41話 婚約指輪
騎士団との模擬戦が終わった翌日。
「よし、新しい魔術を発明できた……!」
新しい魔術を発明することに成功したソフィアは、杖を下ろした。
ソフィアがいるのはいつも使っている研究室とは別で、魔術の開発用の研究室を使っていた。
部屋の中には殆ど物は置いておらず、床には焦げた跡や、傷がついてたりと実験の跡が残っていた。
魔術の発明は紙に術式をカリカリと書くだけではなく、もちろん実際に使って、ちゃんと魔術が正常に発動されるのかが重要になってくる。
室内で魔術を開発しているのは、新しい魔術を誰かに盗まれて、権利を勝手に登録されるのを防ぐためだ。
『水障壁』のときも人目には触れないようにこっそりと練習していたのだが、結局デルムに盗まれてしまった。
だからこそ、今回こそは魔術を盗まれまいと、自分一人だけが使える部屋で魔術を練習していた。
「この魔術、かなり魔力を喰われるけど……うん、これなら盗賊団討伐の時にも使えそう」
ブツブツと呟くソフィアは、紙をテーブルの上に広げた。
「でも、これだと魔力を使いすぎて、継戦能力には問題が生まれるから、それは問題かも……」
ソフィアは広い部屋の中にポツンと置かれたテーブルの上で、新しい魔術の論文を書き連ねていく。
そしてキリが良いところまで書き終えたところで、清書はいつもの研究室でしようと、紙や杖をまとめて持つ。
「まあ、こんなところかな」
確かな手応えを感じながら、ソフィアは元の研究室へと戻っていった。
「あ、レオ」
研究室の中にはレオがすでにいた。
「今日はどこに行ってたんだ」
「今日は新しい魔術を発明してたの」
「……いつも魔術を発明してないか?」
「そんなことはないけど……最近は頻度も低めで、一ヶ月にニ個くらいだし」
「……俺は魔術については門外漢に等しいが、それはかなり発明している部類じゃないか?」
レオが少し呆れた声を出していた。
そのレオの予想は正しい。
魔術の発明は普通の魔術師が急いで発明しても、一ヶ月に一つが限界だ。
頻度が低くて、その上で二倍のスピードで魔術を開発できるソフィアは、十分異常と言える。
ソフィアは首を傾げる。
「そうかな?」
「そうだ」
レオは間髪入れずに頷いた。
何だか旗色が悪いような気がして、ソフィアは話題を変えた。
「今日はいつもより早いけど、何かあったの?」
「用事、そうだな……」
ソフィアがいつもよりレオに早い理由を尋ねると、レオは少し挙動不審になった。
そわそわとしていて、どこか落ち着かない様子だ。
「用事といえば用事なんだが……」
「別に用事がなくても来てくれていいけど……」
「いや、そうじゃない。これを、今日は渡しに来たんだ」
そう言ってレオはポケットから小さな箱を取り出した。
「これは?」
「指輪だ」
レオが箱の蓋を開けると、そこには指輪が入っていた。
「え?」
ソフィアは一瞬思考が停止した。
「指輪……?」
「先日は、俺のせいでソフィアに心配をかけたからな。こうして形を残した方が、ソフィアにとっての信頼の証になるんじゃないかと思ったんだ」
悪いことは全くしていないのに、まるで言い訳をするみたいにレオは早口で説明する。
滅多に取り乱したりしないレオが慌てているのを見て、ソフィアはレオでも緊張するのだ、とクスリと笑った。
「これを私に?」
「ああ、婚約指輪で本物を渡すのにはまだ早いが…………受け取ってくれるか?」
「もちろん……!」
レオはソフィアの前に跪いて、指輪をソフィアの左手に指輪を通した。
ソフィアは手を近づけて、間近で指輪を見る。
「綺麗……」
指輪に嵌められた小さな宝石がきらりと輝いている。
レオがくれた確かな証。
ソフィアは守るように、しっかりと指輪を胸に抱きしめた。
「レオ……ありがとう」
「次は、結婚指輪を渡す」
「っ……!」
感極まったソフィアはレオに抱きついた。
レオは少し驚いたものの、ソフィアを優しく抱き止めた。
ふわりとレオから香水の匂いが漂ってくる。
「ソフィアから抱きついてきたのは初めてじゃないか?」
「そうだったけ」
「ああ、そうだ」
レオの心臓の音を聞きながら、ソフィアはそんな他愛もない話をした。
二人の間には穏やかな空気が流れていた。
しばらくすると、レオがソフィアから離れた。
「そろそろ仕事に戻る」
「あっ……」
ソフィアは名残惜しさから、声が漏れ出た。
そんなソフィアを見て、レオは愛おしそうに目を細めると頭を撫でた。
「今日も迎えにくる」
「……分かった。それまで待ってる」
そう言って、レオはソフィアの額にキスをして、また王宮へと戻っていった。
レオが帰った後、ソフィアは上機嫌だった。
何度も左手の薬指についた指輪を見て、笑みを零す。
周りに花が浮かびそうなくらいの笑顔を浮かべ、すでに論文に手がつかない状態だった。
そして、ソフィアは杖に目をつけた。
「あ、そうだ! まだ杖をあれから強化してなかった」
あれから、というのは妖精の鱗粉を入手してからのことだ。
ソフィアは資金はあるものの、色んなことがあって杖を更に強化していなかった。
直近の予定では盗賊団の討伐にも同行する予定だし、杖を強化しておいた方が良いのは間違いない。
「よし、盗賊団討伐のために、思い切って、杖を強化しよう!」
ソフィアはまた高級素材を購入して、杖を強化することにした。
所謂、散財をするつもりだ。
ただ、ソフィアには盗賊団の討伐なのだから、装備を強化して困ることはないだろう、という考えもあった。
早速フレッドの素材屋へと向かうことにした。




