8話 王宮のパーティー
研究室を取り戻しにきたデルムを撃退し、ソフィアはついに研究室を手に入れた。
今まで狭い研究室で、デルムの雑用ばかりをさせられていたソフィアにとっては、誰にも邪魔されず時間を気にせず研究できるこの場所は天国に等しかった。
心の中では何度もレオにお礼を言った。
研究室にはレオの執務室の真似をして、疲れたらいつでも寝れるようにベッドを置くことにした。これで徹夜の問題は改善される。
それとデルムが無理やり部屋に入ろうとした件から、扉の鍵は絶対に解除できないように強化をした。ついでに自動的な反撃も少し強めにしておく。無理やり入ろうとすれば、手に激痛が走る仕様だ。
そんな最中、レオが研究室にやってきた。
研究室への来訪を珍しく思いながら、ソフィアはレオを迎えた。
「ふむ、有効活用ができているようだな」
部屋に入ってくると紙や色んな草やすり鉢などが広げられた机を見てレオは頷いた。
「はい、レオ様のおかげで毎日が楽しいです」
「お望みなら、もう一度研究室を取ってきてやるぞ」
「ふふ、ご冗談が上手ですね」
ソフィアはクスクスと笑う。
しかしいつもは無表情のレオが少し目を落としていることに気がついて、レオが冗談を言ったわけではないことに気がついた。
「え、冗談ではないんですか」
レオは頷く。
ソフィアは慌てて首を振った。
「だ、大丈夫です! 今のままで十分ですから!」
「分かった、また必要になったら言ってくれ」
レオに言えばまたデルムから研究室を取ってきてくれるのだろう。
いくら権力を使って研究所に研究室を沢山こさえているデルムとはいえ、そう何個も研究室を取るのは罪悪感があるので避けたい。
そんなことを考えながら、ソフィアは研究室にやってきた理由をレオに質問した。
「どうして今日はここに?」
「頼みがあってやってきた」
「頼み?」
「婚約者として俺と一緒にパーティーに出て欲しい」
「パーティーにですか」
「ああ、どうしても断れなかったんだ」
詳しい話を聞くところによると、レオは王宮でのパーティーに出席して欲しいと国王からお願いされたらしい。
レオは宰相という立場なので、王宮でのパーティーに出て欲しいのだとか。
国王の頼みなら断れない。
そういうことで仕方なく参加することになったのだが、婚約者も連れてきて欲しいと言われたそうだ。
「それなら了解しました。私もパーティーに参加します」
「助かる」
「助かるって、婚約者なんですから当たり前ですよ」
ソフィアは微笑む。
そんなソフィアをレオは驚いた目で見ていた。
そしてこくりと頷いた。
「そうか、ではよろしく頼む」
そして約束の日が来て、ザワザワと騒がしい場所にやってきた。
ソフィアは現在、王宮で開かれたパーティーに参加していた。
あまり慣れないドレスに身を包み、精一杯貴族らしく振る舞っている……のだが。
なぜかとても視線を感じる。
いや、理由は分かっている。自分の隣に立っている息を呑むような美丈夫が目を引いているのだ。
(確かに、息を呑むくらいに格好いい……)
ソフィアは改めてレオを見る。
髪色に合わせた黒を基調とした服で固めているレオはどこか怪しい雰囲気を感じさせる。
レオの鋭い目を見るとピリピリと冷えた空気が伝わるような気がした。
周囲の令嬢の羨望と嫉妬の混じった視線を受けていると、ソフィアの視線に気付いたのか、レオはソフィアに質問した。
「どうした」
「あ、いえ何でも……」
「そうか」
レオは淡白な反応を示してまた前を向く。
また無言の時間が続き、ソフィアはそわそわし始めた。
婚約した、と言っても二人はこの間初めて会話をしたくらいなので、まだ距離を測り損ねていた。
といっても、距離をどうこう考えているのはソフィアだけで、レオは全く気にしていないが。
「あの、レオ様」
「何だ」
ソフィアは勇気を出してレオに話しかける。
「そのお姿、よくお似合いです」
「ああ、お前も綺麗だ。よく似合っている」
レオは至って冷静に頷きながらそう言った。
「っ!!」
単純に褒めたつもりが予想外のカウンターを喰らったソフィアは顔を真っ赤にする。
そして口をパクパクとさせていたが、しばらくすると落ち着いたのか、下を向いて静かになった。
「あらあら、独り身同士、傷の舐め合いでもしてるのかしら」
そんな言葉をかけられて、ソフィアは顔を上げた。
声の方向を見ると、そこにはロベリアが立っていた。
赤色の髪に、深紅瞳をしたロベリアはクスクスとソフィアとレオを見て笑っている。
そしてロベリアがいるということは……。
「ふん、確かにお似合いだな。悪人同士、通じるところでもあったのか?」
予想通りロベリアの隣にはデルムが立っていた。
研究所の時と同じように真っ白なマントをつけているデルムは、まるで正義の騎士のように見えなくもない。真っ黒なレオとは正反対だ。
正義と悪の衝突。
周囲の人間からはそう見えているのだろうか。
「悪人というのは誰のことを?」
レオが冷たい声でデルムにそう言った。
「お前らのことに決まっているだろ?」
「生憎、全て冤罪だと言わざるを得ない」
レオは敵意を隠すこともせずにデルムに言い返している。
一方でソフィアはロベリアとデルムの発言に疑問を抱いていた。
(あれ、私たちが婚約したのを知らない……?)
「レオ様、私たちが婚約したことは」
「ああ、知らないようだな。まあ、あまり公開していないからおかしな話でもないが」
そういえばソフィアも周囲にはレオと婚約したことは話していなかった。
レオもあまり伝えていないようなので、思ったよりもソフィアとレオが婚約したことは周囲に知られていないようだ。
「あらあら、仲がよろしいのね。傷の舐め合いというのは本当だったのかしらぁ?」
ソフィアとレオの様子を見ていたロベリアが嘲笑まじりに挑発してくる。
レオは元婚約者であるロベリアに対してもデルムと同じ敵意のこもった冷たい目で睨み返す。
「今日は俺が彼女にエスコートを頼んだんだ」
「ふぅん、不釣り合いじゃない?」
もちろん、ソフィアの方が、だ。
ロベリアは単純な罵倒をソフィアに浴びせた。
自分とレオが不釣り合いであることの自覚があるソフィアは少し気を落とした。
しかし──。
「釣り合っているかどうかは俺が決める。行くぞ」
レオはソフィアの肩を抱くと方向を転換させ、その場を離れた。
ソフィアはレオの顔を見上げる。
引き寄せられた力は少し強引だったが、ソフィアはレオが自分を庇ってくれたのだと理解した。
「ありがとうございます……」
「婚約者を守るのは俺の役目だ。気にするな」
先日ソフィアが言った言葉のお返しだ。ソフィアは頬を赤らめた。
そのまま肩を抱かれながら歩いていると、先ほどまでの視線がより強くなる。
しかしソフィアにはもうその視線を気にする余裕はなく、ひたすら密着しているレオに対して意識が行っていた。
誰も見ていない隅の方までやってくると、レオとソフィアは壁に背を預けた。
今度はレオの方からソフィアに話しかけた。
「そういえば、お前は今何を研究しているんだ」
「よくぞ聞いてくれました!」
ソフィアは目を輝かせてレオに顔を近づけた。いきなり至近距離に顔を近づけられたレオは後ずさる。
レオが「あ、失敗したな」と言いたげな表情になったが、ソフィアは気づいていない。
「今私が研究してるのは、色々な草を潰して混ぜ合わせて、そこに魔力を流して反応を見る実験です!」
「……どういう結果になるんだ」
「光る煙が出てきます。いい香りの。魔力の流し方で色が変わってとても綺麗なんですよ!」
ソフィアは力説する。
レオはその実験結果を聞いて少し沈黙するとソフィアに質問した。
「…………それは何の役に立つんだ」
ピシリ、とソフィアが固まった。
そして憤慨すると強くレオに抗議する。
「なっ!? や、役に立つかはどうでもいいんです! そういう研究があることが大切なんです!」
「ははっ、そうだな」
レオはあまりに必死なソフィアに堪えきれず笑みを漏らした。
そんなレオにソフィアはますます頬を膨らませる。
「研究者にその言葉は禁句なんですからね!」
「すまない」
ソフィアが軽くレオの胸を叩くと、レオは降参するように両手を上げた。
「お前は、今まで会った他の令嬢とは違うな」
「……そうでしょうか」
「ああ、お前みたいな奴は初めてだ」
ソフィアはそんなに自分が他とは違うかを考える。
確かに、魔術の研究が好きなところは他の令嬢とは違うだろうが……。
「少し、周囲に合わせた方がいいでしょうか」
「いや、お前はそのままでいい。むしろ、そのままが良いんだ」
ソフィアがそう言うと、レオは真剣な目で首を横に振った。
「そ、そうですか……」
ソフィアは頬を染めて俯いた。
「初めて会った時はもっと暗い女かと思ったが、俺の目は間違っていたようだ」
「暗いって……」
初めて会った時とは、研究所の廊下でぶつかった時のことだろう。
「今は違うんですよね」
「そうだな、今の方が生き生きとしていて、良いと思う」
レオの言う通り、レオと出会うまでソフィアは暗かった。
ソフィアは元々、パーティーの時には無表情でデルムの後をついていくだけの、暗い雰囲気の人間だった。
しかし労働から解放され、自由を手に入れたソフィアはデルムの時には見せていなかった表情を見せるようになっていた。
「ありがとうございます」
ソフィアは穏やかな笑みを浮かべてお礼を言う。
これもデルムと婚約していた時には見せなかった表情だ。
そして、そんな新しい表情を見せるソフィアを遠くからデルムが見つめていたが、ソフィアは気づいていなかった。