56話 レオの手紙
翌日、レオはまたソフィアの元へと向かった。
昨日はソフィアと会うことが出来なかったが、今日こそはソフィアに会って、昨日のことを説明したかった。
そして、顔を見て「愛してる」と伝えたかった。
しかし。
「申し訳ありません。今日も体調が悪いみたいで、宰相様とはお会いになられたくないと……」
ルピナス家の屋敷に行ったが、使用人にはソフィアの体調が悪いと断られてしまった。
今日もルピナス家の中は慌ただしく使用人が動いていた。
どうしてもソフィアに会いたかったレオは食い下がる。
「なら、見舞いだけでも……」
「だ、駄目です! 宰相様に風邪を伝染してはならないと、絶対にお通ししないように言われてるんです!」
使用人が慌ててレオを止めた。
そこまで全力で止められてしまっては、レオは引き下がざるを得ない。
ソフィアが拒絶するなら、レオはその意思を尊重する。
「申し訳ありません」
「いや、ソフィアの意思ならそれを尊重する」
申し訳なさそうに謝ってくる使用人に、レオは気にするなと首を横に振る。
使用人は「代わりにと言ってはなんですが、ソフィア様から伝言をお預かりしています」と言った。
「本当か?」
「はい。ソフィア様からの伝言ですが、『昨日のことは私は気にしていないから、レオは謝らないで』と……」
「そうか……」
レオは目を伏せる。
そして一瞬の思考の後、顔を上げた。
「今日も伝えて欲しい。愛している、と」
レオは伝言を残し、ソフィアの屋敷を後にした。
次の日。
レオはミカエルの元へと向かった。
ミカエルにソフィアと仲直りするためにはどうすれば良いのか、と質問するためだった。
「ミカエル、ソフィアに謝りたい。どうすればいい」
「花束を持っていけば良いんじゃないかな?」
ミカエルはアメリアと滅多に喧嘩をしたことがないので、出てきたのはそんなアドバイスだった。
レオはミカエルのアドバイスに頷いた。
レオは花屋で花束を買って、ソフィアの元へと持って行った。
しかし、今日も使用人から「ソフィア様はまだ体調が悪くて……」と告げられ、会うことが出来なかった。
レオはソフィアにこの花束を渡してほしいと使用人に花束を預けて、最後に愛してると伝言を伝えて欲しいと頼んだ。
また次の日。
レオは手紙を書いた。
ソフィアからの手紙に返事を返すということを忘れていた。
レオはソフィアに思ったことを口で伝えるタイプなので、直接会って返事をすれば良いと、手紙を返すということを失念していたのだ。
レオは丁寧に、丁寧に思っていることをソフィアに綴った。
レオは手紙を自ら屋敷へと持って行った。
案の定、ソフィアに会いたいと告げると使用人から「まだソフィア様は体調が悪くて……」と言われ、ソフィアには会えなかった。
レオは使用人に手紙を渡し、「愛している」と伝えて欲しいと告げて、屋敷を後にした。
そして次の日も。
また次の日も。
そのまた次の日も。
レオは体調不良という理由で、ソフィアに会うことが出来なかった。
だが流石にレオも一週間が経てば、これはおかしいと疑い始める。
まるで、ソフィアがレオに会いたくないというより、ソフィアがレオに会えない理由があるみたいだ。
「……ああ、そうか」
レオは違和感の正体に気がついた。
ソフィアは風邪を引いているんじゃない。
自分で風邪薬を調合できるのだから、すぐに風邪など治すことができるはずだ。
それなら、ソフィアがレオを避ける理由は──。
レオは急いでソフィアの元へと向かうと、屋敷の中を足早に進んでいく。
「ソフィアに会いにきた」
「申し訳ございません。ソフィア様は今日も体調不良で──え、ちょっと待ってください!」
レオは使用人の横を通り過ぎ、ソフィアの部屋へと向かった。
「さ、宰相様待ってください! 今ソフィア様はお会いできない状態で!」
レオのそばを使用人が何人も歩き、レオを引き止めようとするが、レオは聞かずに歩き続けた。
その途中でルピナス家の当主であるトーマスの書斎を通りかかった。
書斎の扉は半開きになっており、部屋の中にはたくさんの木箱が積んであるのが見えた。
レオは丁度いい、と書斎の扉をノックする。
「レオ・サントリナです。トーマス殿、少しよろしいか」
「さ、宰相様!?」
トーマスは宰相が来ていることに扉を見て驚愕していた。
「申し訳ありません。昨日も来ていただいたのに、お迎えに上がることもできず……」
「いや、忙しいのは見れば分かる。問題ない」
トーマスの表情は何日も徹夜した時のような、大きな隈が目にできていた。
いや、実際に仕事か何かをしていたのだろう。トーマスは手に紙を持っていた。
そして部屋には何人かの商人がおり、サインをして欲しいと紙をトーマスに差し出していた。
どうやらレオは何かの取引の途中で入ってしまったらしい。
「邪魔して申し訳ない。どうしてもソフィアに会いたくてやってきてしまった。今から会いに行っても問題ないだろうか」
「えっ!?」
トーマスは挙動不審になり、慌ててレオがソフィアの元へと向かおうとするのを止めてくる。
「ちょ、ちょっと待ってください! 今、娘は宰相様とは会えないほどでして……」
「トーマス殿。ソフィアは体調不良ではないのだろう?」
「それは……」
「婚約者なんだ。流石にわかるさ」
トーマスは黙った。
レオは腰を折って、トーマスにソフィアに合わせて欲しいと頼んだ。
「一度、ソフィアと話させて欲しい。頼む」
トーマスは深く息を吐いて、レオの言葉を了承した。
「……分かりました」
「感謝する」
レオはお礼を述べてソフィアの部屋へと向かった。
ソフィアの部屋の扉の前に立つと、扉をノックする。
「ソフィア」
「レオ?」
扉の向こうから返ってきたのは、野太く響く声だった。
風邪で喉が腫れたというには野太すぎる、異常な声だ。
まるで別人のような声だったが、レオはその話し方から愛する婚約者であるソフィアが声を発しているのだと分かった。
「ソフィア、風邪だと聞いていたが、大丈夫か」
レオが体調を尋ねると、かろうじて聞き取れる声で返事が返ってきた。
「……大丈夫、もう少しで治るから、今日のところは帰って──」
「風邪は治っているだろう」
レオの言葉に返事はなかった。
「何かあったんじゃないのか」
この言葉にも返事はない。
やはりソフィアの身に何かあったようだ。
居ても立っても居られず、レオはドアノブに手をかける。
「開けるぞ──」
「駄目っ!!」
部屋の中からソフィアの大きな声が返ってきて、レオは手を止めた。
続いて今にも泣き出しそうなか細いソフィアの声が聞こえてくる。
「ごめんなさい……もう少ししたら治るから。本当だから」
「ソフィア」
レオは扉に向かって声をかける。
「ソフィアは、初めて俺の夢を笑わないでいてくれた。手を貸すと言ってくれた。だから、今度は俺が力を貸す。二人ならどんな困難も乗り越えられるはずだ」
深い沈黙の後、扉の向こうから声が返ってきた。
「私は……呪いを受けたの」
「ッ!!」
誰から呪いを受けた?
そんなの一人しかいない。
「だから、どうしても今はレオには会えない。大丈夫、お父様もお母様も色んなところから呪いを解くための素材を集めてくれてるの。絶対に、この呪いを解いてレオに会いに行くから」
「俺も手伝う」
「それは、……駄目」
「何故だ、俺はソフィアを……」
「ごめん。だけどレオにだけは絶対に見られたくないの。本当にごめんなさい……」
「……分かった」
泣きそうな声で謝られ、レオは引かざるを得なかった。
無力感に苛まれながら、レオはソフィアに呪いをかけた張本人の元へと向かった。




