33話 ロベリアの擦り寄り
その日、レオに用事があったソフィアは王宮へとやって来ていた。
額にキスをされた件もあり、レオに会えば少し照れるだろうが、必要なことなのでしょうがない。
「あら」
「ロベリア様……」
振り返るとそこにはロベリアが立っていた。
ソフィアが話しかけるとロベリアはすっと目を細める。
「どうしてここに……」
「あなたに関係あるのかしら」
「いえ、関係はないですが……」
「なら、黙っていてくれるかしら。いちいち詮索しないでちょうだい」
ロベリアはピシャリと扇子を閉じる。
明らかな敵意を向けている目に、ソフィアは少したじろいだ。
ロベリアの敵意を受けて、心なしか肌もピリピリとしてきた。
「他人の詮索してくるなんて、ルピナス家の教育もしれるわね。流石辺境ばかり治めてる侯爵家。きっと両親もあなたみたいにマナーも知らない蛮族みたいな人物なのでしょうね」
ロベリアは息を吐くようにソフィアの家族のことを馬鹿にする。
ソフィアの中に怒りの感情が湧いたが、これがロベリアの挑発であることを思い出し、相手の罠には嵌まらないように心を落ち着かせた。
(落ち着いて……そもそも、彼女がここにいる理由は何)
そもそも、ロベリアは婚約者だった頃にも王宮にはほとんど顔を出さなかったとレオから聞いている。
毎日夜会に出たり、屋敷でゆっくりと過ごすのが彼女の生活様式だそうだ。
それがなぜ今になって急に王宮へとやってきているのか。
加えて、目の前のロベリアからはかなり敵対心を感じる。
「それと、公爵令嬢である私に気安く話しかけないでくれるかしら。あなたはあくまで私よりも下の爵位なんだから。いつからあなたは第二王子の婚約者である私に対等な口を利けるようになったのかしら? そんなのだから婚約破棄されたんじゃないの?」
ネチネチと嫌みな言い方だ。
「はい、申し訳ありません」
ここで怒ってもしょうがないので、ソフィアの方が大人になって謝る。
「そこ、どいてくれるかしら。邪魔なのだけれど」
(本当にいちいち嫌味な言い方……)
ソフィアは道を譲る。
「それで良いのよ。あまり調子に乗らないことね」
ロベリアは勝ち誇ったように笑うと、扇子を仰ぎながら歩いていった。
「何だったんだろう……?」
ロベリアの背中を見ながら、ソフィアは呟く。
「そもそも、何で私は敵対視されてるんだろう……?」
ロベリアとソフィアの接点は殆ど無いはずだ。
(唯一の共通点を挙げるとしたら、レオと婚約していた、という点だけ)
ソフィアの中に一つの仮定が思い浮かぶ。
「…………まさか、ね」
ソフィアはありえない、と首を振る。
もし、そうだったとしたら、ロベリアの行動の説明がつかない。
なぜなら、ロベリアは自分でレオとの婚約を破棄したのだから。それも冤罪を着せるという強引な方法で。
自分から婚約破棄したかったとしか思えない。
「レオのことをまだ好きだなんて、そんなことあるわけがない」
ソフィアはそう結論づけた。
(でも、もしそうだったとしたら……)
レオはロベリアのことをどう思っているのだろうか……。
ソフィアの胸がズキンと痛んだ。
「いや、そんな訳ないか」
ソフィアは心に浮かんだ想像を馬鹿馬鹿しいと消し去り、レオの元へと向かった。
嫌な予感は的中することになる。
「え?」
ソフィアは衝撃的な光景を見て立ち止まった。
「レオ様! お久しぶりです! 会いにきました!」
ロベリアが廊下を歩いているレオに話しかけていた。
ロベリアはさっきソフィアに見せた敵意たっぷりの表情とは打って変わり、とびきりの花のような笑顔をレオに向ける。
レオは明らかに怪しいロベリアを見て、質問する。
「……何のつもりだ」
「そんな、私はただレオ様と会話をしにきただけです……」
レオは怪訝な目でロベリアを見ていた。
それもそうだろう。自分に冤罪を着せて婚約破棄した元婚約者が、とびきりの笑顔を浮かべて話しかけてきたのだ。裏があると考えるのが当然だ。
「あの、これは一体……」
ソフィアはロベリアに何をしているのかと質問した。
しかしロベリアはソフィアに話しかけられたというのに一瞥すらせず、無視してレオに話しかける。
「あの時は申し訳ありません。私、どうかしてたんです。婚約破棄したのは間違いでした。二人だけでもう一度しっかり話をしませんか?」
媚びるような猫撫で声はソフィアの神経を逆撫でするような、不快な声だった。
「……そんな暇はない」
レオは迷惑そうに断る。
しかしロベリアはしつこくレオに食い下がる。
「少しだけ、少しだけで良いのです。私の話を聞いて下されば──」
「……ソフィア、今日はどうしたんだ」
レオはロベリアには話が通じないと思ったのか、ロベリアを無視してソフィアに何の用事か尋ねた。
「なっ……!」
その時、初めてロベリアが取り乱した。
レオに無視されたことに深く傷ついたような表情になる。
「私は──」
「私が先にレオ様に話しかけたのよ。あなたは黙っていてちょうだい!」
ソフィアが口を開いた瞬間、ロベリアがソフィアへ怒鳴った。
「私は公爵令嬢で、第二王子の婚約者なのよ! 気安く話しかけないで!」
ロベリアのその言葉に、ついにレオが我慢の限界に達した。
「良い加減にしろ!」
レオがロベリアを怒鳴りつけると、ロベリアは身体をビクリと震わせて黙った。
「レ、レオ様……? 今のはただの冗談ですからね? 本心というわけじゃ……」
そして顔を引き攣らせながらも媚びた笑顔を浮かべ、レオの機嫌を取りなそうとする。
しかし、レオはロベリアを突き放すような目で見つめていた。
「ロベリア。俺は宰相だ。お前の話に付き合っている暇は無い。帰ってくれ」
冷たく突き放す声に、ロベリアはぎり、と歯を噛み締めた。
「…………そう」
ロベリアはそう呟くと、ソフィアを睨んで去っていった。




