒しを与えた──を終え、自室に戻りぼんやりと過ごしていた時だ。ノックの後に入ってきたシスターが珍しいことを言った。枢機卿が私に何の用だろう?


「何かありましたか?」


「申し訳ございません。私は何も聞かされていないので……」


 シスターは顔を伏しながら小さな声で答える。何か良くないことなのだろう。


 手を引かれ、枢機卿の執務室まで連れてこられた。シスターは「では……」と断り、いなくなる。一人で行けということらしい。


 重厚な扉をノックすると、「入れ」とぶっきらぼうに返ってきた。心を平坦にして中に入る。


 豪奢なデスクにふんぞり返っていた枢機卿は、前に会ったときよりも大分ふっくらしていた。贅沢をしているのだろう。


「調子はどうだ? エマ」


「私の体調でしたら普段通りです」


「ふん。まぁいい。早速だが本題に入る。お前はこの国の状況を知っているか?」


「いえ。私には関係ないことですから」


「現在、王国は北の帝国と戦争中で、かなり劣勢だ。このままだとこの王都まで攻め入られるかもしれない」


「そうですか」


「まるで他人事のようだな。兵士達は国を守るために必死に戦っているというのに」


 私は国の一部なのだろうか? 兵士達は私を守ってくれるのか? そんな疑問が湧いてくる。


「で、国王はある決断をした。第一王子、アルベール殿下を最前線に送る。殿下は武神に愛されている。必ずや、帝国を打ち破ってくださるだろう」


「私には関係ない話かと」


「慌てるな。まだ続きがある」


 枢機卿は不機嫌な顔をしてから続けた。


「国王は第一王子の側に聖女エマを置くことを教会に要求した。王子を失うわけにはいかんからな」


「つまり、私に戦争にいけと?」


「そういうことだ。帝国との戦争に敗れれば、教会の存続も危ういからな。今の皇帝は反教会主義だ」


 不思議と嫌な気分にはならない。たとえ死ぬことになっても大した問題ではないと思えた。


「わかりました」


 枢機卿は少し驚いた顔をしてから「出発は三日後だ。親しい者に別れの挨拶をしておけ」と言った。


 親しい人の顔がひとつも浮かばなかった。



#



 教会に馬車が迎えに来て、そのまま随分と長い間、客室で揺られている。最前線までどれくらいかかるのだろうか? ここはどこなのだろう?


 少し気になって窓の外を見ると、直ぐそこに馬の顔があった。驚いて声を上げると、外から笑い声がする。


 一体誰だろう?


 窓から顔を出すと黄金色の髪を靡かせる若い男が馬車に騎馬を並走させていた。


「君がエマかい?」


「……そうですが」


「氷の聖女なんて呼ばれているからどんな女かと思ったら、普通の若い娘だな」


 勝手なことを言う男だ。


「あなたは?」


「アルベールだ」


 第一王子……。


「大変失礼しました。お詫び申し上げます」


 なんとなく謝ってしまった。


「やめてくれ。謝るのはこちらだ」


「アルベール殿下が?」


 首を傾げると、それを見て困った顔をする。


「私のせいでエマ、君を巻き込んでしまった。父上には何度も意見したのだが聞き入れてもらえず……。すまない」


 何故アルベール殿下は謝っているのだろう? 第一王子の命が大事なのは、私でも分かる。


「殿下が謝る必要はございません。私には人を癒す役割があります。便利な道具だと思ってください」


「君は……」


 何かを言い掛けたところで、別の騎馬がアルベール殿下に近付いて来た。近衛兵だ。


 殿下は隊列の乱れを注意され、近衛兵と共に騎馬を飛ばして消えてしまう。


 私はこの時、何故だか分からないけれど名残惜しい気分になった。



#



 最前線へ行くまでの間、アルベール殿下は何度も私の側に来た。そして色々な話をしてくれた。


 特に興味深かったのは神様の話だ。


 この世界には沢山の神様がいる。それはなんとなく知っていたのだけれど、具体的にどんな神様がいるのか私は知らなかった。


 アルベール殿下は博識で、何を聞いても面白おかしく教えてくれる。私はいつしか、彼との会話を楽しみにするようになっていた。



「殿下は武の神様の加護を得ているのですよね?」


 翌日には王国軍と合流するという夜。焚き火に向かって座りながら、尋ねた。


「あぁ、そうさ。私が剣を握ると様々な奇跡が起きるんだ」


 パチパチと薪がはぜる。風で炎が揺れた。


「帝国軍を簡単に退けるほどの?」


「どうだろう。帝国には魔法の神様の加護を得た王子がいるんだ。今回の侵攻はその王子が総大将を務めている」


 アルベール殿下の横顔は少し不安そうだ。


「大丈夫です。癒しの光はどんな怪我でも治してしまいます。魔法で焼かれても、元通りに」


「でも、君のことを忘れてしまうのだろ? そして遠ざけてしまうと……」


 目が合う。


「それは些細なことです」


「そんな──」


「仕方がないのです。私は神様に願って癒しの力を得ました。自分で望んだことなのです」


 アルベール殿下に向けたのか。自分に言い聞かせたのか。


 二人無言になり、薪のはぜる音だけが響く。


「簡単な話だな。私が無傷で帝国を下せばいいのだ」


「……そうですね」


「明日には戦場だ。そろそろ休もう」


「はい」


 焚き火から離れると急に寒くなる。肩を窄めていると、アルベール殿下が私の手を握った。


 ゴツゴツとした手はあたたかく、ずっと離したくない。


 天幕に行くまでの僅かな時間、私の心臓はずっと早鐘を打っていた。

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