57話 オークの呪い
2回目投稿。まだ読んでない人はそちらからどうぞ。
レオはロベリアのいる牢屋へと向かった。
牢屋といっても、他の囚人と同じような鉄格子の檻ではなく、デルムがいる塔と同じような建物だった。
ロベリアはオーネスト公爵家の悪事を密告した、という経緯もあり、この塔に特別に収監されていた。
レオは看守からロベリアがいる牢屋の鍵を受け取り、螺旋階段を登っていく。
外から鍵をかけられる重そうな金属製の扉の鍵を回し、部屋の中へと入った。
部屋の中はまるで貴族の部屋のような一室のように、調度品や、寝心地の良さそうなベッド。そして別室にはトイレやバスルームまで備え付けられていた。
テーブルの上で紅茶を飲むロベリアは、入ってきたレオを見て笑顔を浮かべる。
「あら、レオ様。いらっしゃい。こんなところですが、くつろいで行って下さいな」
「ふざけるな」
絶対零度の、凍えるような声でレオはロベリアを睨みつける。
そのまさしく氷狼を思わせる瞳を前にしても、ロベリアは平然としていた。
「一体どうされたのです。私はもう全てお話ししましたよ。一族秘伝の毒も、どうやって毒を盛ったのかも。オーネスト家の余罪までペラペラと話しましたから、逆立ちをしたって私からは何も出てきませんわよ」
「ソフィアに呪いをかけただろう」
「何の話でしょう。私は呪いなんて一度もかけたことが……」
「惚けるな。お前しかソフィアに呪いをかける人物はいない」
「…………やっぱり、誤魔化しは通用しませんか。やはり十年連れ添った婚約者ですね」
ロベリアは呪いをかけたことがレオに露見してしまったというのに、どこか楽しそうだった。
「今すぐにソフィアにかけた呪いを解け」
「そう言われましても。私からは解く理由がありません。私から愛する婚約者を奪ったソフィアが苦しんでいるなら、それが一番素敵なことなんですから。ああ、そうだ一つ言っておきますが、私を殺しても無駄ですからね」
腰の鞘から剣を抜き始めたレオに、ロベリアは軽く注意をする。
「呪いはかけた人間が死ぬと、解けない呪いに変わります。あなたの愛する婚約者が一生呪われたままで良いと言うなら、私を殺していただいても構いませんよ」
「……」
レオは抜きかけた剣を鞘にしまった。
渋々、といった表情でレオはロベリアに質問する。
「お前はどうすればソフィアの呪いを解く」
「私が自ら呪いを解く条件は、レオ様が私ともう一度恋人になってくれることですわ」
「無理だ」
「即答ですか。良いんですか? 愛する人が呪いにかけられているのに」
「お前が呪いを解く気がないと言うなら、俺が呪いを破るまでだ」
「あら、解けるの?」
「解いてみせる。この命に代えてもな」
呪いはかける側が重い代償を背負うことを引き換えにして、強い呪いをかけることができる。
それが呪いがかける側にリスクが大きいと言われる理由の一つだ、とソフィアが教えてくれた。
「じゃあ、そんなレオ様に助言を一つ。強い呪いをかけるためには、本人が呪いを解く以外に、もう一つ呪いを破るための条件をつけなければならないの。と言っても、そんなの本当に強い呪いをかける時だけだけれどね」
「条件に沿って呪いを破ったときはどうなる」
「かけた側はかけた代償を失うことになるわ」
レオは少し考えるように沈黙して、ロベリアに質問した。
「……そんなことを俺に言っても良いのか」
「構わないわ。どうせレオ様は呪いを破る条件を突き止められないもの」
「そうか」
レオは再度ロベリアに質問した。
「呪いはかけた方が代償が重いと聞く。お前は何を代償にした」
「この命を」
ロベリアはレオの質問に即答して、心臓の位置に手を当てた。
浮かべている微笑みには、黒い狂気が宿っていた。
「だから言ったでしょう。私は、命懸けでレオ様を愛しているんです」
「俺が呪いを破れば、お前は死ぬということか」
「ええ、そうですね。でも、レオ様に殺されるなら、それも構いませんわ」
「呪いを解く気は、本当に無いんだな」
「ええ、ちっとも」
レオはロベリアにソフィアの呪いを解くつもりはないのか質問する。
ロベリアは呪いを解くつもりはないことを肯定した。
「それでは、これがお前との最後の別れになる。さらばだ」
「あら、そんなことを言わずに、いつでもここに訪ねてきてくれて良いんですよ。ここも慣れれば案外住みやすいですから」
レオはロベリアの言葉に返事を返すことはなく、金属の扉を開き、牢屋から出ていった。
レオはソフィアの屋敷へと向かった。
そして屋敷までやってくると、レオは使用人に「ソフィアに会わせて欲しい」と告げた。
使用人は迷っているようだったが、レオはもう呪いのことは知ってしまっているので、通してもいいと判断した。
「ど、どうぞ……」
「感謝する」
レオはそう言ってソフィアの元へと向かう。
そして扉の前に立つと、鍵がかけられている扉を蹴り破った。
鍵が壊れる大きな音と共に扉が開かれる。
乱暴な扉の開け方だとは自覚していたが、鍵を持ってきてもたついている間に扉に魔術をかけられて引きこもられても困るので、レオは最速で部屋に入ることができるこの方法を選んだ。
「レ、レオ……!」
部屋の中からソフィアの声とは思えない、ソフィアの声が聞こえてくる。
レオは部屋の中に踏み入った。
部屋の中は薄暗く、灯りは一つも付いていないようだった。
レオの足に何かが当たる。
それは瓶や、何かの素材だった。
ソフィアが呪いを解くために使った素材だとレオは推測した。
この部屋の中で、呪いをかけられた日からずっとソフィアは一人で呪いを解こうとしていたのだ。
薄暗い部屋をレオは見渡す。
そして、レオは部屋の隅に、ベッドのシーツを被っている白くて大きな塊を見つけた。
その塊は目を凝らして見れば呼吸をしているのか、膨らんだり、しぼんだりしていた。
恐らく、ソフィアがシーツを被っているのだろう。
なぜソフィアがシーツを被っているだけでここまで大きいのかは分からないが、レオはソフィアの元へと近づく。
「ソフィア」
レオが名前を呼ぶと、その塊がビクリと跳ねた。
「止めて! 来ないで!」
その塊からソフィアの声が発されたので、レオはそのシーツを被った塊がソフィアであることを確信した。
ソフィアに拒絶されても、レオは構わずに歩いていく。
レオが一歩近づくと、その塊はさらに部屋の端へと移動していく。
そしてついに部屋の角までやってきたが、それでもまだレオから逃げようと身体を遠ざけた。
「ソフィア」
レオは優しくソフィアの名前を呼ぶ。
ソフィアは悲痛な声で叫ぶ。
「見ないで、レオ! 私の顔を見たら、絶対に嫌いになる!」
「俺はどんな顔になってもソフィアを嫌いになったりしない」
レオがそう言うと、ソフィアの動きが止まった。
レオはシーツに手をかける。
そしてそのシーツをゆっくりと取った。
「……!」
シーツの下のソフィアを見て、レオは目を見開いた。
ソフィアの身体は一回り大きくなり、足や腕はまるで丸太のように太っていた。
そして顔は──豚になっていた。
目はぎょろぎょろと血走り、鼻は息をするたびに音が鳴り、口からは悪臭が流れ出す。
ソフィアは魔物のオークのような姿になっていたのだった。




