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【コミカライズ化!】虐げられの魔術師令嬢は、『氷狼宰相』様に溺愛される  作者: 水垣するめ
一章 冤罪で婚約破棄された私は『氷狼宰相』様と婚約することになりました。

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25話 デルムの再起

 デルムはソフィアに負けて以来、失意の中にいた。

 いつも着飾り、見た目に気を遣っているデルムは、今は衣服や頭髪も乱れ、見る影もなかった。

 魔術師としてのプライドも、第二王子として今まで築いてきた地位も、決闘に負けたことで全て失ってしまった。

 世間はデルムの噂で持ちきりだ。

 本当は魔術師として優秀ではないだとか、もと婚約者のソフィアの方が優秀だっただとか、デルムにとって不快な噂ばかりが流れている。

 今や、どこにいっても馬鹿にされているような気がして、デルムはずっと自室に引きこもっていた。


「……」


 デルムは暗い部屋の中で酒を呷る。

 しかし、どれだけ酔っても脳裏にこびりついた、あのソフィアの目が忘れられなかった。

 自分を見下す、あの瞳。

 人生の中で初めて味わう、純粋な敗北。

 そして同じく初めて味わう、敗北の屈辱。

 側近や、派閥の人間は運が悪かっただけだとか、何とか励まそうとしているが、言い訳しようがなく敗北したことをデルム自身が理解していた。


「…………くそっ!」


 壁に酒瓶を投げつける。

 大きな音を立てて瓶が割れ、中身と瓶の欠片がが飛び散った。


「こうなったのも、全てソフィアのせいだ!」


 力任せに壁を殴りつける。

 壁にかかっていた額縁に入った絵が目に入り、無性に苛々したデルムはそれも引き剥がす。

 確か高名な画家の貴重な絵画だったはずだが、関係ない。絵を床に叩きつけて壊す。


「くそくそくそっ!」


 それだけやっても、まだ気は晴れなかった。


「せっかく面子を保ってやろうと、妾になることを提案してやったのに、拒否するどころか、俺をコケにするだと!」


 パーティーで踊るソフィアを見て、地味な女だと思っていたが、顔は整っている。妾にしてやっても良いだろう、とデルムはソフィアに声をかけた。

 これでも長年婚約者だったのだ。デルムにも情はある。

 せめて妾という立場においてやるのも、自分の義務だろう、と思っていた。

 それなのに、ソフィアは断った。

 それからソフィアは自身に反抗するようになった。

 終いにはあの決闘だ。


「全てが上手くいっていたのに……!」


 デルムは決闘以前の、栄光の日々を思い出しながら唇を噛みしめる。


 部屋の扉を開けて、誰かが中に入ってきた。


「あら、荒れているのね」

「ロベリア……」


 妖しげな微笑を受かべてやってきたのは、デルムの婚約者であるロベリアだった。

 ロベリアは荒れているデルムを見ては扇子で口元を覆い、クスクスと笑っている。


「『水障壁』の件、残念だったわね。決闘に負けたのは残念だけれど、これからも頑張ればきっと──」

「心にも思っていないことを言わなくていい」


 デルムはロベリアの言葉を遮った。


「酷いわ。確かにお父様にこう言え、と言われたのをそのまま言ってるだけだけど。ま、でもこれで義務は果たしたわよね」


 ロベリアはデルムの言葉を肯定し、父に言わされていることを告げた。


「何の用だ」

「そんな言い方をしなくてもいいいじゃない。失意の中にいる可哀想な婚約者を慰めにきたのよ?」


 ロベリアの言葉に、デルムは笑う。


「ハッ、良く言う奴だ。愛なんて無いくせに……」

「それはお互い様でしょう? そもそも政略婚約なんだから」

「お前から持ちかけてきたんだろう……!」

「あなただって、私のことが必要だったんでしょう。このままでは第一王子に国王の座を奪われて国王になれない。だから起死回生のために私との婚約をしたんじゃない。文句を言われても困るわ」


 デルムは反論できなかった。

 婚約の話を持ちかけてきたのは公爵家だが、これは政略婚約。

 もとよりデルムもロベリアに対して愛なんて望んではいない。

 しかし言われたままでは悔しいので、何とか反論できないかと反論した。


「お前だって、あいつに愛されないから婚約破棄したんだろ!」

「…………」


 デルムが悔し紛れにそんなことを言うと、ロベリアは少し詰まらなそうな顔になり、扇子を閉じた。


「違うわ。私から見切りをつけてやったのよ。勘違いしないでちょうだい」

「ハッ、どうだか」

「まあ、私はともかく、今はあなたの話よ。結局のところ、どうするつもり?」

「お前には関係ないだろ」

「関係あるに決まってるじゃない。あなたがしっかりしてないと、私たちに迷惑がかかるのよ。もう現在進行形で大きな迷惑をかけられ続けてるけど」


 デルムは舌打ちをする。

 言い返したかったが、反論する材料が何もなかったことに対する舌打ちだ。


「あなたの将来性を見込んで、私たち公爵家はデルム第二王子派閥に鞍替えしたのよ。このままではあなたの詰まらない失敗で共倒れになるのだけど?」

「将来性じゃなくて、ただ宰相が憎かっただけだろ」

「そうよ。政争で負けたくせに、憎しみで正しい判断ができなくなって、明らかな負け馬であるあなたについたただの馬鹿。お父様たちはいけると思ったんでしょうけど、私からすればどうやっても成功しないわ」

「まるで自分は違うみたいな言い方だな」

「別に違わないわ。私だって、彼には憎しみを抱いているもの」


 ロベリアはほんの間、デルムでさえ気がつかないほどの一瞬、顔を憎しみに染めたが、すぐに怪しい笑みを浮かべた。


「今日もお父様にあなたを奮起させて欲しいと言われてやってきたのよ。まあ、あなたのついでね」

「ふん。そんなことだろうと思った。どうせ、俺なんて誰も見てないんだ……」


 デルムは投げやりに笑う。

 ロベリアはそれに対して否定せず、話を続けた。


「とはいえ、私にとっても、あなたにここで意気消沈されると困るの。一応あなたに外面だけでもしっかりしてもらわないと困る人が多いし」


 ロベリアは思案する。


「ああ、そうだ。やる気が出ないなら、本当に私が慰めてあげましょうか?」


 ロベリアは優しげな笑みを浮かべて、デルムの頭を撫でる。

 それは側から見れば聖母のような、大抵の男性なら一眼見るだけで恋に落ちそうな笑顔だったが、ロベリアの本性を知っているデルムは当然騙されない。

 頭に乗せられた手を払いのけ、ロベリアを睨む。


「失せろ。慰めの言葉は聞き飽きた」

「残念、誘惑は失敗したようね」


 ロベリアは言葉に反して大して残念そうな顔をせず、肩を竦めるだけだった。


「なら、やる気が出ることを教えてあげましょうか」

「…………」

「『水障壁』を取り戻す方法があるって言ったら、あなたはどうする」

「……何?」


 それまでずっとロベリアを邪険に扱ってきたデルムが、ついに食いついた。

 ロベリアは口の端を釣り上げる。


「簡単な話よ。本人が手放すと言えば、世間もそれを信じるわ」

「そんなもの、どうやって」

「いくらでもやりようはあるわ。たとえば……」


 ロベリアはデルムの耳に口を寄せて、教えた。


「……」


 ロベリアの提案を聞いたデルムは、口の端を吊り上げた。

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