24話 妖精の鱗粉
レオの言動に納得ができなかったので書き換えました。
レオがいきなり後ろから抱きついてきた。
「あ、あの、レオ様っ……!?」
ソフィアは高鳴る鼓動を抑えながらレオに尋ねる。
しかしレオからは返事がない。
ソフィアとレオはしばらくの間そのままだった。
静寂の中で、お互いの息遣いだけが聞こえる。
心臓の音がレオまで聞こえてるかもしれない、とソフィアは思った。
「ソフィア」
「はっ、はい……!」
いきなり耳元で囁かれたので、ソフィアは驚いた。
声が近い。
レオの整った顔が真横にあるというだけで、心臓が破れそうなほどに脈打つ。
「俺は嫌いか」
「い、いえ……違います」
「素材屋には敬語をつけないのにか?」
「そ、それは……」
別に特別な理由は無い。
最初に敬語を使っていたから、ずっとそれが続いているだけだ。
それと、レオの纏っている雰囲気から、勝手に敬語の方が良いのかと思っていた。
レオを嫌っているわけがない。
「ソフィアは、俺の婚約者だ」
「そ、そうですね……?」
「俺を名前で呼べ」
「で、でももう名前で……」
「様付けはいらない。敬語もいらない外せ」
「で、でも……」
「良いから、外せ」
少し強引な声で耳元で囁かれ、色々と限界に達していたソフィアは一も二もなく頷いた。
「わ、分かった! 分かったから! レオ! これでいい……!?」
必死にレオの名前を呼ぶソフィアにレオはクスリと笑って、すぐにソフィアから離れた。
「今日はこの辺にしておこう」
レオがいなくなった研究室の中で、ポツンと残されたソフィアはワナワナと崩れ落ちる。
レオの声。吐息。力強い腕。
全てが脳裏に深く刻みついて、離れない。
「そ、それは反則……!」
ソフィアはレオが出て行った扉を見て力なく批難する。
そして、その日はずっとレオに抱きつかれた時のことを思い出し、研究が手につかなかった。
翌日、ソフィアは妖精の鱗粉の検証に取り掛かることにした。
「よし、今日は昨日できなかった妖精の鱗粉を検証しよう!」
ソフィアは妖精の鱗粉を取り出す。
状態を保存する魔術具である袋の紐を解く。
その中には淡く輝く鱗粉がスプーン一杯分ほど入っていた。
「まずは魔力を通してみよう」
まずは鱗粉に魔力を通してみる。
「すごい……なんて魔力の伝達効率……」
フレッドの言った通り、妖精の鱗粉は魔力の伝導効率が、他の素材と比べて段違いに効率がいい。
いや、それどころか唯一無二と言えるほどに効率が良い。
あまり高級素材には触れてこなかったソフィアだが、妖精の鱗粉が他の素材と比べて魔力伝導効率がより優れていることは分かる。
「本当に特性は無いのかな……?」
しかし、本来、高級素材は伝導効率に加え、他の特性を持っていることが多い。
例えば竜の角は魔力を通すと炎を纏うし、ユニコーンの角は削って薬に混ぜると万病に効く霊薬が作れるようになる。
その特性こそが高級素材を高価にしている理由であり、妖精の鱗粉も恐らくは何かの特性を持っているはずだ。
「何となくだけど、この魔力伝導効率が特性じゃない気がするんだよね……」
妖精の特性について、思いつくものを挙げていく。
「うーん……妖精といえば、自由に飛んでるから、もしかしたら飛べるようになるとか?」
ソフィアはその呟きで、とあることを思いついた。
「そうだ、ローブに少し入れてみよう」
ソフィアはいつも着ているローブに妖精の鱗粉を取り込んだ。
布自体に定着するように加工したので、洗っても落ちる心配はない。
「これでローブに魔力を通せば……」
ソフィアは期待を込めて魔力を通す。
「…………あれ?」
しかし結果として何も起こらず、魔力は通っただけだった。
「あちゃー、飛ぶ特性は無いのか……勿体無いことをしちゃったかも」
少し失敗してしまったかもしれない、とソフィアは思ったが落ち込むことはなかった。
ローブに取り込んだ分が無駄になる、ということは決してないからだ。
魔力伝導効率が高いということはローブに魔力を通して好きな形にしたりできる。
戦闘中に硬さを増して、防御力を上げることも可能だ。
ただ、未だに特性が分からないのはちょっと困る。
「と、なれば後は調べることにしよう……」
ソフィアは妖精の鱗粉について、情報を集めることにした。
国中の本と資料が集まっている王立図書館へとソフィアは移動し、素材について書かれた本や、妖精について書かれている本を読んでいく。
全てを読み終えるのにそれほど時間はかからなかった。
妖精に関する本がほとんど無かったからだ。
妖精とは人間の前にあまり姿を現さないので、情報がほとんど残っていなかったのだ。
あるのはおとぎ話に近い、村に伝わる伝承だけ。
しかし、ソフィアはとある興味深い記述を発見した。
「ん? 妖精からの贈り物は、妖精からの親愛の証?」
その本の中には、妖精から贈られた物は親愛の証であり、持っている者は妖精によく好かれるようになると書いてあった。
確かにそうだが、人間だって贈り物をするのは親愛の証だし、普通に考えたら親愛の証であることは分かる。
それと、妖精の贈り物を身につけていると、妖精が稀に姿を現すことがあるらしい。
まあ、これもどれだけの信用性があるかは分からない情報だ。心に留めておく程度にしよう。
「うーん……特に有益な情報は無しか。取り敢えず研究所に帰ろう……」
ソフィアは情報収集を終えて、研究室に戻ることにした。
研究室に戻るとレオがいた。
「あ、レオ……今日も来てるんで……だね」
無意識に敬語を使いそうになったので、我慢しながらソフィアはレオにぎこちなく話しかけた。
レオは無言で頷く。
「……」
昨日のことがあり、少し気まずい。
ソフィアがどうしようかと思っていると、幸いにもレオの方から話しかけてくれた。
「今日は何をするんだ?」
「あっ、今日は昨日買った妖精の鱗粉を使って、ちょっと実験しようと思ってるの」
ぎこちない部分はありながらも、二人は言葉を交わしていく。
「昨日魔力を込めてみたら、とても伝導効率が良いことはわかったんだけど、他に特性があるかどうかが気になって。特性によって使い方が変わるから」
「なるほどな」
「魔力を通したら、大体特性が現れるはずなんだけど、この妖精の鱗粉は全く現れなくて……」
どうしたものか、とソフィアは悩む。
「あ、舐めてみたら……」
「!?」
ソフィアは妖精の鱗粉を指で掬って舐めてみた。
レオが飛び上がる。
「うーん……不思議な味がする」
妖精の鱗粉は舌がピリピリ痺れるような、それでいて形容のしようがない不思議な味がした。
匂いは花のような香りがした。
「何をしているんだ!」
レオが慌ててソフィアに駆け寄る。
「どうしたの? そんなに慌てて」
「どうしたのではない! 妖精の鱗粉を舐めるなんてどういうつもりだ!」
「えっと、人体にどんな影響があるかと、味を確かめたくて……」
「妖精の鱗粉が人体に毒かもしれないなんて研究者でない俺でも分かるぞ!」
「でも、解毒薬はここにあるから……」
「そういう問題じゃない!」
「はい……」
レオに叱られたソフィアはしゅんとする。
「本当に目を離すと危なっかしいな……」
レオはこめかみに手を当てて頭を振る。
(でも、特に人体に効果はないことは分かった。時間が経っても特に異常は見られないし)
「人体に害は無いみたいですね」
ソフィアがそう言うと、レオはほっとした表情を浮かべた。
「伝導効率は唯一無二だし、半分は杖の強化素材に使っておこう」
半分を掬い上げると杖の強化に使用し、もう半分はまた布に丁重に戻して保管しておくことにした。
杖に魔力を込めると、凄まじい速さで魔力が杖に満ちていくのが分かった。
途端にソフィアのテンションが上がる。
「こ、これは……さすが妖精の鱗粉! 期待以上の伝導効率!」
「急に元気になったな」
「魔術師は杖を強化したら誰だって興奮するの!」
ソフィアは興奮が抑えられず笑顔になる。
「よし、私、今から杖がどれくらい強くなったのか試しに行ってくるね!」
「俺もついて行こう」
何かやらかしそうだな、と察知したレオは椅子から立ち上がり、ソフィアについていくことにした。
ソフィアとレオは研究所の広場へやってきた。
ここならある程度の広さがあるので、試し撃ちの魔術を放てる。
ソフィアは空に杖を向ける。
「『光弾』!」
ハイテンションで空に向けて魔術を放つと。
バァンッ!
通常よりも二倍近い『光弾』が空に向けて放たれた。
もはや弾というよりビームに近しい『光弾』が空に向けて放たれた。
「……」
「……」
ソフィアは唖然として。
レオは腕を組みながら。
二人とも空を見上げていた。
「私、妖精の鱗粉の特性が分かったかも……」
「俺もなんとなく分かったぞ」
妖精の鱗粉の特性は、おそらく魔術の威力を二倍以上に引き上げる効果だ。
「私の杖、めちゃくちゃ強くなっちゃった……」
ソフィアの『光弾』に釣られて、研究所の中から何だ何だと人が出てきた。
「あ、やば。レオ、戻ろう?」
ソフィアは研究所の中へと戻っていった。
その時。
『なかま?』
『ちがう』
『おおきい』
『にんげん』
「え?」
背後から声が聞こえたような気がして、ソフィアは振り返った。
しかしそこには誰もいない。
「あれ、子供みたいな声が聞こえたんだけど……?」
「どうしたソフィア」
「あ、ううん、なんでもない」
レオに名前を呼ばれ我に返ると、ソフィアは研究所の中へ入っていった。




