34話 不安
それから、ロベリアは毎日レオに会いにくるようになった。
レオの予定や、気持ちは全く考えられてはいない。
そのせいで、レオもかなり迷惑そうにしていた。
それもそうだ。自分に冤罪を着せて婚約破棄した人間に会いたくない、というのが本音だろう。
しかしロベリアはそれを気づいていないのか、それとも気づかないフリをしているのか、レオにしつこく纏わりついていた。
先日、結局ロベリアのせいで用事が有耶無耶になってしまったので、レオとソフィアは日を改め、話すことにしていた。
ソフィアは王宮へとやってきて、レオのいる執務室へと向かっていた。
ソフィアが王宮の廊下を歩いていると、前方にレオを発見した。
「レオ──」
ソフィアがレオに近寄ろうとした瞬間──
「レオ様!」
「痛っ……!」
どこからともなくロベリアが現れた。
そして、ロベリアはソフィアの背中を突き飛ばしてレオの元へと走っていく。
すれ違いざまにソフィアが見たロベリアの表情は、薄く笑みを浮かべていた。
元々勉強ばかりで運動神経がないソフィアは、もう少しでこけるところだった。
「ソフィア──」
レオはソフィアの声を聞いて、後ろを振り返る。
つんのめっているソフィアを見て、レオはロベリアが何かしたことを察したようだ。
そしてロベリアを睨むが、ロベリアはさして気にした風もなく、レオにニコニコと笑顔で話しかける。
「レオ様、少しお時間よろしいでしょうか」
「何のつもりだ」
「レオ様は誤解をなさっています。私は誤解を解きたいのです。どうか二人でお話をする機会を作っていただけないでしょうか」
「無理だ。俺には仕事がある」
レオがロベリアの話を断った時、ソフィアが後ろからレオに話しかけた。
「レオ、ちょっと今から良い?」
「ああ、分かった」
「っ……!」
ロベリアは悔しそうな顔でソフィアを睨む。
「な、なんで……! 私の話は断ったのに……っ!」
「ソフィアは昨日から約束していた。その約束を優先しただけだ」
「なら、私と約束を──」
「断る。話を聞く必要はない」
レオはにべもなくロベリアの話を断る。
ロベリアはまた悔しそうな顔でソフィアを睨んだが、また引き下がっていった。
そしてまた次の日。
「レオ様!」
この日はレオはソフィアの研究所へとやって来ていたのだが。
しかし、どこから聞きつけたのかロベリアはソフィアの研究室へと押しかけてきた。
「えっ?」
扉を開けた瞬間、ソフィアを押し除けて強引に研究室に侵入されたソフィアは驚きの声を上げる。
ロベリアはソフィアには目もくれずに、すっとソフィアの横を通り抜けると、レオの元へと向かった。
「昨日は酷いですわ。元婚約者なのに、私にあんなことをするだなんて……」
「もう婚約者ではない」
「そんな酷いことを言うなんて……! 私、ショックで気絶してしまいそうです!」
ロベリアはわざとらしい演技がかった口調でそう言うと、レオにもたれかかった。
「っ、おい」
「なっ……!?」
ソフィアは驚愕に目を見開いた。
ついにロベリアがレオに抱きついたのだ。
レオも不快そうに眉を顰めていた。
婚約者であるソフィアがいる前で、そんなことをするなんて、とても正気とは思えない。
「離せ」
すぐにレオがロベリアの腕を引き剥がす。
ロベリアはまた悔しそうな表情になったが、すぐに表情を取り繕い、レオに纏わりつく。
「十年間婚約者だった仲じゃないですか。どうしてそんなに冷たい態度をとるんですか?」
「お前がもう婚約者ではないからだ」
「そんな、少しくらい私に優しくしても……」
「良い加減にしてください」
ソフィアはたまらずにロベリアにそう言った。
「……何?」
「レオは私の婚約者です。そんなに近づかないでください」
「ふぅん、そんなことを言っても良いのかしら。私は公爵令嬢で、第二王子の婚約者なんだけれど?」
ロベリアが自分の地位を利用して、またソフィアを脅す。
しかしソフィアは今度は引き下がらなかった。
「関係ありません。私の、婚約者に近づかないでください」
「ッ……!」
ロベリアが眉をツリ上げる。
そして手を振り上げ、ソフィアへと──
「私に命令する──」
「良い加減にしろ!」
ついに我慢の限界に達したレオがロベリアを怒鳴りつけた。
ロベリアは肩をビクリと跳ねさせる。
「ど、どうしたんですかレオ様……何か気に障ったなら謝罪を──」
そしてまたいつもの媚びるような笑みを浮かべて誤魔化そうとしたが、レオは冷たい表情のままロベリアを睨みつけている。
「俺はソフィアの婚約者だ。お前が気安く触れていいような人間ではない。金輪際、俺に近づくな」
「そんな……!」
金輪際近づかないでくれ、と言われたロベリアは悲壮な表情になった。
しかしレオの逆鱗に触れたロベリアには同情の余地すらない。
「帰れ。俺の前に二度と姿を現すな」
「っ……!」
レオの拒絶にロベリアはついに涙を流すと、走って部屋から出ていった。
嵐が去った後、ソフィアとレオはソファに座った。
「レオは……大丈夫?」
「ああ、俺は問題ない」
「今紅茶を出すから、そのまま座ってて」
ソフィアは心を落ち着けるために紅茶を淹れ、レオと一緒に飲んだ。
いつも通りに淹れた筈だが、少し味は薄かった。
それから、表面上はいつも通りに過ごしていたが、部屋の中にはどこか微妙な雰囲気が漂っていた。
どうにかしてロベリアを追い返すことはできたが、ソフィアの心の中には漠然とした不安のようなものが残っていた。
(間違いない。ロベリア様はレオとの婚約を戻そうとしている……)
ロベリアがレオに近づく理由は、いつも「二人で話がしたい」だった。
ロベリアがレオとよりを戻そうとしているのは確実だ。
(もし、レオの方に未練があるなら、もう一度婚約を戻そうと迫れらたら、どちらを選ぶのか……)
二人は十年間、婚約者だった。
普通に考えるなら、レオだって、ロベリアに多少の情はあるだろう。
もし、二人のどちらかを選べと言われたなら、レオはどちらを選ぶのか……。
もしかたら──
(い、いや、あっちを選ぶことはないはず! だって、私たちは婚約者だし……)
ソフィアは湧き上がってきた考えを打ち消すかのように自分で否定するが、まだ不安を完全に払拭することはできなかった。
ソフィアは思い切ってレオに質問した。
「私とレオは、婚約者だよね」
「ああ、もちろんだ」
レオから淀みのない返事が返ってきた。
当然だと言わんばかりのその表情はいつもと変わらない無表情だ。
素っ気ない返事だった。だけど、それだけでソフィアは安心することができた。
(いけない……レオを疑うなんて、反省しないと……)
ソフィアは一瞬とはいえ、レオを疑ってしまったことを反省する。
紅茶を一気に飲み干して、息を吐く。
(だけど、本当に未練はないのかな……)
しかし。
未だに得体のしれない、漠然とした不安がソフィアの中には残っていた。
そして、その夜。
いつもは自分を迎えに来るレオが迎えに来なかったので、ソフィアは今日は逆にレオを王宮に迎えにいくことにした。
いつもならしない事だったが、何となく今日はそんな気分だった。
しかし、その余計な行動によって、ソフィアは目撃してしまった。
「え……?」
レオの部屋からロベリアが出てくる場面を。
嫌な予感と不安が、的中した。
(そん、な……)
ソフィアは放心しながら、その光景を見ていた。




