44話 盗賊団討伐(2)
ソフィアは護衛の騎士に連れられて、盗賊団の潜む山の前へとやって来た。
魔力をできるだけ節約して魔力を発動するために、盗賊団が潜んでいる山に可能な限り近づかなかればならなかったのだが……。
「はあっ……! はあっ……!」
「あの……大丈夫ですか」
肩で息を切らしながら歩いているソフィアに、騎士の一人が大丈夫かと話しかけた。
ソフィアはぜえぜえと息を吐きながら返事をする。
「だ、大丈夫です……こんなに、運動したのは、久しぶり、だった、ので……っ!」
(普段運動しないツケがこんなところで回ってきた……!)
いつも研究室に閉じこもってばかりで、運動をろくにしなかった自分を恨みながらソフィアは歩く。
例の如く杖を浮かせながら歩くソフィアは、護衛の騎士からは「本当に大丈夫なのかコイツ……」と言いたげな怪訝な目で見られていたが、ソフィアは特に気がついていなかった。
「大丈夫だ。少し頼りなく見えるが、これでもやる時はやる人間だ」
ソフィアの護衛についてきたレオがソフィアのフォローをした。
少し失礼なことを言われているような気がしたが、言い返す気力さえなかった。
そうこうしている内に、山の麓までやってきた。
「ここまでで大丈夫です」
山の入り口に立つと、ソフィアは護衛の騎士に護衛はここまででいいと伝える。
そして息を整えると、杖を手に握った。
「それでは──行ってきます」
「ああ」
レオは力強く頷いた。
ソフィアは深呼吸して、目を瞑る。
そして目を開けると魔術を使って飛び上がった。
風魔術を応用した飛行魔術で、ふわりと空へと浮かび上がると、山の頂上よりさらに高い場所まで昇っていく。
そして山の頂上より高い位置で停止すると、下を見下ろした。
「あそこが盗賊団のアジトか……」
山頂より高い場所で山を見下ろすと、盗賊団のアジトがすぐに分かった。
見張の櫓や、木で作られた柵が洞窟の周りに張り巡らされ、洞窟の近くでは煮炊きして食事を用意した跡まで見える。
ソフィアから丸見えということは、逆に言えばあちらからも丸見えのようで、盗賊団も空に浮かぶソフィアに気がついた。
盗賊のうちの一人が気がつくと、すぐに全員に空に浮かんでいる魔術師のことが盗賊団のメンバーへと伝わっていく。
「お、おい。あれ……」
「人、か……?」
「魔術で浮かんでる……?」
「魔術師が何でこんなところに……?」
盗賊団が空に浮かんでいるソフィアを指差す。
「っジルドン……!」
ソフィアは盗賊団の中に、ジルドンがいるのを見つけた。
「お頭、魔術師がいます!」
手下の一人がソフィアを指差し、ジルドンに教える。
ジルドンは空に魔術師が浮かんでいる、と聞いて怪訝そうな顔になった。
「ああ? 何を言って──」
ジルドンは手下が指差す空を見て、絶句した。
空に浮かんでいる魔術師の名を、ジルドンは知っていたからだ。
「まさか……」
空に浮かんでいる人間が、ソフィアだと気がついたようだ。
「全員逃げろ──」
ジルドンが急いで部下に退避を促す。
しかしもうすでにソフィアは魔術の発動の直前で、その命令は無駄になった。
「前は、魔術を封じられたけど、今度は私の本気を見せてあげる」
騎士たちとの模擬戦の中で着想を得て、作られた魔術。
激流で全てを飲み込み、反撃することすら許さずに拘束していく。
新しい魔術の名前は──
「『冠水神殿』」
この魔術にかかったものは、手足を拘束され術者に跪かざるを得なくなる。
まるで、敬虔な信徒が神に祈るように。
杖の先に魔力が集まり、直径十メートルほどの大きな水球を形成した。
そして水球から一筋の水が流れ、それが次第に大きな激流となり、広がっていく。
「ひっ──!」
「何だこれ──」
盗賊たちは為す術もなく水へと飲み込まれていく。
たとえ反魔の盾を持っていたとしても、この密度の魔法は反射することができず、貫通してしまう。
ジルドンが持っていた魔術具も魔術師の魔術を封じることに特化しているものなので、この魔術を防ぐことができないだろう。
水の洪水はたちまち山全体を覆い尽くした。
残されたのは、何もできずに水で拘束された盗賊団。
その中には逃げようとしたのか、少し離れたところで魔術に拘束されているジルドンもいた。
全員が跪いて、祈るように空を見上げていた。
木の葉から雫が落ちて、森全体が太陽に照らされて輝いている。
盗賊団は天を仰ぎ見る。
そこには、まるで女神かと疑うほど神々しく浮かぶ、ソフィアがこちらを見下していた。
ソフィアは上空から降りてくると、騎士たちに盗賊団を捕まえたことを報告した。
「山にいる人間は盗賊は全員捕まえました。捕縛をお願いします」
「何で俺がこんな目に……!」
ムックは森の中を歩きながら悪態をついた。
「俺は期待の新人なんだぞ! 他の奴らとは違うんだ! 子爵家の息子をこんな扱いをして良いと思っているのか!」
元々騎士団の中でも若手でありながら優秀だったムックは、期待の星のはずだった。
もっとも、それはムックが勝手に期待されていた、と考えていただけで、ジークリヒをはじめ、指揮官クラスの騎士からは『短慮で忍耐がない、扱いづらい若造』という認識でしかなかったが。
「そもそも、あいつが悪いんだ! 俺はただ女が騎士団にやってきて模擬戦をするっていうから現実を教えてやろうと思っただけなのに、卑怯な手を使って俺をコケにして……」
ムックは模擬戦のことを思い出し、苦い表情になる。
「作戦会議でも、少し仕返ししてやろうと作戦のことについて質問しただけなのに、過剰反応で俺を悪者扱いしやがった。くそっ……隊長は宰相の婚約者だからって謙りすぎなんだよ。良いところを見せてのしあがろうとしてるのが丸見えなんだよ!」
ムックは道端の小石を蹴飛ばす。
ムックの言っていることは全てムックの妄想であり、現実ではない。
現実はただジークリヒは部下の暴走を止めただけであり、点数稼ぎをしているという意図はない。
「俺は結局隊長の点数稼ぎに使われただけじゃないか! くそっ! 許せねえ!」
そんな風に悪態をついていると、盗賊団のアジトに到着した。
「各々盗賊を捕縛しろ!」
「「「ハッ」」」
「チッ……!」
ムックのいる第十班に命令が下る。
第十班の騎士たちはただの雑用ということもあり比較的面倒臭そうに、ムックはバレないように舌打ちをした。
ムックを含む騎士たちは縄を手に取り、アジトの中で跪いている盗賊たちを縄にかけていく。
魔術では失敗しないと断言するだけはあるようで、盗賊たちはしっかりと魔術で拘束され、取り逃がしはいないように見えた。
「侯爵家だからって、調子に乗りやがって……俺が昇進したら絶対に仕返ししてやる……」
アジトに散らばっている盗賊に縄をかけて捕縛しながら、ブツブツと文句を垂れていた。
その時。
「ん? なんだ、人か?」
ムックはアジトから少し離れたところで、森の中に転がっている人間を偶然見つけた。
恐らくソフィアの魔術に気がついて逃げようとしたものの、逃げ切ることができず、せめて見つかりにくいように茂みに飛び込んだのだろう。
「チッ、こんなところにもいるのかよ……!」
ムックは舌打ちをする。
潔く纏って捕まっていればいいものを、逃げてわざわざ離れたところに倒れている盗賊団に怒りを覚えた。
一々歩いていって捕縛するのは面倒臭いが、盗賊団を逃すわけにはいかない。
ムックは仕方なくその転がっている男の元へと歩いていった。
「チッ……気づかれたか……!」
転がっている男は近づいてくる足音を聞いて舌打ちした。
「はぁ……ツイてないぜ……騎士団じゃなくてあの嬢ちゃんが来るとはなぁ……魔術具で拘束するってのは正しかったんだな」
「おい、静かにしてろ……」
何やらぶつぶつと呟いているその男を気味悪く思いながら、ムックは捕縛しようとする。
ムックはその男を縄で縛ろうとして、手を止めた。
「お前は……」
その顔は、予め知らされていた盗賊団の団長であるジルドンだったからだ。
盗賊団の頭を見つけても、ムックは大して心は動かなかった。
本当なら盗賊団の団長を捕まえたら手柄になり、騎士団の中で出世できる。
しかし実際に捕まえたのはソフィアということになるので、ムックは目の前でソフィアの手柄に貢献しているような気分になり、さらに落ち込むこととなった。
「はぁ……俺も年貢の納めどきか……」
そんなことを呟いているジルドンを見て、ムックはあることを思いついた。
自分を雑用係に叩き落としたソフィアに復讐をする方法を。
このジルドンという名の盗賊団の頭はかなり優秀だ。
手下たちはアジトで転がっているのに、ソフィアの魔術に気づいてここまで逃げることができた辺り、危機察知能力も、身体能力も秀でているのは確かだ。
(こいつは使える)
ムックは歪な笑みを浮かべた。
「お前、そう言えば魔術師封じの魔術具を持っていたんだよな」
「それがどうした。腰の巾着にあるぜ。盗るんなら、さっさと盗れよ」
「いいや……」
もはやムックは魔術具如きに興味はない。
そして、ムックはジルドンにとある提案をした。
「お前、助かりたくないか?」
「何?」
突然そんなことを言い始めたムックに、ジルドンは眉を顰める。
ムックはニタリ、と笑みを溢した。
「……取引か?」
「そうだ」
「俺を逃すってのかよ。良いのか、騎士様なんだろ?」
「別に構わない。ただし、代わりに俺の条件を聞いてもらうがな」
「条件だと?」
「ああ、それは──」
ムックはジルドンに取引の条件を伝える。
「それは……」
取引の条件を聞いたジルドンは目を見開いて驚いていたが、笑みを漏らした。
「分かった。その取引、受け入れるぜ」




