51話 オーネスト公爵家の企み
ドン! と机を叩く大きな音が部屋の中に響き渡った。
「何故だ! 何故なのだ!」
デルム派閥筆頭貴族、ゴーヤック・オーネスト公爵は憤っていた。
裁判にて、因縁のあるサントリナ公爵に一泡吹かせるつもりが、逆に一泡を吹かされた。
それどころか、派閥の旗印であったデルムは国王にはなれないと言われてしまった。
デルムの派閥は崩壊したと言ってもいい。
「くそっ……! 未来がないと知った途端我々を裏切りおって……!」
裁判からまだ数時間しか経っていないものの、既に大量の貴族がデルム派閥を抜け、他の王族の派閥に取り入ろうとしていた。
他の派閥に属していながら、オーネスト公爵に味方をすると密約を交わしていた貴族も、音信不通となってしまった。
「このままでは我々が孤立してしまう!」
ゴーヤックは頭を抱えた。
苛立たしいのは、オーネスト公爵家はデルム派閥の筆頭貴族であったため、他の派閥には鞍替えが出来ないところだ。
他の派閥に入ろうとしても裏切りを疑われたり、煙たがられる。
「国王は候補者の争いには手を出さないはずじゃなかったのか! なぜ今になって介入してくるんだ!」
「別に、今までがそうだっただけで、国王様は一言も介入しないと宣言したことはありませんよ」
ロベリアは冷静に、国王は元々明言はしてなかったと補足する。
だがしかし、その補足は今のゴーヤックにとってはただ苛立たせるだけだった。
「黙れ! 国王のせいで我々は絶体絶命だ! 暗黙の了解を破るなど許されざる行為だ!」
「……」
怒っても覆ることはない過去のことで、ずっと腹を立てて不毛な文句ばかりを言い立てる父に、ロベリアは静かにため息をついた。
見当違いも甚だしい、国王に責任をなすりつける行為には呆れる他ない。
「そうだ! 今からでも国王に抗議を入れて、デルム様の候補者外しを撤回してもらえれば……!」
ゴーヤックはそんなことまで言い始めた。
国王に抗議をして、デルムを候補者から外したことを撤回してもらうらしい。
デルムを候補者から外すのは公の場で宣言されたので、よっぽどのことがない限り撤回はできない。非現実的だ。
(これがオーネスト公爵家が落ちぶれた理由ね。私怨でどう見ても未来のない第二王子の派閥に鞍替えした上、変えようのない事実を子供のように叫ぶ始末……。こんなのが当主なら、どんなに盤石な家だって没落することでしょう……)
ロベリアは自分の父であるゴーヤックを、冷めた目で見ていた。
この父のせいで、ロベリアはどれほど苦労してきたかは計り知れない。
事ある毎にレオの足を引っ張るように言われ、婚約してからも口を出され続けてきた。
家同士の因縁に囚われ、将来を見据えた計画も練れない父を、尊敬することはこれからもないだろう。
「あなた、一体何事なの!」
その時、ロベリアとゴーヤックがいる部屋の扉が開かれ、一人の女性が入ってきた。
その女性はロベリアの母である、エリザベートだった。
「あなた、デルム様が国王候補から外されたってどういうこと!? 今日はあのサントリナ家についに復讐できる日じゃなかったの!?」
エリザベートは裁判の結果を聞いて、急いでオーネスト公爵邸に帰ってきたようだ。
今まではショッピングをしていたのか、後ろから慌てて追いかけてきた使用人がいくつもの紙袋や、箱を抱えていた。
「私たちは一体どうなるの! 大丈夫よね!? だって、私たちは公爵家なんですから! 派閥がなくなっても今まで通りの生活はできるのよね!」
エリザベートはゴーヤックに縋り付いて質問する。
ショッピングで高いアクセサリーやドレスを買うことや、パーティーこそがエリザベートにとっての生き甲斐であり、それが無くなるのは耐え難いことだった。
ロベリアはただ金を散財しているばかりのこの母のことも好いてはいなかった。
「黙れ 今は大変な時なのだ! 自分のことではなく、家のことを心配しろ!」
ゴーヤックに怒鳴られたエリザベートは眉を吊り上げてゴーヤックに言い返す。
「何よ! あなたが失敗したんじゃない! そのせいで私が我慢をするなんて、そんなのおかしいでしょう!」
「今は私が大変な時なのだからショッピングぐらい我慢しろ! 家のことすらろくに手伝わず、遊んでばかりのお前に金をやっているのは誰だと思っているんだ!」
「よくもそんな酷いことが言えるわね! あなたはいつもそう! いつも自分のことばかりで、私の事なんか気にかけたことすらないでしょう! 私はこんなにもあなたのことを心配してるというのに!」
「自分の事ばかりなのはどっちだ! お前が心配してるのは自分の財布のことだけだろう! もう我慢の限界だ──」
そして、ゴーヤックとエリザベートの言い合いはヒートアップしていく。
昔から聞きなれた両親の罵倒合戦に、ロベリアはただ目を伏せて静まるのを待っていた。
ある程度両親の言い合いが収まってきたところで、ロベリアは口を挟んだ。
「お父様、私に考えがあるのですが」
「なんだ」
ゴーヤックは話を遮られたことで少し苛立たしげな表情をしつつも、ロベリアの方を向いた。
「“あれ”を使うべき時だと思います」
ロベリアがそう言うと、ゴーヤックの表情が変わった。エリザベートの表情もだ。
「……“あれ”を使うのか?」
「ええ、もうそれでしか私たちオーネスト公爵家の未来を切り開くことは出来ないでしょう」
「だが、場合によってはリスクがあるぞ──毒殺するのだからな」
「ミカエル様には使えないでしょうね」
「ああ、実際に何回か毒殺を試みてみたものの、失敗に終わった。ミカエル様の周囲は守りが固い」
ミカエルを毒殺すれば、話は早い。
しかし第一王子であるミカエルの周りは鉄壁のガードが敷かれており、毒を盛るなんてことは不可能だ。
「そうですね。ですが、ミカエル様の婚約者はどうでしょうか」
「…………ほう」
ゴーヤックは興味深そうに呟く。
「アメリアを毒殺すれば、王太子妃の座が空きます。その時、王太子妃の座に残っている相応しい家はオーネスト公爵家だけ。そうすればオーネスト公爵家は次期王妃となって返り咲くことができるでしょう」
「だが、どうやって毒殺する? あちらも厳しい警戒体制を敷いているはずだ」
「その問題も解決済みです」
ロベリアはクスリと笑う。
「あちらには、私が十年仕えさせている使用人がいます。長年かけて忍ばせているので、まず警戒はされないかと」
ロベリアはアメリアの家に自分の手先を入り込ませていた。
「私に忠誠を誓っているので、秘密を漏らす心配もありません」
「そう言えば、あちらの家には人体には有害な茶葉と美容液を送っていても、全く気が付かないマヌケだったな」
「なら、毒を贈る相手としては最高じゃない! 今すぐに毒を飲ませに行きましょう!」
ゴーヤックはいつか役立つと思い、人体に微量の毒をもたらす茶葉と美容液をアメリアへと送っていた。
しかし送ってからかなりの時間が経ったが、アメリアがそれに気づいた様子はない。
そのため、今回毒を盛っても失敗する危険性は低いと見た。
「よし、その案でいくぞ」
ゴーヤックはロベリアの案を採用すると、椅子から立ち上がった。
そして部屋に備え付けられてる本棚の本を特定の順番で押していく。
すると本棚の一部がスライドし、隠し金庫が現れた。
ゴーヤックはその金庫を開ける。
するとそこにはとある壺が厳重に保管されていた。
「それがこの家に伝わる……」
「ああ、秘伝の毒薬だ」
「私も初めて見たわ……」
エリザベートですら初めて見る代物のようで、唾を飲み込んでいた。
ゴーヤックは壺を机に置いて、蓋を開ける。
壺を開けると、その中には白い粉が入っていた。
「我らオーネスト家はこの毒を使って宰相の地位へと昇り詰めた」
ゴーヤックはサラサラと粉を手にとる。
「無味無臭で、水にすぐ溶け、少量で致死量となる。さらには遅効性で、初めはただの体調不良にしか見えず、二週間をかけて身体の内から蝕んでいく毒だ。飲み込ませることさえできれば、まず毒だとバレることはないだろう」
「では、これを彼女に飲ませます」
「ああ」
ゴーヤックは壺をロベリアへと渡す。
「ああ、そう言えばお父様」
「なんだ」
「この毒には解毒薬があるんでしょうか」
「ああ、もちろんある。我らの一族が誤って毒を飲んでしまった場合にな」
「その解毒薬も頂くことはできますか?」
そう言ってロベリアは怪しげな笑みを浮かべた。
ロベリアのお願いにゴーヤックは少しも疑うことなく頷いた。
そしてロベリアに解毒薬を渡す。
「では、私はこれで。影に毒を渡してきますわ」
「ああ、これで我らはまた栄光の公爵家へと返り咲くことができる」
ロベリアは部屋から出ていく。
ゴーヤックは邪悪な笑みを漏らした。




