42話 杖と剣の強化
ソフィアはフレッドの素材屋の扉を開く。
カウンターには暇そうに魔術具を磨いているフレッドが立っていた。
この店はあまり繁盛していないせいで客は少ないが落ち着いた雰囲気で、それがソフィアにとっては好きなポイントの一つだった。
そして一番重要なのは、偶に値引きをしてくれるのだ。
当時、あまりお金を持っていなかったソフィアにとって、素材の値引きをしてくれるフレッドは、神様にも見えたものだ。
「フレッド」
「ソフィア様! いらっしゃいませ!」
フレッドはソフィアが入店したことに気づいた瞬間、明るい表情になった。
フレッドはソフィアを見た瞬間、上機嫌であることに気がついた。
「ソフィア様、今日は上機嫌ですね。新しい魔術を発明したんですか?」
「うん、それもあるんだけどね」
ソフィアはフレッドに左手の薬指に嵌めた指輪を見せた。
「これ、レオからもらったの」
「それは……婚約指輪ですか!? おめでとうございます!」
フレッドはソフィアを祝福する。
ソフィアはくすぐったそうにフレッドにお礼を言った。
「今日は何をお求めですか?」
「今日も杖の強化に、高級素材を買おうかと思って」
「最近妖精の鱗粉を購入されたじゃないですか」
「一週間後に盗賊団の討伐に出かけるから、できるだけ杖を強化しておこうかと思って」
「それは確かに杖の強化が必要ですね。どんなものをお求めですか?」
「この店にあるものを全て持ってきてちょうだい!」
ソフィアは太っ腹にそう宣言した。
「了解しました。ここでお待ちください」
フレッドは応接室にソフィアを案内すると、ソファに座らせて、高級素材を取りに行った。
「こちらが、当店にあるだけの高級素材です」
フレッドが机に幾つかの箱を置いていく。
箱の中には高級素材が入ってあった。
「ドラゴンの角、ドラゴンの心臓、ユニコーンの角……」
大体十種類ほどの高級素材が並べられており、ソフィアはそれを上から覗き込んで吟味する。
どの素材にも特徴があり、それを活かせるかどうかが肝心だ。
「うーん……」
ソフィアは目を閉じて唸る。
「悩ましい……どれを買うべきか」
しばらく考えて、ソフィアは目を開けた。
「よし! 全部買おう! お金あるし! 何に使うかは買ってから考えよう!」
ソフィアは高級素材を全て購入することにした。
幸いにもアメリアの商会からの収入がかなり溜まっているので、全ての素材を購入したとしても財産は半分以上残る。
「ぜ、全部ですか!?」
フレッドは目を剥いていた。
まさかソフィアが高級素材を全て購入するとは思っていなかったのだろう。
「し、失礼ですがお金はあるんですか?」
「大丈夫。お金だけはあるから」
ソフィアは胸を張る。
美容液の製造の継続的な利益で、ソフィアはかなりお金を持っていた。
「さすが、商会を持ってる方は言うことが違いますね……」
「まぁ、私が商会を運営してる訳じゃないんだけどね」
ソフィアは照れながら頭をかく。
「では、ここの素材は全て購入ということで宜しいですか?」
「うん」
「それなら……合計でこの位です」
「…………あれ? 少し安くない?」
提示された合計金額はソフィアの計算よりも一割ほど安かった。
フレッドに尋ねると、フレッドは片目を瞑る。
「大量購入なさってくれたので、これはサービスです」
「本当!? ありがとう……!」
ソフィアはフレッドに勢い良くお礼を述べた。
しかしソフィアがお礼を言うと、フレッドはどこか憂いのある表情になった。
「フレッド?」
「え!? あ、いや! 何でもありません! 購入された素材はまた運ばせていただきますね!」
「え、あ、うん……」
それから、例の如く素材はフレッドに届けてもらうことにして、ソフィアは研究室へと戻った。
研究室に戻ったソフィアは、高級素材を机に広げる。
圧巻の光景だ。
「ふふふ……これが全部私の物……」
机の高級素材を見ていたら怪しげな笑みが漏れてきてしまった。
何とか抑えようとするものの、これからどうやってこの素材を使っていこうかと考えると、笑みは止まらなかった。
「取り敢えず、杖は強化するに越したことはないから、できるだけ使っておこう」
ソフィアは手に入れた高級素材を使い、杖を強化する。
一つずつ杖に魔力で素材を定着させていく。
手に入れた素材は大抵使ったので、今のソフィアの杖は高級素材の特性がてんこ盛りの状態だ。
普通は相性の悪い素材がいくつかあるものだが、先に使っていた妖精の鱗粉が繋ぎになって、定着させることができた。
結果として、杖の魔力効率は尋常ではないことになっているのが分かる。
ただ、流石にすべての素材を使い切ることができず、どの素材も半分ずつほど残ってしまった。
「これ、どうしよう……」
ソフィアは考える。
「そうだ、レオの剣も一緒に強化しておこう」
ソフィアはレオの剣も一緒に強化するとにした。
早速レオを王宮から、この研究室へと連れてくる。
恐らく仕事中だったレオだが、「剣を強化しない?」という言葉にはすぐに食いついた。
その食いつきぶりを疑問に思って質問してみると、レオ曰く、「男は剣の強化というのものに目がない」という答えが返ってきた。
ソフィアには余り理解できなかったが、そういうものなのだろう。
レオを王宮から呼んできたソフィアは、机の上に高級素材と、ソフィアの杖を並べた。
「レオの剣を貸してもらっていい?」
「ああ」
レオが腰から鞘ごと剣を抜いてソフィアに渡す。
その時、レオはソフィアへと質問した。
「少し気になっていたんだが」
「どうしたの」
「魔術師は杖がなくても魔術を使えるだろう」
「うん」
「なぜ杖が必要なんだ?」
「あー……」
ソフィアは納得した表情になった。
それは魔術師以外の人間からよく聞かれる質問だったからだ。
「確かにはたから見ればそうなんだけど、杖があるのと無いのとでは大きな違いがあるんだよ」
「そうなのか?」
「うん、たとえばレオが戦う時は、使い慣れた剣を使うよね?」
「そうだな、初めて使う剣よりも、使い込んで手に馴染んだ剣の方がいい」
「それと同じで、魔術師も手に馴染んだ杖を使いたい、というのが理由の一つであるの。魔術師の杖は自分用に改造されてるから」
「改造?」
「魔術師の杖はどれも自分の魔術を強化するための素材が組み込まれてるの。私の妖精の鱗粉みたいにね」
「なるほど。自分用の剣ということか」
「その通り。剣と違うのは、素材によって出力がかなり変わってくるところかな。私のは前まで全く強化してないからほとんど木の棒だったんだけど」
変わって、デルムの杖は高価な素材を惜しみなく使い、強化に強化を重ねた杖だったのだが。
レオもその事実に気がついたのか、半分呆れたように聞いてくる。
「ということは、ソフィアは第二王子と決闘の時にそんなハンデを抱えていたと?」
「まあね」
ソフィアは話をレオの剣の強化に戻す。
「さて、レオは剣に何か付与して欲しい効果とか、希望はある?」
「そうだな……」
レオは顎に手を当てて考える。
「取り敢えず、頑丈にして欲しい。後は切れ味が落ちないようにして欲しい」
「え? 他にはないの? こう、もっと剣から火が出るようにして欲しいとか」
「そんなものは必要ない。一番大切なのはその二つだ」
「何だか達人みたいだね……」
「それに、そういうのは魔術を使えばいい話だ」
「えっ? レオ、魔術使えるの?」
「ああ、俺のは齧った程度で、ソフィアの魔術に比べれば型通りのものしか使えないがな」
「えぇ……それだけでも凄いと思うけど……」
剣術に加えて魔術まで使えるなんて、一体どこまで高性能なのだろうか……。
「でも、魔術は門外漢って言ってなかった?」
「それは普通の魔術師のように、学院で学んでいないからな。家庭教師に軽く魔術を習った程度で、ソフィアのように応用を効かせた魔術は使えない」
「それでも十分すごいと思うけど……」
政治、剣術、魔術を幅広くと使える上に、政治と剣術に関してはトップクラスだ。
本当に隙がない人物だと言えるだろう。
ソフィアはレオが、どうしてこの若さで宰相という地位に昇り詰めたのかが分かったような気がした。
「分かった、頑丈さと切れ味だよね」
ソフィアは手持ちの素材の中から、その効果を付与できそうな素材を探す。
「これと……これかな」
ソフィアが選んだ素材はアイアンゴーレムの装甲と、土大蛙の油だった。
「ゴーレムの装甲は、コアを守ってる部分のものなので、普通の金属よりもかなり硬くて、頑丈なの。それと油は液体を弾いて、ずっと切れ味を保護してくれる効果を見込めると思う」
「ではそれで頼む」
レオは剣の強化をソフィアに頼んだ。
「じゃあ今から強化するね」
ソフィアは剣と素材に魔力を通して、剣を強化する。
素材が定着したのを確認すると、レオに剣を渡す。
「……」
レオは剣を明かりに翳し、土大蛙の油でぬらりと光る刃渡りを確認すると、鞘にしまう。
「ソフィア、少し試し切りをしたい。外で魔術で岩を出してくれないか」
「分かった」
ソフィアはレオの要望通り、部屋の外に出て岩を出すことにした。
「どれくらいがいい?」
「人くらいの大きさで頼む」
「はい、どうぞ」
ソフィアは人の身長くらいの大きさの岩を、魔術で生成した。
「……」
レオは目を瞑り、深呼吸すると、剣を引き抜いた。
一閃。
一太刀の元に、岩は真っ二つに両断されていた。
「確かにいい剣だ。ソフィア、ありがとう」
レオは鞘に直すと、ソフィアにお礼を述べた。
ソフィアはまるで当然かの如く岩を両断するレオを見て驚愕していたが、すぐに我に戻った。
「せ、成功でいいの……?」
「ああ、切れ味も耐久性も上がっている。間違いなく素材の付与は成功だ」
「それは良かった……」
「では、そろそろ俺は仕事に戻るぞ」
「え、あ、うん」
「ソフィア、剣の強化感謝する。またいつもの時間になれば迎えにくる」
そしてレオは王宮へと戻っていった。
ソフィアはそんなレオの背中を見て、一言呟いた。
「やっぱり超人だ……」




