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【コミカライズ化!】虐げられの魔術師令嬢は、『氷狼宰相』様に溺愛される  作者: 水垣するめ
一章 冤罪で婚約破棄された私は『氷狼宰相』様と婚約することになりました。
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7話 新しい研究室と取り返しに来たデルム

「研究室だ……!」


 翌日、ソフィアは研究室を手に入れた。


「広い……!」


 ソフィアは感動しながら研究室を見渡す。

 デルムがいつも自分の研究室として使っている部屋よりは狭いが、一人が使う研究室としては十分に広かった。

 それに今までは腕を伸ばせば壁に当たる暗い狭い部屋で研究をしていたので、ソフィアには研究室があるだけでもありがたかった。


「でも、残された本が……」


 どうやらデルムたちは昨日のソフィアと同じく、最低限の物だけしか持ちだすことができなかったのか、色々と魔術素材や資料、本などが置いたままになっていた。

 一通りどんなものがあるのか見ていると、とある物を発見した。


「あ、これ私の研究のメモ……」


 昨日デルムに奪われた、元の研究室に置いていた研究資料やメモや素材はここに運ばれていたようだ。

 見たところ全てある。どうやら研究室だけではなく、資料も取り戻すことができたらしい。


「よかった……これだけは買い直せないから」


 ソフィアは実績がないため、研究所からの研究資金が一切降りておらず、元の研究室のものは全て自費で揃えていた。

 ただ、素材だけは元々あったものとごちゃごちゃになってしまっており、どれが自分のものか判別できない。

 デルムに権利を主張されて仕舞えば回収されてしまうだろう。

 素材は値が張る物が多かったので残念だが、仕方がないだろう。

 素材や本はともかく、資料やメモはお金には変えられない物だ、取り返せたのはありがたい。


「う〜ん。殆ど使えないな……」


 時間があったので置いてあった研究資料やメモを見ていたのだが、どれも興味をそそられるものは無い。

 というか、研究として質が非常に悪い。

 特にデルムの研究は酷い物で、書かれていたのは研究としての体を成していない。

 正直殆どが資料と言う名のゴミだった。

 デルムの派閥は研究所内で権力を見せびらかして幅を利かせることが目的なので、研究の質は良くないようだ。


「後で研究室の外に出しておこう……でも勝手に出して大丈夫なのかな……」


 この研究室にあっても邪魔なだけなので、勝手に移動させても問題はないのかレオに確認しに行こう、とソフィアは考え時だった。

 ドンドン、と強めに扉がノックされた。

 ソフィアは扉を開ける。するとそこにはデルムと、デルムの派閥の人間が並んでいた。


「何故ここにお前がいる」

「私の研究室だからですが……」


 その瞬間、デルムとその一派が一斉にソフィアを非難し始めた。


「ここは俺の研究室だ、返せ!」

「そうだ! デルム様の物だ!」

「何を勝手に使っている!」

「ち、違います。ここは私の研究室です」

「違う! お前が勝手にこの研究室に居座ってるんだ!」

「人聞きの悪いことを言わないでください。私は正式な手順に則ってこの研究室を手に入れました。管理局の方に確認してください」


 王宮にある管理局でこの研究室の権利がソフィアにあることが確認できる。

 そこまで主張するなら、自分で確認しに行けばいい。

 ソフィアはそのつもりで言ったのだが、下に見ているソフィアに顎で使われるような発言をされたことが気に食わなかったのか、デルムはさらに怒った。


「何だと! 今すぐお前をここから追い出しても良いんだぞ!」


 デルムがソフィアに詰め寄る。

 元々争いごとが苦手なソフィアは怯むが、デルムの目を見て言い返した。


「追い出されたのはあなたの方では……?」


 デルムは激昂した。


「っどけ! 俺の研究室だ!」

「痛っ!」


 デルムがソフィアを強引に押し除ける。ソフィアは悲鳴をあげた。

 そして研究室の扉を開けて、中に入ろうとした。

 しかしドアノブに触れた瞬間、火花と共にデルムの手が弾かれた。


「がっ! 何だこれは!」

「魔術で扉に守りをかけました。無理やり中に入ろうとすれば自動的に反撃します」

「貴様、そんなことをして良いと思っているのか! 俺の物なんだぞ!」


 デルムがソフィアを睨む。


「鍵をかけておいただけです。留守をしている間に研究成果を盗られては敵いませんから」


 ソフィアは自分の研究を盗み出したデルムに対してそう皮肉を言った。


「ふざけたことを……!」

「この部屋の鍵は私にしか開けることができません。中にある本や素材を運び出したい、というのであれば鍵を開けますが。もちろん、魔術を解除できるならそれでも構いませんが」

「ぐっ……!」


 デルムは歯噛みをして思考する。

 デルムや、ここにいる人間の腕ではこの鍵を解除することはできないと悟ったのだろう。


「そこまで自分のものだと主張するなら、管理局の役人を呼んできたらどうですか。その方に判断してもらった方が白黒はっきりするでしょう」

「良いだろう……! 呼んできてやる!」


 完全に頭に血が昇ったデルムは怒りの籠った目でソフィアを睨みつけ、白のマントを翻すと足早に歩いて行った。





 そして管理局から役人が呼んでこられた。

 公平そうな青年で、真面目そうな顔は少しレオに似ている、とソフィアは思った。

 そんな役人に対してデルムは怒鳴る。


「こいつが俺の研究室を乗っ取り、自分のものだと主張しているんだ! 今すぐに追い出してくれ!」

「この研究室ですか……」


 役人は紙を広げ、確認する。

 そして首を傾げた。


「権利はソフィア・ルピナスと書いてあります。あなた達の研究室ではありませんよ?」

「昨日までは俺たちの研究室だったんだ! それが不当に奪われたんだ!」

「そうだ! 昨日宰相に奪われたんだ!」

「昨日まで俺たちが使っていたんだぞ! それなのに急に追い出されて納得できるか!」


 先日突然ソフィアを研究室から追い出したくせにどの口が言っているのか、デルムとその派閥の者達は役人にそう訴える。


「落ち着いてください。正式な手続きを経てこの部屋の権利は完全に彼女に移っています」


 役人は激昂するデルム達を宥める。

 しかしヒートアップした彼らは止まらなかった。


「権利など知るか! ここは俺の物だ!」

「それは国王様より認可されたこの権利書を無視する、ということですか? もしそうであれば国王様へ叛意ありとして報告させていただきますが」

「ぐっ……!」


 役人に痛いところを突かれたデルムは言葉を詰まらせた。

 デルムはギリギリと歯を噛み締める。

 自分の研究室を取り戻したいが、国王が認可した権利書を無視する訳にはいかないと葛藤に揺れているようだ。

 そこでソフィアが口を挟んだ。


「この部屋の荷物なら運び出しても構いませんよ。元々あなた方のものですし」

「何?」


 デルムの顔色が変わり、ソフィアの発言に食いついた。

 元々、デルム達の研究資料に関しては処分するつもりだった。デルム達に持っていってもらえるならそれが一番良かった。

 ソフィアはデルムに乗じてデルム達を利用するつもりだった。


「ただし、条件があります」

「条件?」

「荷物を運び出す最中、私と役人の方も立ち会います」

「何故そんな条件がある。荷物を運び出すのにお前は邪魔だ」

「ここには私の荷物もあります。荷物を運び出すというのを建前にして私の物を盗まれたくありませんから」


 ソフィアがそう言った瞬間、デルムは目を剥いてソフィアに詰め寄った。


「ここにあるのは全て俺の物だ!」


 デルムは至近距離でソフィアを睨むが、ソフィアは少しだけ気圧されながらも毅然と言い返す。


「じょ、条件が飲めないようならここは開けません。お帰りください……!」

「おい! こいつをどうにかしろ!」

「私はどうにもできません」


 役人は冷たく首を振る。

 デルムは悔しそうに歯噛みしながらもソフィアの条件を飲むしかなかった。

 そして荷物を運び出す作業が始まった。

 本棚に置かれていた本や紙や資料が運び出されていく。

 邪魔にならないように壁際に立ちながら、ソフィアは隣に立つ役人に頭を下げた。


「申し訳ありません。ここまで付き合わせてしまって」

「いえ、これも管理局の仕事ですから。それに、少し嬉しくもあります」

「嬉しい?」

「こうして横暴に振る舞う貴族や王族を諌めるために管理局に入ったので、今まさに理不尽から守れたことが嬉しいのです」

「ありがとうございます」


 ソフィアは役人に対してお礼を言った。

 この人がいなければ、謂れなき非難を続けるデルムを処理するのに時間がかかっていただろう。


「いえいえ。それにしても埃っぽいですね」

「ええ、窓を開けましょうか」


 ソフィアは埃っぽいので窓を開けようとした。

 その時だった。

 デルムの派閥の一人が、ソフィアの紙や資料が入っている箱に手を伸ばしたのだ。


「それは私の物です」

「はぁ? 違う。これはデルム様の物だ」

「いいえ、これは私の物です。触れないでください」

「なんだ、何があった」


 騒ぎを聞きつけたデルムがやってきた。

 そしてソフィアの紙や資料が入った箱を見つけると、目の色を変えた。


「おい、それは俺のものだ。嘘をつくなソフィア」


(始めからこれが目的だったのね……)


 恐らく、デルム達の目的は『水障壁』に関する紙や資料を回収しに来ようとしたのだろう。

 万が一にも研究成果を盗んだことがバレれば、デルムの地位は地の底まで下がる。

 それを回避するために、血眼になってこの資料を回収しようとしているのだ。

 加えて、もしソフィアがまたデルムに魔術を奪われた、と訴え始めた時の対抗カードとして決定的な物を用意できる。


「元からそれはデルム様の物だ! 早くデルム様に返せ!」

「そうよ、勝手に自分の物だって主張しないで!」


 派閥の人間からデルムを援護する言葉が飛んでくる。

 デルムは得意気に腕を組んで、ソフィアに手を差し出した。


「さぁ、早くそれを俺に渡せ」


 ソフィアはデルムに答えを返さず、静かに箱に入った紙を何枚か取り出すとデルムに見えるように広げた。


「デルム様はこれを自分の物だとおっしゃっていますが、これを見てもまだそう言えますか?」


 ソフィアは紙を取り出し、紙の隅の方を指した。


「ん? 何と書いているのですか」


 役人は目を凝らして何が書かれているのかを見ようとした。


「これは私のサインです」


 紙にはソフィアの字でサインが書かれていた。


「このサインはすべての紙に書かれていますが、それでも自分の物だと言いますか?」


 デルムに魔術の論文を奪われてから、ソフィアはその悔しさをバネに全ての紙に対してサインを書くようになった。

 扉の魔術と同じく、ソフィアが身につけた自己防衛の一つだ。

 紙全てに書いてある、という発言に対してデルムは知らなかったのか言葉を詰まらせる。


「こ、こんなもの後から書いたに決まって……」

「それなら筆跡鑑定にも出しましょうか」


 ソフィアはすかさず逃げ道を塞ぐ。

 もちろんこの紙にも資料にも書いてある文字は全てソフィアの文字だ。

 いくら筆跡鑑定を出しても返ってくるのは「ソフィアの持ち物」という答えだけだろう。


「ぐっ……!」


 さすがに形勢が不利なことを悟ったのかデルムはソフィアの研究資料を奪うことを諦めたようだった。


「もういい、そんな紙切れくらいくれてやる!」


 そしてソフィアは今度こそ研究結果を守れた。

 荷物を運び終わるとデルム達は研究室から追い出された。


「おい、俺を誰だと──」


 デルムは最後まで何か言っていたが、ソフィアは何も聞かなかったことにした。

 役人と二人だけになった部屋の中で、ソフィアはお礼を言った。


「ありがとうございました。あの、お名前は……」


 ソフィアは今まで名前を聞いていなかったことを思い出した。

 役人は胸に手を当てて貴族らしい挨拶をした。


「イアン・ヒドコックです。以後お見知り置きを」

「ヒドコック様ですね。改めましてソフィア・ルピナスです。これからもよろしくお願いします」

「それでは私はこれで失礼します」


 イアンは今度こそ管理局へと帰って行った。


「よし、これから掃除しなくちゃ」


 ソフィアはそう言って、埃の舞った部屋の掃除を始めた。

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