52話 ロベリアからの手紙
本日2回目更新。まだ読んでない人はそちらからどうぞ。
裁判が終わった翌日、ソフィアは今回の騒動についてレオから説明を受けていた。
ソファでソフィアの隣に座っているレオは紅茶を飲みながら、報告書をめくり今回の騒動の顛末について説明する。
「まず、第二王子だが、今回の件がきっかけで様々な罪を追及されて、王都の外れにある塔に住まいを移すこととなった」
「それって……」
「ああ、実質の幽閉だな」
「やっぱりそうなんだ……」
「これから自由は制限され、外に出るのもままならないだろうが、死なないだけマシだろう」
「でも、一生幽閉って、少しやり過ぎな気がするんだけど……」
「他人を蹴落とすような競い方をせず、真っ当に国王の座を競っていれば幽閉なんてされずに、たとえ候補者争いに負けたとしても王族として贅沢三昧の生活を送れていたさ。この結末を選んだのは、奴自身だ。それに妙なクーデターを起こされないためにも他者との接触を断つのは当然の措置だしな」
「そんなものなんだね」
「ああ、そうだ」
政治にはいまいち疎いソフィアには、そんな理由なんて考えもつかなかった。
ちゃんと考えられていた処遇に感心する。
「そしてソフィアに対する慰謝料や賠償金だが、奴の持っている財産を売り払って補填することになった」
「まあ、高級素材もほとんど奪われてたしね……」
デルムの強盗から逃れられた高級素材は、棚に置いてあったのに何故か盗まれていなかった妖精の鱗粉くらいだ。
棚にポツンと妖精の鱗粉が入っている袋だけが残されていた。
入っている袋もそこそこ高級そうな見た目をしているので、なぜ奪われなかったのかは分からない。
袋のデザインが、派手好きなデルムには好みではなかったのかもしれない。
「慰謝料と賠償金を合わせたら、相当な額になりそうだね」
「ああ、今までソフィアの魔術の権利を奪っていたことも、こき使っていたことも発覚したからな。たとえ奴が塔から出てきても貴族としては暮らせないだろう」
そう言ってレオはデルムに関する報告を締め括った。
「さて、次だ」
レオは報告書をめくる。
「第二王子の派閥の筆頭貴族となっていたオーネスト公爵をはじめ、派閥の貴族はかなり勢いを削がれた。派閥もほとんど崩壊したも同然だし、中には没落する貴族がたくさん出るだろうな」
「そもそも、うちが抜けたことで、派閥自体はかなり弱まっていたんだっけ?」
「ああ、屋台骨であったルピナス家が派閥を抜けて、他の貴族もかなり抜けていたからな。それに加えて今回の第二王子の継承権剥奪だ。派閥が崩壊しない方がおかしい」
「まだ何かしてこないのかな……」
ソフィアはロベリアのことを思い出し、不安な気持ちになった。
「こちらでも目は光らせておくが、今のところ何かおかしな行動をしているという報告はない」
「そっか」
レオの情報にひとまず安心して、ソフィアは安堵の息を吐く。
これからオーネスト公爵家が何もしてこないことをソフィアは祈った。
「それから、第二王子の証言を行なっていた研究者たちについてだが、窃盗の罪と偽証の罪で、研究者の資格を剥奪されることとなった」
「まあ、それも妥当だろうね」
研究者にとって重要な論文を研究室に侵入して奪った上に、明らかに奪われたものだと知りながら偽証したのだ。
彼らの研究者としての信頼は完全に地に堕ちたし、二度と研究者として受け入れられることはないだろう。
「どうやら第二王子の派閥はソフィアから魔術の論文を奪うかどうか、真っ二つに意見が割れていたようでな、半分ほどの人間は今回の騒動には関わっていなかったらしい。だが、これから変な恨みを持たれても厄介だ。どうする? この際だから排除するか?」
「い、いや、それはいいよ。私に何もしてないなら、こっちからは何もしない」
レオが不穏なことを言ってきたのでソフィアは慌てて否定した。
確かに変な逆恨みをされる可能性もあるが、ソフィアから魔術を奪うことに反対していたなら、その心配もないだろう。
その時、ソフィアはとあることを思い出した。
「そう言えば、裁判長は?」
「ああ、奴はいわゆる左遷だな。ふざけた裁判をおこなったため、地方の役所の雑用に飛ばされたらしい。国王に聞いたところ、一生王都には帰ってこれずに雑用生活をさせられるようだ」
裁判長は今までの貴族の生活から一転して、地方の役所の雑用になったらしい。
あの太った体で雑用はかなり辛いだろうが、これも自分のしたことを悔やんでもらう他ない。
「これで一通り報告は終わりだ。何か質問はあるか?」
「ううん、ありがとう。レオ」
報告が終わり、ソフィアが一息つくと扉がノックされた。
「あれ、アメリア? それにミカエル様も」
扉を開けると、そこにはアメリアとミカエルが立っていた。
ミカエルはアメリアの肩を抱えており、アメリアは少し顔色が悪い。
「今、ちょっと良いかな?」
「はい」
「お邪魔するね」
ミカエルはアメリアを支えながら一緒に部屋に入ってくる。
アメリアをソファにゆっくりと座らせると、ミカエルはソフィアに端的に状況を説明した。
「またアメリアの体調が悪くなったんだ」
レオとソフィアは眉を顰める。
「また体調が……?」
「それはいつ頃からですか?」
「昨日から」
「昨日……症状は?」
「まだ少し体調が悪いくらい……でも、どことなく気持ちが悪いの」
「アメリア! 喋っても大丈夫なのかい!?」
ミカエルはアメリアの体調を心配する。
「大丈夫です。まだそこまで気持ち悪いわけじゃないので……」
アメリアはミカエルを安心させようと笑って見せた。
しかしアメリアの顔色は悪いので、どこか力無い笑みだった。
「お医者様には診てもらいましたか?」
「ああ、診てもらったよ。でも、「特に異常は見当たらない。ただの体調不良だろう」って……」
「それなら問題はないんじゃ……」
「いや、今回はどこかがおかしい気がするんだ」
ミカエルの勘が何かおかしいと訴えかけてきているらしい。
ただ、そういう違和感を感じる時に限って、それが重要だったりすることが多い。
「今度こそ本当に呪いを誰かにかけられたとかじゃ……」
「いや、呪いではないです。絶対に」
「……本当かい? なぜそう言い切れるんだ」
ミカエルは涙目でソフィアに質問してくる。
取り乱しているのは、それぐらいアメリアのことを心配している証拠だろう。
ソフィアはもう一度呪いについて説明する。
「まずは魔力を感じません。呪いをかけられると多少なりとも魔力の残滓を感じるはずなので、呪いはかけられていないでしょう。それに前回も説明させていただきましたが、呪いとはかける側が大きな代償を背負うんです。こんな体調不良だけで呪いをかけるのは、メリットとデメリットが釣り合ってないません。呪いの疑いはないかと」
「呪いじゃないなら安心だけど……」
「だから、ただの体調不良だと思うんですが…………でも、ここまで魔力の痕跡を感じないということは、もしかしたら何かの毒かもしれませんね」
ソフィアは前回のように毒を盛られているんじゃないかと提案した。
しかしミカエルはそれを否定する。
「医者は毒の可能性は低いと言ってたけど……」
「はい、可能性の一つとして言ってみただけです。お医者様が違うというのなら、そうなんじゃないかと」
「ソフィア、悪いんだけどそれでも心配だから、解毒薬をくれないかい?」
ミカエルのそのお願いをソフィアは断れなかった。
もしレオが同じ状況に陥ったとしたら、ソフィアだって片っ端から風邪薬やら解毒薬やらを飲ませていただろうからだ。
ミカエルの気持ちは痛いくらいに分かる。
「分かりました。解毒薬をお渡しするので、飲んでください。これで大抵の毒は解毒できるはずですから」
「本当かい! ありがとう!」
「でも、以前あったストックはデルム様に壊されてしまったので、調合は今からになりますけど、お時間をいただいても大丈夫ですか?」
「ああ、アメリアのためならいくらでも待つよ! 僕の一番大切な婚約者なんだ!」
「もう……ミカエル様……」
アメリアは頬を染めてミカエルの胸をポンと叩く。
しかし体調が悪いせいか、その拳にはほとんど力が入っていなかった。
ソフィアはアメリアが照れている場面をあまり見たことがなかったので、友人の珍しい一面を見ることができた喜びに微笑みながら、薬の調合に取り掛かった。
「では解毒薬を調合しますね」
ソフィアは解毒薬を鍋で煮て調合する。
いつも作っているので、慣れているソフィアは十五分ほどで解毒薬を作り終えた。
「解毒薬ができました。これをどうぞ」
「ありがとう……」
アメリアは差し出された解毒薬の瓶を受け取り、一気に流し込む。
解毒薬を飲んだアメリアは、苦い表情になった。
「うっ……苦いわね」
「苦い解毒薬ほどよく効くんだよ」
「でも、少し気分が良くなってきた気がするわ」
「それは良かった」
「今日は帰って休むことにするわ」
「はい、お大事に」
アメリアとミカエル、そしてレオが帰った後。
研究室の扉がノックされた。
レオが戻ってきたのかと、返事をしながら扉の方へと向かう。
「はーい」
「郵便です」
しかし来たのはレオではなく郵便の配達員だったようだ。
ソフィアは配達員から手紙を受け取って、部屋の中へと戻る。
「手紙なんて、誰から──」
手紙の差出人を見たソフィアは、固まった。
差出人の欄には『ロベリア・オーネスト』と書かれていたからだ。
ソフィアは震える手で手紙を手に取り、便箋を開けた。
『拝啓、ソフィア・ルピナス侯爵令嬢へ。
早速本題だけど、アメリアの体調はどうかしら。少し気分が悪いといって、あなたの元へと訪ねてきたんじゃない?
体調不良の原因だけど、それは毒よ。オーネスト家がアメリアに毒を盛ったの。
ああ、一つ忠告だけど、どんな解毒薬を飲ませても解毒できない毒だから、どれだけ努力しようと無駄よ。その毒はオーネスト公爵家に伝わる秘伝の毒なの。
唯一解毒薬を持っているのは、私だけ』
「っ……!」
ソフィアは息を呑んだ。
今すぐにレオやミカエルにこのことを知らせようとして、次の文章が目に留まり、やめた。
『もしこのことを誰かに伝えようとするなら、たった一つの解毒薬は廃棄するから。そのつもりでいてちょうだいね』
どうやら、ソフィアが他人にバラさないように行動を制限するつもりらしい。
アメリアの解毒薬を人質に取られては、ソフィアも迂闊な行動はできない。
『でも心配しないで。その毒はすぐには死なない。二週間たっぷりかけて、まるで急病で亡くなったみたいに偽装するの。
あなたが友人であるアメリアに盛られた毒の解毒薬を手に入れたい、と願うなら、オーネスト公爵邸に一人で来て。
もちろん、あなたには危害は加えないと誓うわ。レオ様のことについて、二人きりで話したいの。
一人でオーネスト公爵邸に来れば、解毒薬は無条件で手渡す。
あなたが賢明な判断を下すことを期待しているわ』
手紙を読み終えたソフィアは顔を上げる。
罠だ。
ソフィアはこの手紙が罠であることを理解していた。
誘拐された手前、危害を加えられないというのもどこまで本当か分からないし、そもそも解毒薬を渡すというのも本当か分からない。
しかし、このタイミングでロベリアからの手紙がやってくるということは、アメリアがその秘伝の毒を盛られたのは事実なのだろう。
ソフィアがもしレオやミカエルに相談すれば、アメリアを解毒する手立ては……。
身の安全と友人の命を天秤にかけられたソフィアが選んだのは──。
「オーネスト公爵邸に行こう……!」
オーネスト公爵邸に行くことだった。




