40話 模擬戦(2)
(これが初めての実戦……だけど大丈夫、誘拐されたあの日から実戦のことはずっと考えてきた)
ソフィアはムックを見ながら心を落ち着かせる。
(それに、真っ向からは勝てないけど、初見の相手には絶対勝てる自信がある)
ソフィアは深呼吸した。
「両者、前へ」
ジークリヒの言葉で、ソフィアとムックは前に出た。
ソフィアとムックは向かい会う。
ソフィアはムックを油断なく見つめ、ムックの方はソフィアを侮った笑顔で見つめていた。
「模擬戦、始め!」
ジークリヒの声で、模擬戦が始まった。
まずは二人ともお互いの出方を様子見しようと、何もしない。
先に痺れを切らして動いたのはムックの方だった。
「そっちから来ないなら、俺の方から行きますよっ!」
ムックが木剣を構え、ソフィアへと向かってくる。
(なるほど、確かに決闘を真っ先に立候補しただけあって、速い……!)
ムックは騎士団の中でも、恐らく実力者なのだろう。
だが、レオほどの速さではない。
つまり、目で追える。
「『魔弾』」
ソフィアは牽制用の魔術を杖から放った。
「おらぁっ!」
しかしムックは盾でその魔術を弾いてしまった。
特に効いた様子は無い。
ムックはソフィアの魔術を弾いたことで得意げな笑顔を浮かべた。
「ハッ! やっぱりな! 魔術師が騎士に勝てるわけがねぇんだよ!」
どうやら、ムックはソフィアが自分には勝てないと思っているらしい。
手に持っている反魔の盾のおかげだろう。
大抵の魔術を弾く盾は、魔術師と騎士の戦いに、大きな革命をもたらした。
(反魔の盾……とても厄介だ)
反魔物質。
魔力を反射する物質であり歩兵にとっては心強い物質だが、魔術師にとって天敵の物質でもある。
盗賊団の団長であるジルドンが、ソフィアの魔術を封じるために使っていた魔術具は、貴族でも購入にはハードルが高い、高価な物だが、対して反魔物質自体はコストが低く、騎士の持っている盾全てに塗布されている(それでも、庶民が簡単には手が出せる金額ではないが)。
反魔物質は強力であり、並の魔術を反射してしまう。
そのため、魔術師と騎士の戦闘では、騎士が圧倒的な有利を得ることとなった。
ソフィアがムックに勝つためには反魔の盾をどうにか掻い潜り、ムックに魔術を当てなければならない。もしくは、反魔物質すら貫通するような大魔術を放つしかない。
しかし相手は訓練と実戦を経験した騎士。
大魔術を準備するための時間は与えてくれないだろうし、それにこれは模擬戦だ。
周りで見学している騎士を巻き込むようなものは放てない。
「オラァッ!」
ムックがソフィアに肉薄し、木剣を振るう。
ソフィアは魔術を使って距離を取った。
「逃げるだけじゃ模擬戦の意味がありません、よ!」
もちろん、ソフィアも対反魔物質用の手札は用意してある。
懐から筒状の魔術具を取り出すと、ムックへ向けて筒の中の物を発射した。
「魔術具使ったって反魔物質は防げ──は?」
ムックは先程と同じように、盾を構えて魔術具から発射された物を防ごうとした。
しかし、魔術具から発射されたは縄のようなものは、盾ごとムックを縛り上げた。
両腕を縛られ、バランスを崩したムックは転倒する。
「なっ、何だこれ!?」
「油断大敵ですよ。何でも盾に頼っていると、いつか足元を掬われます」
「魔術は盾で防げるはずだろ!? 何で解けねぇんだよ!」
「それ、縄は大蜘蛛の糸から出来てるので、魔術とは関係無いんです。発射するときに魔術具の中の魔術は発動してますけど」
つまり、この魔術具は反魔の盾を封じるために作られた魔術具というわけだ。
この魔術具は、以前ジルドンに魔術具で魔術を封じられたソフィアが、魔術を使えない状態でも対抗できるように考えた魔術具だった。
しかしムックは気に入らなかったのかソフィアに文句を言う。
「こ、こんなの卑怯だ! こんなの初見殺しじゃないか! 初めて戦う相手以外には通用しないぞ!」
「…………? あなたも実戦と言っていたじゃないですか。実戦に卑怯が存在するんですか?」
ソフィアは不思議そうな表情で首を傾げる。
「なっ……!」
「それに、たしかに初見殺しですけど、実戦で初見殺しだからという言い訳が通用するんですか」
「っ……!」
ムックは自分から実戦、実戦と強調していたため、言い返すことができず、悔しそうに歯噛みをするだけだった。
「全く以てその通りだな。この勝負、ムックの負けとする!」
ジークリヒがソフィアの言葉を肯定し、ムックの敗北を宣言した。
ジークリヒは地面に転がるムックの元へと行って、ムックを見下ろす。
「楽勝、と言っていたな。相手を侮って油断することの恐ろしさが身を以て理解できたか?」
「……っ!」
「お前には相手を侮って負けた罰として、腕立て伏せ百回を命ずる」
ベテランの騎士がムックに罰を与えると、周囲から笑い声が沸き起こった。
「くそおっ……!」
笑い物にされた屈辱にムックはソフィアを睨む。
ジークリヒがこちらに駆け寄ってくる。
その表情は少し申し訳なさそうな表情だった。
「確かに模擬戦は終わりましたが……」
「ああ、そうですよね……」
確かに、模擬戦自体は終わった。
とはいえ、今のはただ魔術具の性能を示しただけで、本当の実力を示した訳ではない。
騎士の中には不満そうに隣の騎士と話している者もいる。
ソフィアは少し考えて、ベテランの騎士に提案をした。
「ここにいる皆さんでかかって来ていただいて構いません。反魔の盾も、勿論使っていただいても結構です」
「よろしいのですか?」
「はい、魔術師はもとより対多人数が得意なので」
一対多、しかも反魔の盾というハンデありで。
そんな条件をつけられた騎士たちは、ムックほどではないものの、不服そうな表情をしていた。
この大人数に一人で勝てると言われるのは、舐められているからだ、と思っているのだろう。
しかし、ソフィアは決して騎士たちを侮っていたわけじゃない。
ソフィアにはまだ初見殺しの手札が残っていたため、絶対に倒せる自信があったのだ。
「ソフィア、大丈夫か」
この人数での模擬戦は流石にレオも心配なようで、本当に大丈夫なのか質問してくる。
「大丈夫です。私、初見殺しには自信があるの。あ、あと離れといた方が良いかも。できれば広場の外まで」
「わかった」
ソフィアの自信たっぷりの表情を見て、レオは引き下がった。
そしてソフィアの助言を聞いて律儀に広場の外へと歩いていった。
「それでは、私達も加わりたいのですが宜しいでしょうか」
ジークリヒが耳打ちをしてきた。
ジークリヒと、森についてきた騎士たちも参加したいらしい。
ソフィアの魔術を受けてみたい、と目を輝かせていた。
「この際ですから、大丈夫ですよ」
若干その熱量に引きつつも、ソフィアは了承した。
それからさほど時間はかけず、ジークリヒの号令によって騎士たちは整列した。
模擬戦の広場は騎士対ソフィアで分かれていた。
ソフィア一人に数十人の騎士が向かい合う光景は、異様だった。
「始め!」
ジークリヒが合図をした。
開始の合図が聞こえた瞬間、ソフィアは杖に魔力を込めて飛んだ。
空中に浮かんだソフィアが風に髪をなびかせ、騎士たちを見下ろしている。
「総員、防御態勢!」
ソフィアが大きな魔術を放ってくると気づいたジークリヒが、他の騎士達に命令を出した。
騎士たちは素早くソフィアのいる天に向けて反魔の盾を構え、魔術を弾こうと試みる。
どうやら相手は連携まで取ってくるようだ。
しかし、問題ない。
どれだけ小石を積もうとも、川の激流を止めることなど出来ないのだから。
「『大激流』」
ソフィアが魔術を唱えると、杖の先に水が集まり、大きな水球が形成された。
その水球から一筋の水が流れ落ち、それが段々と大きな流れへと変わっていく。
そして最後には荒れた川のような、激流が騎士達を襲った。
「うわぁ!」
「助けっ……」
騎士たちが悲鳴を上げながら激流に飲まれていく。
ソフィアの作戦はシンプルだった。
単純に魔術を撃っていれば盾で弾かれ、肉薄されてしまう。
騎士との接近戦になれば、勝つのは確実に向こうだ。
それなら、反魔の盾でカバー出来ないほどの、広範囲で大質量の魔術を使えばいい。
ソフィアの作戦通り、騎士たちは為す術もなく激流に飲まれて行った。
十秒ほど広場を水の激流が暴れ、騎士たちを飲み込む。
ソフィアが魔術を解くと、騎士たちは全員反魔の盾を取られ、広場の端に集められていた。
水を飲み込んでしまったのか、ベテランの騎士は咳をしながら、集められた盾を見て驚愕に目を見開く。
「まさか、こんな大魔術を使いながら繊細な調整を……!?」
「盾を無力化するのが一番だと思ったので」
ソフィアが空から降りてくる。
「私は合格でしょうか」
ソフィアはベテランの騎士に質問する。
するとジークリヒは一も二もなく頷いた。
「もちろんです! 文句のつけようがないほど圧倒的な実力を見せていただきました! これなら、盗賊団の討伐に同行するのに太鼓判を押せます!」
「良かったです」
ソフィアは盗賊団討伐の同行に許可が出たことに安堵の息を吐く。
他の不満そうだった騎士たちも、ソフィアの実力を目の当たりにして認めざるを得なかったようだ。
騎士たちの目には不満はなく、それどころか敬意を込めた目でソフィアを見ていた。
しかしその中で、ムックだけは違った。
「何で俺だけこんな目に……!」
瞳には憎悪の炎を燃やしながら、ソフィアを睨みつけていた。




