30話 月光の下で
ジルドンが出て行った後。
部屋の中にソフィアは一人残されていた。
脳裏にさっきの出来事が蘇る。
眼前まで迫った理不尽な暴力。
今度ソフィアが『水障壁』を渡さないと言えばあの暴力がソフィアに牙を剥くだろう。
そう考えるだけで身の毛もよだつような恐怖がソフィアを襲った。
「うっ……!」
ソフィアは頭を抱えた。
時間が経てば経つほどソフィアの中の恐怖心は大きく育っていく。
目を閉じて恐怖から逃れようとしても、頬の痛みがソフィアを現実に引き戻して現実逃避を許さない。
なぜジルドンが出て行ったのかを理解した。
孤独な時間がこれほどまでに恐怖を植え付けるとは思わなかった。
永遠にも思えるような十五分が経った後、ジルドンがまた扉を開けて部屋の中に入ってきた。
後ろにはさっきの部下もついている。
「時間だ」
震えるソフィアを見てジルドンが笑みを漏らす。
「どうやら多少は自分の立場が分かったみてえだな」
ジルドンと、その後ろの男達の笑みがソフィアの恐怖心を煽る。
「さぁ、どうする? 魔術の権利を手放すか、それとも下らねぇ誇りを守って痛い目に遭うか」
ジルドンが紙とペンを差し出してくる。
『水障壁』を手放せば、この恐怖から逃れることができる──。
「……嫌」
「あ?」
「私は、自分の魔術を手放したりなんかしない……っ!」
ソフィアの脳裏に、記憶が蘇る。
デルムに『水障壁』を奪われたあの日。
まるで自分の身体が引き裂かれているような感覚だった。
涙で濡れたローブ。ぐしゃぐしゃに握り潰された紙。血が流れるまで握り締められた拳。
あの日、ソフィアは二度と魔術を奪われたりしないと誓ったのだ。
例え何と引き換えにしたとしても。
「…………そうかよ」
ジルドンが詰まらなさそうに呟く。
「それじゃ、俺の言葉、忘れてねえよな」
そして立ち上がると、側の部下に命令する。
「お前ら、何をしても構わねえ。コイツが断ったことを後悔するようにしてやれ」
「あー、やっとかぁ」
「待ちくたびれましたよお頭」
部下たちがさっきと同じく、下卑た笑みを浮かべて近づいてくる。
「……ん? なんだ」
その時、ジルドンが動きを止めた。
耳を澄ますと廊下が騒がしい。
何かが起こっているようだ、と判断したジルドンは部下二人に様子を見に行かせることにした。
「おい、ちょっとお前ら外の様子を見て来い」
「えー、マジっすか!?」
「今からいい所なのに!」
「いいから黙って行ってこい」
ジルドンが命令すると、頭領の命令は絶対なのか部下たちは渋々ソフィアを襲うのを中断した。
そして面倒臭そうに扉へ近づいた時。
いきなり扉が吹き飛んだ。
扉のすぐ近くにいた部下の一人が扉に当たって倒れる。部下は気絶していた。
「何だ!」
ジルドンが叫ぶ。
「よくも俺の婚約者を連れ去ってくれたな」
「レオ様……!」
扉の前にはレオが立っていた。
レオは部屋の中にいるソフィアを見つけると一瞬安堵の表情になり、そしてジルドンともう一人の部下を見て目を細めた。
次の瞬間、レオが目にも止まらぬ速さでジルドンに切り掛かった。
ソフィアは目で追うことができなかった。
しかしジルドンは流石盗賊の頭領と言うべきか、それに反応して剣で受け止める。
「い、いきなり切り掛かってくるかよ……イカれてんな」
「大人しくしていれば楽に殺してやる」
「な、なんだコイツ!」
いきなり切り掛かってきたレオに驚愕してる部下の一人が、腰から剣を引き抜いて切り掛かる。
しかしレオは半身になって躱わすと、すぐさま切り捨てた。
たった一太刀で部下は崩れ落ちる。
「ッ……!」
ジルドンの判断は早かった。
対話が通じる相手では無いことを理解し、すぐさま戦闘態勢に入る。
そしてレオの意識が部下に向いた一瞬の隙を突いて今度はジルドンが切り掛かった。
レオはそれを余裕で受け止め、鍔迫り合いに陥った。
ジルドンは強がって笑みを浮かべているが、側から見ているとレオの方が優勢であることが見て取れた。
「あんた、宰相サマだろ! 何でそんなに強いんだよ!」
ジルドンが額から汗を流しながらレオにそれほどまでに強い理由を尋ねる。
「宰相が戦えないという道理はあるまい」
余裕が無さそうなジルドンに比べて、レオは表情一つ崩さない余裕振りだ。
ジルドンは鍔迫り合いをしながらジリジリと扉の方向へと身体を方向転換させていく。
「チッ、失敗か……! しょうがねえ、俺は逃げさせてもらう」
「教会はもう包囲されている。逃げることが出来るとでも?」
「出来るさ。ここには沢山逃げ道があるから、な!」
ジルドンはニヤリと笑うと、懐から球を取り出し、床に叩きつけた。
その瞬間、煙が部屋一面に広まった。
「っ! 煙幕か!」
レオとソフィアは咳き込む。
レオはソフィアに近寄ると肩を抱き寄せ、守った。
最大限の警戒で、どこから襲ってきても対応できるように気を張りつめる。
そして煙幕が晴れる。
「……逃げたか」
レオが剣を下ろす。
煙幕が晴れた先には、ジルドンはもういなかった。
ソフィアはホッと胸を撫で下ろす。
そして助けに来てくれたレオにお礼を言おうとした。
「助けに来てくれてあり──」
レオが突然ソフィアを抱きしめた。
「レオッ……!?」
「遅れてすまない。怖かっただろう」
「あ……」
その言葉でやっと心が安心したのか、ソフィアの目に涙が浮かんだ。
堰を切ったようにソフィアは泣いた。
「怖かった……」
「ああ」
ソフィアはレオの服をぎゅっと掴む。
それからしばらくの間、ソフィアはレオの腕の中で泣いた。
レオはその間ずっと、二度とソフィアが離れていかないように強く抱きしめていた。
落ち着いたソフィアとレオは、地上へと上がってきた。
廃教会の中では十人ほど盗賊が捕まっており、それぞれ尋問を受けていた。
「宰相様! 捕らえた盗賊に尋問を行いましたが、誰一人雇い主の情報を持っていないようです!」
「そうか。牢屋に入れて、もう少し尋問しておけ」
「ハッ!」
レオは手短に兵士に命令を出す。
それを聞いていたソフィアがポツリと呟いた。
「やっぱり、犯人は分からないのかな……」
「恐らく無理だろうな。こういう計画は大抵、情報漏洩を防ぐために頭しか依頼人を知らないことが多い」
「なら、ジルドンに聞くしかないけど……」
「奴の言葉通りなら、捕らえることはできないだろう。逃げ道が沢山あると言っていたしな」
恐らくここに顔がないということは、もう既に逃げていると考えられる。
「そう言えば、一つ気になってたことがあるんだけど、聞いてもいい?」
「なんでも聞いてくれ」
「どうやってこんなに早く私を見つけたの? こんな廃教会の地下なんて見つけることはできないと思うんだけど」
「それは……」
レオは少し考える。
「愛の力だ」
「……へっ?」
まさか真面目腐った顔のレオからそんな言葉が出てきるとは思ってなかったソフィアは、呆けた表情で素っ頓狂な声を上げた。
そんなソフィアを見て、レオはクスリと笑う。
「な、なんだ冗談か……」
ソフィアは安堵の息を吐く。
レオは少しムッとした表情になり、肉食獣のように目を細めた。
「……そうか、お前はどれだけ俺がお前のことを愛しているかを知らないらしい」
「……え? ──むぐっ!?」
レオがソフィアにキスをした。
驚愕に見開かれたソフィアの瞳が、月明かりでキラキラと輝く。
永遠にも思えるような一瞬の後、レオが唇を離す。
「な……なっ……!?」
ソフィアはへにゃりと床に崩れ落ちた。
そして赤面しながらぱくぱくと口を開閉する。
「み、みんな見てるのに……!」
ここには沢山兵士がいる。
それなのにいきなりキスをするなんて、とソフィアは抗議する。
周りの兵士たちはレオとソフィアを生温かい目で見守っていた。
「何もおかしくあるまい。俺たちは婚約者なんだから」
レオはまるで悪びれずに肩をすくめる。
「帰るぞ」
レオはソフィアを抱き抱える。
所謂お姫様抱っこの状態になったソフィアは固まった。
生まれて初めてのお姫様抱っこに緊張していたからだ。
抱き抱えられたソフィアは、レオに馬に乗せられ、そのまま屋敷へと送られて行ったのだった。
これで一章終了です!
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