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【コミカライズ化!】虐げられの魔術師令嬢は、『氷狼宰相』様に溺愛される  作者: 水垣するめ
二章 『氷狼宰相』様と婚約した私は溺愛されます!

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55話 ロベリアの呪い

5回目投稿。まだ読んでない人はそちらからどうぞ。

 薄暗い室内の中で。

 ロベリアはレオを待っていた。

 どんよりとした雲が流れている窓の外を眺め、ロベリアは紅茶を飲む。

 扉が開かれた音がして、ロベリアは振り返った。


「やっぱり、私の元へ来てくださると思っていましたわ。レオ様」


 後ろを振り向いて、ロベリアは明るい笑顔を浮かべる。

 そこにはレオが立っていた。

 険しい表情でロベリアを睨みながら、部屋の中へと入ってきた。


「手紙を読んで私の元へと来てくださったということは、私を選んでくださったということですね! やっぱり私とあなたは運命の糸で結ばれて──」

「惚けるな」


 レオはロベリアに、自分の元に届いた手紙を見せる。


「俺が来たのは、お前が来ざるを得ない状況にしたからだ」


 手紙にはアメリアにオーネスト公爵家が毒を盛ったことを告発する文が書かれていた。

 王太子妃が毒殺されかかったなら、今すぐにゴーヤックを捕らえなければならない。

 そして、ロベリアがレオに出した手紙の最後の一文。

 そこには『来ていただけないなら、自死いたします』と書かれていた。


「この言葉を無視してお前が死ねばソフィアが自分のせいだと思うかもしれない。だから来た。それだけだ。決してお前を選んだわけじゃない。お前を拘束してすぐには自死できない状況にしにきただけだ」

「でも、実際に私の言葉を信じてあなたは来た。無視してもよかったのに」

「お前はこういう時、必ずその言葉を実行する。たとえそれがどんな言葉であったとしても」

「あら、愛のない婚約だと思っていたのに、それぐらいは私のことを知っていてくださったのですね」


 ロベリアは「嬉しいわ」とくすくすと笑う。

 レオは眉を顰める。


「汚い手だ」

「それぐらいしないと来てくれなかったくせに」


 レオは沈黙した。

 それは言外の肯定だった。

 やっぱりね、とロベリアは分かってはいたものの、改めて突きつけられた事実に胸を痛めた。

 しかしそんなことは表情には出さずに、レオに質問する。


「それにしても、ソフィアからも手紙が来てたのね。そっちに行かなくてもいいの?」

「ソフィアには後から事情を説明する」

「そう……」


 ロベリアは目を伏せた。


「こんなことまでして、なぜ俺を呼んだ」

「私は、どうしても一度だけあの子に勝ちたかったの。どんなにレオ様にとって大切ものよりも、最愛の人よりも私を選んで欲しかった。それと、最後に言葉を伝えるため」

「お前に何を伝えられようとも、俺の気持ちは変わったりしない」


 レオから冷たい言葉を投げかけられても、ロベリアは構わずにレオに愛の言葉を囁く。


「ねえ、レオ様、手紙を読んで下さったなら分かったでしょう? 私は本当にあなたを心から愛してる。この命の全てをかけて。だから、もう一度やり直しましょう? 大丈夫、もうオーネスト家とのしがらみは考えなくてもいいのよ」

「お前が告発したのは、それが目的か」

「ええ、そうじゃないと本当の意味で私とレオ様が結ばれることができないもの。そういえば、そろそろお父様もお母様も捕まっているところかしら?」

「ああ、すでに騎士団が拘束している」

「そう。どうせあの二人のことだから、最後までみっともなく騒いでいたんでしょうね……」

「狂気的だな。実の親を告発してまで結ばれたいなど」

「でも、私がどれだけ本気か理解したでしょう?」

「ああ、お前が本気だということは分かった」

「なら──」

「だが、俺がお前を選ぶことは、ない。お前が婚約を破棄した日。完全に俺とお前は破綻したんだ」


 ロベリアは静かにレオの言葉を聞いていた。


「そして俺はソフィアを愛している。これは決して変わることのない事実だ」

「…………そう」


 話が終わったとみたレオは、踵を返して部屋から出ていこうとした。


「俺はもう帰らせてもらう。ソフィアを待たせているんでな」

「……ねえ、レオ様」

「まだ何かあるのか」

「もし、私とソフィアが同時に手紙を出そうと決めてたら、どうする? 同じ日付と同じ時間を書いて、レオ様がどっちを選ぶかを勝負するの」

「ッ! まさか!」


 レオは知らなかった。

 ソフィアとロベリアが会っていることを。

 まして、二人が勝負をしていることなど。

 レオはロベリアの目的を察して自分のとった行動を悔やむ。

 しかし、もう遅い。

 レオはロベリアの元へとやって来てしまった。


「そうよ、レオ様は私を選んだの! だから言ったでしょう! 私はあの子に勝ちたかったって! ああ、ソフィアはすごく傷ついているのでしょうね!」


 ロベリアは恍惚とした笑みを浮かべる。

 レオは舌打ちをして、急いでソフィアの元へと向かおうとした。


「チッ……! 今すぐ帰らせてもらう!」

「そうはさせないわ」


 ロベリアは指を鳴らす。

 すると天井から黒い服に身を包んだ五人の男が落ちてきて、レオを取り囲んだ。

 男たちは全員手に剣を持っており、明らかな敵意をレオに向けて放っている。

 行手を阻まれたレオは警戒しながら剣に手をかける。


「これは……」

「私は全力でレオ様を引き留めるわ。……死なないでね」

「そうか。……お前とは碌な会話もした覚えがない。だがな」


 レオは鞘から剣を抜く。

 ソフィアに強化された剣が光った。


「俺がこんなことで止められる男ではないということは、お前も知っているはずだ」


 レオから放たれる圧に、男たちは一歩後ずさった。


「来い。すぐに片付けてソフィアの元へと向かう」


 男たちはレオへと飛びかかった。




 十分後。

 部屋の中は、一言で表すなら惨状だった。

 カーテンやベッドや壁にかかっていた絵画は観るも無惨に切り裂かれ、高価な調度品や壺は割れていた。

 壁には切り傷がいくつもつけられ、窓ガラスは割れて、雨風が部屋の中に入ってきていた。

 その中にポツンと、ロベリアは座り込んでいた。

 周りには五人の男が血を流して倒れており、一人はロベリアを庇うように背中が切られていた。


「やっぱり、あの人を止めることはできなかったわね」


 ロベリアは呟いた。

 予想はしていた。レオの剣の腕は達人で、自分の手下五人では倒せないかもしれないと。

 ただ、一刻も早くソフィアの元に向かおうとしているレオは、鬼気迫っていた。


「そこまで、ソフィアのことを愛しているのね」


 雨に打たれながら、ロベリアは首から下げたペンダントを外した。

 そのペンダントは、紅く、紅く、血のように紅い宝石が嵌められていた。


「でも、私だって、命懸けで愛しているの。それを見せてあげる」


 ロベリアは宝石を教会にいる修道女が神に祈る時のように、両手で握りしめる。


「神よ。神よ。我が願いを聞き届けたまえ。我が愛を聞き届けたまえ。叶わぬ願いを聞き届けたまえ」


 ロベリアは神へと祈る。

 すると宝石が紅く光り始めた。


「赦したまえ。恨む私を赦したまえ。憎しむ私を赦したまえ。そして、赦しと共に──」


 宝石から紅い光が溢れ出し、部屋の中を紅一色で染め上げた。


「──解けぬ呪いを、かけたまえ」






 レオが屋敷を出る頃には、雨が降っていた。

 精鋭五人を相手に戦うのは骨が折れたのか、レオの服はところどころ切れて、皮膚からは血が流れていた。頬には切り傷がある。


「さ、宰相様! その傷は……!」

「まだ中にロベリアがいる。拘束しろ」

「はっ、はい!」


 レオは屋敷の外にいた騎士団に、ロベリアを拘束するように伝えると、馬に飛び乗った。


「宰相様! 傷の手当てを!」

「必要ない」


 しかしレオはそんなことには目もくれず、馬に乗るとすぐにソフィアの元へと向かった。

 雨粒がレオの服も、体も濡らしていく。


「ソフィア……ッ!」


 レオの胸中には、深い後悔が溢れていた。

 少しいつもと違うと思った。

 今日は研究所に来ていなかったし、おまけに手紙を自分に出してきた。

 ソフィアはどちらかといえば、言葉で伝える方なのに。

 手紙の内容も、レオへの愛を綴ったもので、ロベリアの元へと向かわなければならないことを悔やんだくらいだった。


 気づくべきだった。

 ロベリアとソフィアが同時に時間を指定して会う約束を取り付けてきた意味を。

 もっと疑うべきだった。

 約束の正午はすでに三十分以上過ぎている。

 ソフィアがどんな気持ちでレオを待っているのかを考えるだけで、どうしようもなく後悔する気持ちがレオの中に溢れていった。


 レオは全力で馬を駆けさせて、ソフィアの屋敷へと向かった。

 ルピナス家の屋敷へ着いたレオは、屋敷の中に入った。

 屋敷の中はいつもとは違い、慌ただしく使用人たちがそこらかしこを行き来していた。


「すまない」


 レオは一人の使用人を呼び止める。

 使用人は傷だらけのレオに驚きながらも、すぐにレオの目的を察した。


「あっ……宰相様! も、もしかしてソフィア様のところへ……?」

「ああ、ソフィアへの元へと向かってもいいだろうか」

「あ、えっと……」


 レオがソフィアに会わせて欲しいと告げた途端、使用人は不自然に目を逸らした。


「その……ソフィア様は、体調が悪くて……今日はお会いできないようです」

「……そうか」


 体調不良ならしょうがない、とレオは納得する。

 もしかしたら、失望されたのかもしれない。

 レオがソフィアとロベリアが密かに勝負をしていたのを知らなかったとはいえ、一時でもロベリアを優先したのは事実なのだから。

 ソフィアは深く傷ついただろう。

 まずはそのことを謝罪しなければならない。


「ソフィアに、本当に申し訳ないと伝えてくれないか。俺はとても酷いことをしてしまったんだ」

「承りました」


 そして、もう一つレオにとって揺るがぬ事実を伝えることにした。


「最後に一つ、伝えて欲しいことがある」

「は、はい! 何でしょうか」

「愛している、と伝えてほしい」

「はい、承りました」


 使用人はしっかりと頷く。

 レオは伝言を伝え終えると一度自分の屋敷へと戻った。

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