47話 デルムの反撃(1)
本日2回投稿。まだ読んでない人はそちらからどうぞ。
翌日。
盗賊団討伐の翌日ということで、ソフィアはいつもとは違い、自宅でレオから報告を受けていた。
ベッドの側の椅子に座ったレオが、報告書を広げながらソフィアに事の顛末を報告する。
「ジルドンは全てを白状した」
「全て、ですか」
「ああ、第二王子のことについても白状した」
そしてデルムについても話したらしい。
「『俺を雇ったのはデルム第二王子であり、『水障壁』の権利を奪うために誘拐しろと命じてきた』。そうジルドンは証言したそうだ」
「やっぱり……」
「そして、今回の件だが、ジルドンがムックに解放された後、本当は逃げてもよかった。しかしそれでは捕まった仲間が、ジルドンの逃走場所を吐くように拷問されてしまう。そう危惧したジルドンは、わざとムックの誘いに乗ったように見せかけた、と言っているが実際はただ俺と戦いたかっただけらしい」
「えっ、レオと?」
「ああ、以前斬り結んだ時のことが忘れられず、もう一度戦いたかったそうだ」
「でも、それじゃなんで捕まろうと思ったの?」
ソフィアにとってはそこが疑問だった。
戦いたいのは分かったが、わざわざ捕まるような場所で戦った理由が分からない。
戦うだけなら、他の場所でレオをおびき寄せるなり、何なりできるだけの知略をジルドンは持っている。
「ジルドンが捕まったのは、自分が事情を話すことで、仲間の刑を軽くするつもりだったようだ」
「仲間の罪を?」
「ああ、どうやらジルドンは仲間思いだったらしい。騎士団はその要請を受け入れ、ジルドンから情報を得る代わりに、盗賊団全員の処刑を無期延期とした」
「ジルドンが仲間思い……」
ムックの時も仲間を裏切る人間は気に入らないということで、あっさりと白状していたし、それは本当なのかもしれない、とソフィアは思った。
「処刑が無期延期になったことで、盗賊団の面々は牢屋の中で模範囚として暮らし、更生したと判断されたら一般市民として生活できるようになった。それでも十年以上はかかる上に、賠償金も背負っているので、決して楽ではないだろうが」
処刑じゃないだけでも相当な減刑だと言えるだろう。
「ムックは結果として、騎士達の証言、ソフィアと俺の証言、状況証拠から、魔術で捕えられていたジルドンを解放したと断定せざるを得なかった。ムックは尋問では最後まで否定していたようだがな」
「まあ、順当だね」
あの状況からジルドンを解放していない、と言い張るには無理がある。
「加えて盗賊の解放と、ソフィアの暗殺を命じたことで処罰されることとなった」
騎士が裏切り行為をするのは重大な法律違反であり、騎士団の規範にも関わるので本来なら厳重に処罰される。
しかしムックの実家である子爵家の手回しにより、処刑だけは免れることとなった。
代わりにムックは騎士団から除籍となり、財産も爵位も剥奪された上で国外追放となった。
「財産と爵位の剥奪か……。かなり重いね」
「そうか、俺はソフィアの命を狙ったのだから、処刑でも構わないと思ったが」
「それは流石に……」
「そして最後に、ソフィアの不満を煽動した第十班の騎士達は、騎士団の風紀を著しく乱したとして、減給の上、全員一ヶ月の謹慎処分となった」
「彼らにも罰が下ったんだ」
「ジークリヒは第十班が私怨でソフィアを追い詰めようとしていると判断したらしい。俺はその判断は正しいと思うがな」
「私もそれはそう思う」
あの時、証言しなかったのはソフィアに対する私怨からだろう。
「そして、ジークリヒだが、監督責任を問われて一ヶ月の減給処分となった」
「そんな……あの人は全く悪くないのに……」
「ああ、完全なとばっちりだな。だが、上層部もそれは分かっているらしく、ジークリヒの罰はかなり軽くされているようだ」
そう言って、レオは報告を締め括った。
最後まで報告書を聞き終わったソフィアは、深く息を吐く。
「やっぱり誘拐を命じたのはデルム様だったんだ……」
「分かっていたことだが、証言を引き出せたのは大きな進歩と言えるだろう」
「これで、ついにデルム様に反撃できるね」
「ああ、この証言を持っていけば、あちらを追い詰めることができるだろう」
話を聞き終わったソフィアは、軽く伸びをする。
「ふぅ、じゃあ、そろそろ研究室に行こうかな」
「送ろう」
ソフィアの言葉にレオは椅子から立ち上がる。
そしてレオとソフィアは研究所まで向かった。
レオとソフィアは廊下を歩きながら、雑談を交わす。
ソフィアはとあることを思い出した。
「そう言えば、最近、デルム様の動きが少ないよね」
パーティーで会った時はあれだけ何かをしそうな雰囲気を醸し出していたのに、何もしてこない。
そのため、ソフィアはどこか拍子抜けしていた。
「確かにそうだな。最近動きが少なすぎる。何を目論んでいるのか……」
レオもデルムの様子が怪しいと顎に手を当てて考える。
そうこうしている内に研究室に到着した。
そしていつも通り、部屋の扉を開けようとして──
「……え?」
ソフィアの研究室の扉が破壊されていることに気がついた。
「なんだ、これは……」
レオは呆然とした様子で破壊された扉を見つめていた。
「……私たちが留守の間に押し入ったみたいだね」
ソフィアは比較的冷静にそう呟いた。
そして扉の枠ごと壊されているのを観察しながら、ソフィアは反省する。
「なるほど……ドアノブにいくら防御魔術をかけていても、扉ごと破壊されたら意味無いのか……。これは盲点だったかも」
扉には強引に押し入ろうとすると、迎撃する魔術をかけてあったのだが、ここに押し入った人物はそれを逆手に取り、ドアごと破壊することで部屋の中に押し入ったらしい。それなら扉を開けなくても中に入ることが出来る。
これは誰もが模範的にドアを開けて入ると先入観に囚われていた自分のミスだ、とソフィアは学んだ。
魔術の勉強ばかりしているせいで、視野が狭くなっていた、とソフィアは反省する。
「ソフィア、大丈夫か」
「ううん、実はものすごく動揺してる。まだ心が追いついて無いだけだと思う」
目の前の光景があまりにショックすぎて、頭が理解していないのだ。
「……」
喉がカラカラに渇いている。
ソフィアは震える手をぎゅと握り、部屋の中に入った。
部屋の中は、酷いものだった。
まるでここだけ嵐が起こったかのように物が散乱し、机の上は荒さられている。
加えて、実験に使うすり鉢や、鍋など、設備まで悉く破壊の限りを尽くされていた。
当然、ソフィアが買い溜めた高価な魔術素材は全て持ち出されている。
「……全部、破かれてる」
ソフィアは床に落ちている紙を拾った。
ソフィアが研究中に思いついたものを書き留めたメモや、素材の管理のためにつけていた帳簿は、つなぎ合わせることができないくらいビリビリに引き裂かれていた。中には燃やされている物もあったので、たとえソフィアが頑張って紙を繋ぎ合わせたとしても、二度と元通りにはならないだろう。
これをした人物は、確実にソフィアに対して恨みを持っていることが分かる。
レオが部屋の惨状を見て眉を顰めながら呟く。
「これは恐らく……」
「うん、デルム様の仕業だろうね」
ソフィアはレオの言葉に頷く。
そして、犯人がデルムということは……。
ソフィアの予想通り、一番肝心な物が全て持ち去られていた。
それは、ソフィアの命の次に大切な、魔術の理論が書かれた研究書。
今までソフィアの研究した魔術の論文は全て持ち去られており、ソフィアの魔術は一つも残っていなかった。
当然、前回取り戻した『水障壁』の論文も全て奪われている。
「もしかしたら……」
まだ残っているかもしれない、とソフィアは新しい魔術である『冠水神殿』の論文が隠されている引き出しを開けた。
しかしその希望は打ち砕かれた。
引き出しに入っているはずの『冠水神殿』の論文も奪われていたからだ。
どうやら隠していた論文でさえもデルムは目敏く見つけ出し、奪っていったらしい。
「そうか、今まで大人しくしていたのは、油断させるためだったんだ……」
ソフィアはなぜデルムが大人しくしていたのかが繋がった。
それはこちらの油断を誘い、こうして警戒を怠らせ、魔術の研究書を盗むためだったのだろう。
「っ……!」
ソフィアの脳裏に、かつて『水障壁』を奪われた時の屈辱と、悔しさがフラッシュバックする。
あの時みたいにはならないようにしようと思っていたのに、結局また魔術を奪われてしまった。
自分の不甲斐なさに腹が立つ。
「ソフィア……大丈夫か」
そんなソフィアの様子を見てレオが大丈夫かと尋ねてくる。
ソフィアは深呼吸して心を落ち着けた。
「うん、ショックだったけど、もう大丈夫。ここで悲しむ時間はないから」
奪った魔術の論文を使って何をするのかは想像に難くない。
恐らく今からデルムは全力でソフィアの魔術を奪おうとするだろう。
それに対しての対抗策を今すぐにでも考えなければならない。
「あれ──?」
その時、ソフィアはあることに気がついた。
「なんでそもそもデルム様は私たちが不在のタイミングを知ってたんだろう……」
ソフィアとレオがいないタイミングに偶然押し入ったのだとしたら、タイミングが良すぎる。
それこそ、予め自分とレオが盗賊団の討伐に出かける日程を知っておかないと……
「──まさか」
ソフィアは顔を上げた。
「どうしたソフィア」
「前回、魔術を奪われた時も同じだった。デルム様には何も言ってないのに、どこで知ったのか研究室に押し入って魔術の権利を奪っていった……」
ソフィアは顎に手を当ててぶつぶつと考えながら呟く。
レオは途中からソフィアの言葉を静かに聞いていた。
「今回も同じだ。私が盗賊団の討伐に出る日にちをなぜか知っていて、それに新しい魔術の論文が入った引き出しまで開けていた。これはもう、盗賊団の討伐に出かける日程と、新しく魔術が発明されたことを知っていたとしか思えない……」
一つ一つ、頭の中の欠片がはまっていく。
ソフィアは顔を上げた。
「つまり、私の情報を誰かがデルム様に横流ししてる」
それは、ソフィアにとって一番考えたくない結論だった。
ソフィアの身近にいる人間が裏切ってデルムに情報を与えているなんて、考えうる限り最悪だ。
できる限り、そんなことを疑いたくはなかった。しかし残った可能性はこれしかない。
そして、前回『水障壁』を奪った時と、今回の事件、両方で関係があった人物は一人しかいない。
「ちょっと私、外に行ってくる」
ソフィアは部屋を飛び出した。
「おい──」
レオはソフィアを引き留めようとしたが、すぐにソフィアを止めることはできないと悟って、ソフィアの背中を追いかけることにした。




