46話 盗賊団討伐(4)
ジルドンを見て、騎士団の面々はざわめいた。
その中にはムックもいることに、ソフィアは気がついた。
ムックは地面に倒れているジルドンと、生きているソフィアを見て舌打ちをした。
その様子をソフィアとレオは見ており、今回の事件を誰が引き起こしたのかということを理解した。
ジークリヒは騎士をかき分けながらやって来た。
「なっ……これは!」
ジークリヒは地面に倒れているジルドンを見て目を見開く。
「どこから入ってきたんだ! 見張りの部隊はしっかりと確認していたのか!」
ジークリヒから尋常ではない怒気を向けられ、騎士団の面々は慌てて弁明を行う。
「も、もちろんです! 山の入り口は等間隔で見張っていました!」
「だが現に目の前にいるじゃないか! 誰かが見落としていたという証拠だ!」
「これは、事実の確認だが」
割って入るようにレオが言葉を挟んだ。
「騎士がどこを見張っているのかを知っているのは、騎士だけだ」
「はい、その通りです」
レオの言葉に「なぜ今そんなことの確認を?」言いたげな表情をしながらジークリヒは頷いた。
今度はソフィアがジークリヒに自分の考えを伝える。
「それに、我々の本部の位置は盗賊団には知られていなかったはずです。そうなると、可能性としては……」
「っ……!?」
そこまで言うと、察しの良いジークリヒは気がついたようだ。
重い表情になり、周りに聞こえるかどうか、という小さな声で結論を呟く。
「我らの中に、捕縛されているはずのジルドンを逃し、手引きした者が……」
ジークリヒがそう言おうとした瞬間、割って入るように一人の騎士が叫び出した。
「これはどういうことだ!」
叫んだのはムックだった。
ムックは地面に倒れているジルドンを指差して、叫ぶ。
「やっぱり取り逃してるじゃねえか!」
ムックは今度はソフィアを指差した。
「あんたは確実に捕縛できる、と言っていたじゃないか! なのになんでこんな所に盗賊団の頭がいるんだよ! やはり魔術で盗賊団を捕縛するなんて無理だったんだろ!」
ソフィアはムックの狙いを察した。
ムックは作戦会議でのソフィアの発言を逆手に取り、ソフィアの責任を追及する形で、無理やり話の流れを軌道修正しようとしている。
自分が犯人として挙げられる前に。
「私は確実にジルドンを魔術で捕縛しました。それはこの目で確認しています」
ソフィアはムックの方を向いて説明する。
「だがここにいるじゃないか! 誰かジルドンの姿を確認したのか!」
ムックはそう言って、同じく盗賊団に縄をかける役目を担っていた第十班の騎士に問いかける。
森の中で倒れていたジルドンを見たのは見つけたムックだけなので、当然第十班の騎士たちはジルドンを見ていない。
「い、いえ見ていません……」
「私も見ていません……」
「ほら見たことか! どうせ捕縛したのは嘘なんだろ? あの時、あんたはジルドンを逃したんだ! 自分のミスが発覚するのを恐れて嘘をつくな! 真実を話せ!」
ムックはソフィアを指差し、非難をする。
ソフィアがどう反論しようかと迷っていると、ムックの言葉を擁護するかのように騎士たちが同調し始めた。
「まあ、確かに……」
「そもそも、本当に魔術で捕まえれるかどうか怪しいしな……」
「もし全員捕まえてても、証拠も無いし……」
「実際に逃げてる奴もいるしな……」
「なっ……!? 待ってください! 私は確実に捕まえたんです!」
そんなことを言っていたのは、ソフィアのせいで雑用的な役割を与えられ、ソフィアに比較的不満の溜まっている第十班の騎士たちだった。
そして、その不満は本来盗賊団を討伐して功績を貰えるはずだった他の騎士たちにも広がって行く。
だんだんソフィアに対しての不信感が募っていくのが、手に取るように分かった。
「いい加減に……」
ソフィアはそれまで隣で黙って聞いていたレオの怒気が膨れ上がっていくのを感じた。
今にもレオが騎士たちに対して怒鳴り出しそうになった時。
「裏切ったのは、ソイツだ」
その空気を遮ったのは、ジルドンだった。
ジルドンの指はムックを指していた。
「は?」
ムックが素っ頓狂な声を上げる。
「俺はそこのムックって奴に、解放する代わりにソフィア嬢ちゃんを殺せって命令されたんだよ。騎士の見張ってる場所も、本部の位置も教えられてな」
いきなり全てを暴露しだしたジルドンに、ムックは激しく取り乱した。
「なっ!? なっ、何を言っているんだ!」
「悪いな、俺は仲間を裏切る奴が一番嫌いなんだ」
ジルドンはそれに対して底意地の悪そうな笑みを浮かべる。
「デ、デタラメだ! それに、盗賊の言葉を信じると言うのですか!」
ムックは慌てて周囲に対して自己弁護を始める。
ジークリヒは黙って腕を組みながら話を聞いていた。
「本当だぜ。俺はなんでもそいつから聞いたんだ。嬢ちゃんの秘密兵器の魔術具のことだって知ってたぜ」
ジークリヒはその単語に敏感に反応した。
そして初めて口を開いてソフィアに質問した。
「それは本当ですか? 初めて見るはずの魔術具が避けられたと……」
「はい、合ってます。先日の模擬戦でしか人前で使ったことのない私の魔術具も避けられました。まるで事前に情報を与えられていたかのように」
「そうなると、当然魔術具の情報を知っているのは……」
当然、騎士団の誰かになる。
そして、実際に魔術具を受け、詳細に説明できるほど速度を知っているのは、ムックしかいない。
ジークリヒやレオという、自分よりも地位の高い人間に疑いの目を向けられたムックは、大声を出して騒いだ。
「それも嘘に決まってる! 本当は誰かに見せてたんだろ! そこから伝わったんだ」
「奥の手である魔術具を公開するメリットはない」
ムックの言葉をレオが一刀両断した。
ムックはレオを睨みつけるが、すぐに釈明に戻る。
「じゃ、じゃあ間違って誰かに言ったんだ!」
「誰かに間違って見せたところで、たった一日で王都から遠い山奥にいる盗賊団に正確な情報が伝わるとは考え辛い」
ムックの言葉を否定したのはジークリヒだった。
「嘘だ! 全部嘘だ!」
「ムック、お前の説明では辻褄が合わないことが沢山ある。なぜジルドンは騎士の監視を抜けることができたのか。それになぜ本部の場所を知っていたのか」
ジークリヒはムックへと疑いの眼差しを向けていた。
風向きは完全に変わった。
先ほどまでソフィアに向けられていた疑念は、今やムックに向けられている。
「そして、お前がソフィア様にある種の恨みを抱いていたことは、私たちは知っている」
この状態なら大丈夫だろう、とソフィアは第十班の騎士に質問する。
「第十班の皆さんの中で、盗賊団を捕縛していた時のムックさんの行動を詳細に説明できる方はいらっしゃいますか? それか、この時間帯は姿が見えなかった、という証言でも良いのですが」
ソフィアはそう質問したのだが、彼らは少し渋っている様子だった。
未だにソフィアには釈然としない思いを抱えているので、味方をしたくないのだろう。
ここはどうにか脅しでもしないと、情報が出て来ないだろう。
しょうがない、とソフィアは貴族としての仮面を被って、気が進まない演技をする。
「ここで証言を出し渋ってもらっても構いませんが、私は、あなた達のことをずっと覚えておく、ということを覚えておいてくださいね」
腐ってもソフィアは侯爵令嬢であり、宰相の婚約者なので、脅しの効果はあったようだ。
第十班の騎士は慌てて証言を出し始めた。
「そ、そういえば、少し姿が見えない時間があったかも……」
「姿が見えなかったので、点呼のときに名前を呼んだら、森の中から出てきました……」
「っ! おい! 何を言ってんだよ! これも嘘だ! 全部デタラメなんだ!」
ムックは仲間の裏切りに声を出して荒ぶり、騎士たちの証言を否定する。
しかし、誰の目から見ても、今怪しいのはムックだった。
「ムック」
ジークリヒの厳しい声が、ムックの言葉を遮った。
ムックはぴたりと動きを止め、ジークリヒの顔を見る。
「お前には、一度詳しく話を聞く必要があるようだ」
「なっ」
「誰かコイツを捕縛しろ!」
ジークリヒは騎士に命令して、ムックを捕えようとする。
ジークリヒは失望の篭った目をムックへと向けた。
「ムック、失望したぞ。まさかここまで堕ちているとは……」
ジークリヒのその目に激高したムックは叫ぶ。
「ふざけるな! 俺は騎士団の中でも指折りの実力者なんだぞ! こんなもので捕まえられる筈が……!」
ムックは腰の鞘から剣を抜こうとして──
目に追えない速さで抜刀したジークリヒに、剣を弾かれた。
宙を舞った剣は地面へと突き刺さる。
ムックはジークリヒの剣に全く反応できなかった。
ジークリヒなどとるに足らない、と侮っていた筈なのに。
「……え?」
「お前が実力者? ふん、笑わせる」
ジークリヒはムックの言葉を鼻で笑う。
ムックの言葉を聞いていた、精鋭である第一班の騎士は、隣の騎士に質問した。
「なぁ、ムックが指折りの実力者って聞いたことあるか?」
「いやいや、聞いたことない」
「騎士団の中では平均より上ってだけで、別に強くはないだろ」
「模擬戦でも俺達ずっと勝ち越してるしな」
第一班の全員は首を傾げている。
ムックはわなわなとその言葉を否定した。
「う、嘘だ……だって俺は第一班で……」
第一班の騎士たちは呆れたようにため息をついて、ムック見ていた。
「それってずっとお前がジークリヒ隊長に、一班に入れてくれって頼んでたからだろ?」
「余りにもしつこいから、試しに入れたんじゃなかったか?」
「俺もそう聞いたぞ」
「そ、そんな……」
ムックは恐る恐るジークリヒを見る。
ジークリヒは冷たい視線をムックへと注いでいた。
「ああ、その通りだ。一班に入れたのは実力ではない」
一班の騎士はそんなムックを見て笑い声をあげた。
「おいおい、アイツまさか自分が実力者だと勘違いしてたのか?」
「隊長の剣に全く反応できてなかったのに、実力者って……」
騎士たちの笑い声は馬鹿にしたような笑い方では無く、自らの力を過信していたムックへの冷笑が大半だった。
だからこそ、それはムックのプライドをズタズタに引き裂いた。
「なっ……!」
ムックは顔を真っ赤にして言い返そうとした。
しかしジークリヒがムックへと切っ先を向けると、ムックは一歩後ずさった。
「お前は容疑者だ。おかしな真似をすれば即座に斬る。いいな」
「ぐっ……!」
ムックは悔しそうに歯軋りをする。
手から剣が無くなり、抵抗できなくなったムックは縄にかけられた。
そして騎士たちに捕縛した盗賊団を乗せている馬車へと乗せられた。
「こんな扱いは許されない! 全て言いがかりだ! 俺は無実だ!」
ムックは言い逃れの弁明を叫びながら、盗賊と同じ馬車に乗せられ連行されて行った。




