22話 美容液の製造
ソフィアには使い放題の人手があったことを思い出した。
デルム派閥の研究者たちはソフィアが研究所を貸す代わりに、ソフィアから任された仕事は必ずこなさなければならない、という契約を結んでいる。
それを使ってはどうか、とソフィアは思った。
「それは本当!?」
ソフィアの呟きにアメリアが食いついてきた。
「はい、あまり信用できない人たちなので、ずっと雇えるという訳ではありませんけど……」
ソフィアはどのような経緯でその人手を手に入れたのか、それと相手がソフィアと敵対関係であることも説明する。
アメリアはその情報を受け取ると、目を閉じて少し考える。
そして「うん、問題ないわね」と頷いた。
「一時凌ぎでもいるだけでありがたいわ。技術が漏洩しないように契約する必要はあるけど、それでも初めから人手があるのはかなり助かるわ」
「人手を手に入れたのは良いものの、正直持て余していたので有効活用できるのはありがたいです」
「よし、これでもっと計画が現実的になってきたわ。それどころか計画が早まったくらい」
アメリアは満足そうに頷く。
「じゃあ、今からこれを商品にするために改良していきましょう」
「え、今からですか?」
「大丈夫。すぐに終わるから」
それからソフィアはしばらく美容液が商品になるように改良することとなった。
そして三日後、ソフィアは美容液を改良し終えた。
アメリアにそのことを伝え終えると、早速デルム派閥の研究者たちを集めて、最初の商品を作らせることになった。
「では、これから美容品一号の作り方を教えます」
ソフィアは集められた人物を見渡してそう告げる。
しかし彼らはとても不機嫌そうだった。
時間を奪われ、その上でソフィアの言う通りに労働までしなければいけないのだから不満なのだろう。
「契約書に書いたとおり、この製法は業務以外での製造、また第三者に教えることを禁止します。良いですね」
ソフィアは注意事項を告げる。
上から命令されるのが気に食わないのか、彼らは眉を顰めた。
中には露骨にソフィアに聞こえるように舌打ちしている人間までいた。
今までソフィアが反撃しなかったから、今回も怖気付いて言い返してこないだろう、と考えていたのだろう。
しかしそれは間違いだった。
「前提条件を確認しておきましょうか」
ソフィアはニッコリと笑いながら、しかし冷たい声で首を傾げる。
「私が言った仕事をサボったり、手を抜いたら、即日研究室から出て行ってもらいます。それを踏まえた上で、研究室を貸したはずですが」
ソフィアがそう言うと少しの間静かになった。
舌打ちをした人物も目を逸らしている。
しかし今度は別の研究者がソフィアを指差し、大きな声で怒鳴った。
「で、でもいきなりこんな『自分の商品を作れ』なんて酷すぎる!」
「そうだ! いくら何でも横暴すぎる!」
「俺たちは奴隷じゃない!」
ソフィアに対する不満の嵐はどんどんと広まっていく。
初めはソフィアに文句を言うことに尻込みしていた者も、周りの者が参加するにつれ、それに加わった。
最終的に、ほとんどの人間がソフィアへの文句祭りに参加した。
しかしソフィアは全く動じることはなかった。
「私の時は、無報酬、無制限で大量の仕事を押し付けてきましたよね? それに比べたら、一日のノルマを達成したら好きにすれば良い、と言っている私の条件は破格だと思うのですが」
時間などお構いなく、無報酬で、悪態をつかれながら仕事を強制される日々。
ソフィアの労働環境は、それこそ奴隷と一緒だった。
しかも、彼らとは違い、ソフィアの場合それだけ働いても問答無用で研究室を追い出されたのだ。
ここにいた研究者たちは全員ソフィアの虐げに参加している。
条件付きとはいえ、報復として研究室から追い出さないだけ、ソフィアはかなり優しいと言えるだろう。
「まあ、気に入らない人は参加しなくても良いです。その代わり今すぐに研究室を出て行ってもらいますが」
ソフィアが睨むと研究者たちは静かになった。
やはり所詮は群れないと何もできないような人間ということだ。
「また、この計画にはアメリア・スチュワート様。第一王子のミカエル様が関わっています。くれぐれも機密情報を漏らしたりしないでください」
「ミカエル様に、アメリア様……!?」
「そ、そんなの聞いていないぞ……!」
思わぬ名前に波紋が広がっていく。
これ以上は流石に公爵家と王家を敵にまわすことを理解したのか、ソフィアに表立って反抗的な態度を向ける者はいなくなった。
本当なら侯爵令嬢のソフィアも普通ならこんな反応になるはずだが、そうならないのはソフィアが彼らに舐められている証拠だ。
不甲斐ない、がこれからは挽回するしかない、とソフィアは気を取り直す。
(でも、流石にこれだと鞭が厳しすぎるかな)
そう考えたソフィアは軽く報酬のようなものを出すことにした。
「この作った美容液ですが、作り方を他者に漏らすのは禁止しますが、余分に作った物を自分で使ったり、家族に持って帰るくらいなら許可します。アメリア様も褒めてくださった美容液なので、質はかなり良いかと思います」
ソフィアがそう言うと、女性の研究者は露骨に喜んだ。
男性の研究者も嬉しそうにしている者が多い。女性がどれだけ美容に心を砕いているのかを知っているからだろう。
アメリアが認めた美容液を自分でも持って帰ることができる、と聞いて彼らの表情はやる気になっていた。
現金だな、と思いながらソフィアは作り方を教える。
「では、美容液の作り方を教えます。今回作るのは、『肌に艶を持たせる魔術薬』です。効能は肌に艶が出る、保湿ができる。この二つです」
ソフィアが机に置かれた二種類の草、そして三つほどの瓶を指差す。
「材料はこの五つです。材料は私たちから支給されるので心配しないでください」
(ま、私は全部自費でやらされてたけど……いや、今は教えることに集中)
一瞬出てきた暗い思考を振り払い、ソフィアは彼らに作り方を教えていく。
「まずは鍋に水を注いでください。今回は小さな鍋でしますが、慣れてくれば大きな鍋でした方が効率がいいと思います」
ソフィアは鍋に水を注いで、火をつける。
「そしてまずはこの草を二つとも入れてください。そして魔力を通しながら、煮ていきます」
鍋に草を入れて魔力を通しながらかき混ぜると、鍋の水が深い緑色に変化していく。
「最初の十分ほどは強めに魔力を通した方が、草が崩れて成分が水に溶け出しやすくなります」
鍋をかき混ぜていくと、沸々と煮立ってきた。
「そして鍋が煮立ってきたら、今度は魔力を弱めていきます。こうすることで成分が効きやすくなって、より良い美容液になります」
鍋の中では緑色のドロドロとした液体が煮え立っている。
流石にこの状態では見た目が悪いので、整える必要がある。
「それから、この三つの瓶の中の液体を加えます。こうすることで、液体が透明になったり、良い香りがしたりするようになります」
これを加えたらどうなるのかを教えるのが面倒くさかったので、まとめることにした。
どうせ加えるだけなのだ。どんな結果をもたらすかなんて知らなくても良いだろう。
それにここにいるのは研究者だ。気になれば勝手に調べる。
瓶の中の液体がよく混ざったのを確認して、ソフィアは頷いた。
「よし完成です。これをしばらく置いて、魔力を飛ばせば美容液の完成です」
「思ったより簡単だな……」
「これくらいならあまり時間をかけずに作れるかも……」
思ったよりも簡単に美容液を作れることに、彼らは拍子抜けしたような表情になった。
ソフィアのような奴隷労働を課されると思っていたのだろう。
「ここに別に魔力を飛ばした完成品を用意したので、効能が気になる人は使ってみてください」
「わ、私使いたいわ!」
「私も!」
ソフィアが瓶を見せると、女性陣が我先にとやってきた。
そして美容液を使うと、感嘆のため息を漏らした。
出来は上々のようだ。
「こ、これはいつ売り出すの……?」
「さあ、アメリアさんはすぐに売り出すって、言ってましたけど……」
流石に売り出す日程までは把握していない。
「商会はもうできてるので、もうすぐなんじゃないですかね」
アメリアは商会を立ち上げる、と言った当日に本当に商会を立ち上げ、商品を売る体制を整えていたので、売り出すのはかなり早い気がする。
たった数日で商会の基礎を整えるなど、商売をまともに知らないソフィアでもおかしいことは分かる。
「作った美容液はそれぞれ業者が回収に来るので、業者に渡してください」
最後に連絡事項を告げ、この日の説明会は終了した。
最初は全員が不満そうな表情だったが、今は新しい美容液を手に入れたことでほとんど不満は無くなっていた。




