4話 王宮からの呼び出し
「ただいま……」
「ソフィア!」
「やっと帰ってきたのね!」
ソフィアが帰ってきた途端、ソフィアの両親であるトーマスとレイチェルが血相を変えてやってきた。
人づてにソフィアがデルムから婚約破棄されたことを聞いたのだろう。
「心配だったわ! 何があったの!」
そしてソフィアの母のレイチェルがソフィアを抱きしめた。
「そうだ、なぜソフィアが婚約破棄などされなければならないんだ」
トーマスは心配半分、怒り半分の表情でソフィアを慰める。
「あの、お父様、お母様」
そんな二人の様子を見てソフィアは驚いていた。
「どうしたの」
「二人は怒ってないの?」
「怒るわけないじゃない」
「ああ、その通りだ。なぜ私たちがソフィアに怒るんだ」
「だって、私はデルム様との婚約を台無しにして……」
ソフィアはそう言いながら視線を落とした。
トーマスがソフィアの肩に手を乗せ、首を振る。
「確かに婚約がなくなってしまったことは残念だが、私たちが一番大切なのはソフィアなんだ」
「ええ、私たちの娘だもの」
ソフィアは両親の温かい心に触れて、涙を流した。
「ごめんなさい……」
レイチェルを抱きしめる腕に力を込める。
「ああ、可哀想に……酷い言葉をたくさんかけられたのでしょう」
「ソフィア、もう無理をしなくていい」
レイチェルはソフィアの頭を撫でる。
そしてソフィアが落ち着いてきたところで、両親はデルムが婚約破棄に至る経緯を聞いた。
魔術を奪われたことや、婚約破棄の時にかけられた冤罪のことを話すと、二人は青ざめた。
「そんなの酷すぎるわ……」
「ソフィアを奴隷のように働かせて功績を奪った上に、冤罪までかけて婚約破棄だと……!?」
トーマスは怒りを露わにする。
「あなた」
「ああ、長年デルム王子の陣営の筆頭として貢献してきたのにこの仕打ち……我がルピナス家は完全に舐められているようだ」
ソフィアとデルムが婚約してからと言うもの、ルピナス家はデルム第二王子陣営の筆頭として様々な貢献をしてきたはずだった。
それなのにデルムにこんな仕打ちを受けたトーマスは完全にデルムを敵として認識した。
「デルム王子はずっとルピナス家と婚約していることが不満だった、と言ってたわ」
「なるほどな……侯爵家よりも、宰相を輩出した公爵家の方が自分に相応しいと思っていたのか……」
トーマスはため息をつく。
これまでソフィアの婚約者ということもあり、デルムが国王になるためにかなりの労力を割いて後押しをしてきたのに、そんな理由で裏切られたことに呆れていた。
「どのみち、デルム王子の陣営は降りることになるだろう。元々国王様の頼みでデルム王子の陣営についたんだ。問題あるまい」
そしてトーマスは深く息を吐く。
トーマスは気持ちを切り替えたのか、穏やかな表情でソフィアに話しかけた。
「ソフィア、今日はもう休みなさい。疲れただろう」
「そうね、細かいことはまた明日考えましょう」
「分かった。お父様、お母様、お休みなさい」
確かに色々あって疲れていたので、この申し出はありがたかった。
ソフィアは両親に挨拶をして、自分の部屋へと戻っていった。
翌日。
「な、なんで王宮から召喚状が届いてるの……!?」
ソフィアは手元の手紙を見て驚愕の声を上げた。
それは王宮からの召喚状だったからだ。
ソフィアは慌てて両親に見せに行ったのだが……。
「ああ、私の方にも手紙が来たから知っているぞ」
「大丈夫よソフィア。行ってきなさい」
なぜか両親は全く動じていなかった。
それどころか王宮に行けと勧めてくるくらいだ。
「お父様とお母様は……」
「私たちはついていけないわ」
「召喚状には一人で来るように書いてあるからな」
ダメ元で言ってみたが、やはり二人はついて来ることはできないようだ。ソフィアは肩を落とした。
「そんなに気を張らなくても大丈夫よ」
「ああ、デルム王子の件についてなのは間違いないが、責められることはないさ」
「……それって本当なの?」
「まぁまぁ、とりあえず用意してきなさい。直に王宮から迎えの馬車がやって来る」
「その格好では王宮にはいけないものね」
「う……」
昨日は疲れていて、そのままベッドで眠ってしまったため今の格好は昨日のままだった。
肌は荒れていて、髪はボサボサ、そして服装はまるで貴族令嬢とは思えないくらいボロボロだ。
「さっ、お風呂に入ってらっしゃい。ソフィアを連れていって!」
レイチェルの声で使用人がソフィアを取り囲み、浴室へと連れていった。
魔術師として着ていた葡萄酒色のローブは剥ぎ取られ、使用人にゴシゴシと洗われ体の汚れを落とされる。
そして体を洗い終わると、今度はデルムにこき使われていたために荒れ放題だった肌や髪も整えらる。
最後に髪を結い上げ、ドレスに着替えると、そこには侯爵令嬢としてのソフィアが立っていた。
姿見の中に映るソフィアは、普段のソフィアを知っている者なら一目ではソフィアだと気づかない者もいるかもしれない。
「よくお似合いです」
「動きにくい……」
「ドレスとはそういう物です。さ、王宮から迎えの馬車が参りました」
ちょうどいいタイミングで迎えの馬車が来たらしく、ソフィアは馬車に乗り込んだ。
「ソフィア、そういえば言い忘れてたんだけど」
見送りにきた両親が馬車の窓からソフィアにそう言った。
「どうしたの?」
「私たちは了承してるからね。あとはソフィアが受けたいかどうかよ」
「ああ、自分で決めるといい」
「う、うん……」
ソフィアは両親が何を言っているのか理解ができなかったが、とりあえず頷く。
馬車が発車した。
そして揺られることしばらく、ソフィアは王宮へとやってきた。
案内されるままに王宮の中を歩いていくと、謁見の間に通された。
「ここでお待ちください」
「はい」
謁見の間の扉が開かれ、ソフィアは中へと入っていく。
「えっ」
そして謁見の間に予想外の先客がいたことに驚いた。
「宰相様……!?」
そこにいたのは昨日研究所の廊下でぶつかった『氷狼』宰相のレオ・サントリナだったからだ。
「……」
レオは謁見の間に入ってきたソフィアを静かに見つめる。
「昨日はすまなかった」
「えっ」
レオの突然の謝罪にソフィアは素っ頓狂な声を出した。
「昨日は色々あって気が立っていた。どこか痛めてはいないか」
「えっと……私のことが分かるのですか?」
ソフィアの疑問はそのことだった。
知り合いが見ても一目では分からないような変わり具合なのに、まさかレオは分かったと言うのだろうか。
レオは不思議そうな顔をして首を傾げる。
「? 分かるに決まってるだろう」
「そ、そうなんですね……」
何故かは分からないが、ソフィアは少し嬉しいような気持ちになった。
「あの、そういえば何故私と宰相様は謁見の間に呼ばれたのでしょうか」
レオとソフィアが同じく呼ばれたということは、少なくともソフィアとレオが関係する用件だということだ。
だがレオとあまり接点のないソフィアはどんな用件で呼び出されたのか思いつかなかった。
昨日のデルム王子の件というのは分かるのだが、それはレオには関係ないはずだし……。
「それは……」
レオが口を開いたところで、国王が謁見の間に入ってきた。
レオとソフィアはその場に膝をつく。
「顔を上げよ」
顔を上げると、国王と王妃のエリザベスが座っていた。
艶やかな黒髪の美女であるエリザベスは国王の隣で静かに微笑んでいた。
「お前たちにはまず初めに私から色々と言わなければならないことがあるが、あえて先に用件を話させて欲しい」
そして国王はソフィアとレオに用件を話した。
「ソフィア・ルピナス。レオ・サントリナ。お前たちに婚約して欲しい」